デンジャー・マウスとのタッグは、レッチリにとってデンジャラスな賭けだったのか!?

 「ヒップホップのバックグラウンドがある彼のことを〈ヒップスター〉だと思っている人たちは多いみたいだけど、デンジャー・マウスは本当にいろいろな音楽を愛している。俺はそこが凄く気に入ったね」とはフリーの言葉。レッチリリック・ルービンと離別したというニュースには驚きましたが、代わってデンジャー・マウスと組んだこと自体はさほど意外に思いませんでした。

 デンジャー・マウスことブライアン・バートンMFドゥームジェミナイバスドライヴァーらとつるみ、時にはナールズ・バークレーなる仮面も被って奇才ぶりを発揮していたのは10年以上も昔の話。その後はブラック・キーズノラ・ジョーンズベックらを手掛け、いまやグラミー常連のプロデューサーとして広く認知されるまでに。少々乱暴な言い方かもしれませんが、ヒップホップを起点にUSルーツ音楽へと向かったブライアンの足取りは、デフ・ジャムの創設者のひとりであり、後にジョニー・キャッシュディキシー・チックス作品を手掛けるようになるリック・ルービンの動きと重なるわけで。つまり、レッチリとブライアンとの相性の良さは最初から確約されていたようなものなのです。

 実際に『The Getaway』の先行シングル――タイトル・トラックと“Dark Necessities”――は、どこか陰りのある酩酊サイケ・ファンクな仕上がりで、レッチリの99年作『Californication』以降の哀愁メロウ路線に通じるものですし、ブライアンが手掛けたエイサップ・ロッキー『At.Long.Last.A$AP』と並列で聴くのもアリでしょう。「2倍強力なアルバム」というフリーのコメントも決してハッタリじゃないことは、この2曲から十分に伝わってきます。

エイサップ・ロッキーの2015年作『At.Long.Last.A$AP』収録曲“Everyday”

 

 今作をきっかけに、ますます大物プロデューサーの風格がブライアンに備わるはず。さらに、『The Getaway』と前後してアデルロウリーマイケル・キワヌカのアルバムにも関与する傍ら、昨年末にはコロムビア傘下に自身のレーベル=30thセンチュリーを設立。ショウケース的なコンピ『30th Century Records Compilation Volume 1』を皮切りに、ジャック・ホワイトとも縁の深いノイズ・ポップ・トリオのオートラックスによる『Pussy's Dead』、フォーク色の強いサイケ・ポップを聴かせてくれるサム・コーエンの『Cool It、そしてレ・シンズ“Why”に客演していたネイト・サルマン率いるロック・バンドで、アフロビートっぽいリズムの採り入れ方がイカしたウォーターストライダーの『Nowhere Now』……と、次々に作品を送り出しています。まだまだレーベルの全貌は見えてきませんが、何となくアンタイリック・ルービン主宰のアメリカンみたいな感じに発展しそうな気配。こちらもぜひご注目を。  *山西絵美

2015年のコンピ『30th Century Records Compilation Volume 1』に収録されているアークス“Fools Gold”