長年連れ添ったあの人の元を離れ、4人は新たなパートナーと共に次のステージをめざして歩を進めた。悲哀や苦悩やバカ騒ぎ――〈Getaway〉の果てにはさらなる成功が待っているのか、それとも……

 レッド・ホット・チリ・ペッパーズの新作『The Getaway』がついに完成した。ジョン・フルシアンテの脱退後、ジョシュ・クリングホッファー(ギター)を迎えて新たなスタートを切った『I'm With You』から5年ぶりのアルバムとなる。この間、彼らは2011年の〈サマソニ〉出演も含めて世界中をツアーで回っただけでなく、フリー(ベース)は初のソロEP『Helen Burns』を発表し、ロケット・ジュース・アンド・ザ・ムーンアトムス・フォー・ピースの一員として活動。さらに、ブライアン・フェリーデイム・ファンクの作品にも顔を出した。また、チャド・スミス(ドラムス)は自身の率いるチキンフットをはじめ、サミー・ヘイガージェイク・バグなどのアルバムに参加し、ジョシュもティナリウェンエミール・ヘイニーらと共演している。

RED HOT CHILI PEPPERS The Getaway Warner Bros./ワーナー(2016)

 

酷かったらやめてやる!

 もっとも、前作から5年もかかったのは、そうした課外活動が理由ではない。彼らは2014年の時点ですでにアルバムの準備を進め、20~30曲もの新曲を書き上げていたという。そんな折、デンジャー・マウスから〈一緒にレコーディングしたい〉というオファーが舞い込む。そこでメンバーは過去5枚のアルバムを共に制作したリック・ルービンと袂を分かち、デンジャー・マウスをプロデューサーに起用。先日LA郊外のマリブで取材に応じてくれたフリーはこう振り返る。

 「新曲はすでにたくさんあったのに、デンジャー・マウスは〈それも少しは使うけど、スタジオで新しく曲を作ろう〉って言ったんだ。彼と一緒に演奏してみるまでは、上手くいくかも、どんなサウンドになるかもわからなかった。〈とりあえず1週間スタジオに通って、酷かったらやめてやる!〉と思っていた。彼が優秀なのは知っていたけど、俺たちがやりたいことをやれるように彼が歩み寄り、俺たちのほうも彼に歩み寄ったりしたら、互いの実力を失って弱い音になってしまうんじゃないかと不安だったんだよ。でも実際は彼も俺たちも持ち味を発揮し、2倍強力なアルバムを作ることができた。俺たちがずっと持ち続けてきたパワーや温かさ、即興性、4人の演奏の相互作用といった魔力はすべて維持できて、そこに彼がより新しい要素を足してくれたんだな」。

 レッチリの作曲方法は、83年にLAで結成された時から基本的にはずっと同じだ。まずはリハーサル・スタジオに集まって全員でジャム・セッション。そこで曲を書き上げてからレコーディング・スタジオに入り、ライヴ形式で録音する。ジャムから生まれる自然発生的な展開や現場のノリがそのまま音源になっている、というのが彼らの魅力であった。だが、今回はやり方を変え、レコーディング・スタジオで曲を築いていったのだとか。

 「スタジオでの曲作りは制作過程がスロウダウンするから、各パートをじっくり考える時間が取れた。そのおかげでいままでにない発想が沸いたよ。例えば、“The Hunter”っていう曲があるんだけど、俺は前作からピアノでも作曲するようになったんだ。ピアノはずっと弾いていたけどな。ピアノで曲を作った時は、大抵みんなに弾いて聴かせる。〈バビデバビデバビデバー!〉ってね。それで〈いいね。バンドで演奏を試してみよう〉ってことになったら、今度はそれをベースで弾いて、ジョシュが俺のベースに合わせてギターを演奏し、良い曲になるかどうかいろいろ試すんだよ。でも、ピアノから離れたことで、その要素は失われてしまう。だけど今回は最初に俺がピアノを演奏したら、それがもうレコーディングされていて、そこに各パートを重ねていったんだ。だから当初のアイデアのエッセンスが失われなかったんだよ。それによって、昔から俺たちのなかにあったのに、曲にすることがなかったような新しい部分を引き出せたと思う。こうしたプロセスを踏んだ後、全員揃ってライヴで演奏したのさ」。

 

新しい時代、新しい章

 ファースト・シングル“Dark Necessities”もまた、ピアノのアイデアから始まったそうだ。ジョシュもピアノが弾けるため、このアルバムには前作以上にピアノのサウンドが織り込まれている。どれがジョシュで、どれがフリーの演奏なのだろうと思っていたら、「俺のピアノはシンプルな〈ダーン、ダッダーン〉って感じのやつで、ジョシュのピアノは“Dreams Of A Samurai”に入っている美しい音色だよ。俺のは獣みたいなピアノだ!」と、笑顔で教えてくれた。それから、これもピアノが印象的な“Sick Love”という曲には、エルトン・ジョンがゲスト参加している。

 「この曲を作った時、俺はピアノを弾いていたんだけど、演奏しはじめたらエルトン・ジョンの曲っぽいって気付いたんだよ。ヴァースがちょっと“Bennie And The Jets”みたいだったんだ。これはボツだなって思ったら、アンソニー(・キーディス、ヴォーカル)が〈いや、これは良い曲だ! 取っておかないと!〉って。〈でもエルトンみたいだよ〉って俺は反対した。〈だったらエルトンに演奏してもらおう! そうすれば気を揉むこともないし〉って話になり、彼に電話したんだ。彼の演奏は本当に素晴らしかったよ」。

 ピアノの他にもシンセサイザーやストリングス、女性コーラスなどが盛り込まれており、本作はフリーいわく「全曲違うサウンドで、違う感情と雰囲気があって、それぞれの曲がパズルのピースのように全体を構成している」アルバムとのこと。ここから伝わってくるいまのバンドのケミストリーが何よりも素晴らしく、とても新鮮なエネルギーに満ち溢れていて圧倒される。

 「俺は本当にワクワクしているんだ。俺たちの新しい時代、新しい章の始まりを予感している。33年このバンドをやってきて、いま新しいエネルギーを感じているんだ。凄くエキサイティングだよ」。

 この夏、世界中のフェスだけでも22公演を行う予定の彼らは、20周年を迎える〈FUJI ROCK FESTIVAL '16〉にもヘッドライナーとして登場する。初回は台風に襲われ、途中で中止という伝説のステージとなったが、今回は別の意味で伝説となる驚異的なショウを披露してくれることだろう。