スコットランドはグラスゴーが生んだ至宝、ティーンエイジ・ファンクラブ(以下:TFC)が前作『Shadows』(2010年)から実に6年ぶりの新作『Here』をリリースした。アルバム・ジャケットのドローイングが象徴するように、何一つギミックのないシンプルでストレートなバンド・サウンドと、ノーマン・ブレイク(ヴォーカル/ギター)、ジェラルド・ラブ(ヴォーカル/ベース)、レイモンド・マッギンリー(ヴォーカル/ギター)という3人のソングライターによる、素朴で美しいメロディーとハーモニー。学生時代から通っている馴染みの定食屋のように、いつだって変わらぬエヴァーグリーンな楽曲を届けてくれる彼らは、この混沌とした世の中においてかけがえのない存在だ。

今回Mikikiでは、かねてからTFCらグラスゴー・インディーへの愛情を公言していたサニーデイ・サービスの曽我部恵一を招いてインタヴューを実施。TFCの2000年作『Howdy!』の日本盤では推薦コメントを寄せていた彼に、TFCの魅力をたっぷりと語ってもらった。

TEENAGE FANCLUB 『Here』 PeMa/Hostess(2016)

 

心の奥底に虚無感と温かさが同居している感じ

――曽我部さんが初めてTFCを聴いたのはいつですか?

「『A Catholic Education』をリアルタイムで聴いたのが最初だから、たぶん90年ですね。高校を卒業して、岡山の予備校に通っていた頃かな。音楽雑誌のレヴューで、〈歪んだギター・サウンドだけどハード・ロックやパンクじゃなく、透明感を持っていて、ダイナソーJrに近い〉と紹介されていて。加えてジャケットのアートワークで、これは絶対好きだなと確信しました」

――僕は曽我部さんとほぼ同世代ですけど、当時はインターネットもなかったし、PCやスマホで試聴なんて当然できなかったから、とにかく雑誌などの文字情報を頼りにレコ屋へ通ってジャケ買いしていましたよね。初めて『A Catholic Education』を聴いたときの印象はどうでした?

「いや、もうたまらなかったですね(笑)。テンポも気持ち良いし、歌のキーが低いのも良かった。僕はまだバンドをやっていなくて、完全にリスナー感覚で聴いていました」

90年作『A Catholic Education』収録曲“Catholic Education”

――当時は他にどんな音楽を聴いていたんですか?

「89年にストーン・ローゼズのファースト(『The Stone Roses』)が出て、その頃からリアルタイムの音楽を聴くようになりましたね。僕のなかではそのあたりに線引きがあって、それ以前の、例えばジーザス&メリー・チェインなんかとはちょっと違うんですよね。ストーン・ローゼズ以降のバンドは、もうちょっと肩の力が抜けてるというか、アマチュアっぽくて好きだったんです」

曽我部恵一が取材に持参したレコード・コレクションの一部を紹介。(左から)90年作『A Catholic Education』、TFCの前身にあたるボーイ・ヘアドレッサーズの87年の12インチ・シングル“Golden Shower”

――グラスゴーの音楽には当時から何か特別なものがありましたよね。

「ありましたね。ポストカードがリリースしていたアズテック・カメラやオレンジ・ジュース、ジョセフKあたりの、いわゆるネオアコも大好きでしたし、スコットランド出身でいえば、トラッシュキャン・シナトラズやフレンズ・アゲインなんかも聴いていました。そのなかでTFCは、突然変異の音楽に感じたんですよ。例えば“Heavy Metal”という曲は、スコットランドの学生っぽいメンタリティーをあえて否定しているようだったし……」

※80年前後に活動していたインディー・レーベル。〈The Sound of Young Scotland〉をモットーにリリースしていた 

オレンジ・ジュースの80年のシングル“Falling And Laughing”、ポストカードの第1弾リリース

90年作『A Catholic Education』収録曲“Heavy Metal”

「TFCは53rd & 3rdのボーイ・ヘアドレッサーズが前身バンドだから、どちらかといえばアノラック周辺にいたのかな。いわゆるロンドンのパンクとは違う、独特のパンク魂がありましたよね。そういう意味では、90年代後半に登場するデルガドスやモグワイ、アラブ・ストラップといったケミカル・アンダーグラウンド周辺のバンドも、同じグラスゴーだけどポストカード周辺とはちょっと違う。まあ、辿っていくと繋がったりするんでしょうけど」

※パステルズのスティーヴン・パステルが関わっていたインディー・レーベル。80年代を通じてBMXバンディッツやヴァセリンズをリリース

ボーイ・ヘアドレッサーズの唯一の音源である87年のシングル“Golden Shower”

デルガドスの2000年作『The Great Eastern』収録曲“ The Past That Suits You Best”

――なんと言うか、TFCには〈虚無感〉のようなものが漂っていましたよね。特に“Everything Flows”あたりの曲には。さらにニール・ヤングを思わせるような、アメリカっぽい感じもあった。

「うん。でも、ニルヴァーナやダイナソーJrの持つ虚無感とはやっぱり違っていた。なんなんですかね(笑)。曲の良さはもちろんですけど、心の奥底に虚無感と温かさが同居している感じ。ルーズな爆音ギターでも、どこかで優しさや切なさみたいなものを感じますよね」

90年作『A Catholic Education』収録曲“Everything Flows”のライヴ映像

 

普通のスコットランドのおじさんたちが鳴らす、普通の音楽

――それからクリエイションに移籍して、91年の『Bandwagonesque』で一躍有名になりました。

※プライマル・スクリームやオアシスを輩出したことで知られる伝説的なインディー・レーベル。

「でもね、このアルバムが出たときは正直びっくりしたんですよ。前作よりもメタリックかつポップで商業的になっていたから。ああ、そういうふうに行くんだなって。もちろん、アルバム冒頭の“The Concept”あたりを聴くとやっぱりテンション上がるし、良いアルバムだとは思うんですけどね。でも結局『A Catholic Education』を聴いちゃう(笑)。ただ、『Bandwagonesque』と同じ時期にレコーディングされたEP『God Knows It's True』の曲は好きです。アルバムには未収録でしたね」

91年作『Bandwagonesque』収録曲“The Concept”

90年のEP『God Knows It's True』収録曲“God Knows It's True” 

曽我部のレコード・コレクション。(左から)ノーマン・ブレイクがマスタリングを手掛けたビル・ウェルズ & Maher Shalal Hash Bazの2006年作『Osaka Bridge』、ティーンエイジ・ファンクラブの90年のEP『God Knows It's True』、95年のEP『Teenage Fanclub Have Lost It』

――振り返ると、91年にクリエイションはマイ・ブラッディ・ヴァレンタインの『Loveless』と、プライマル・スクリームの『Screamadelica』、それから『Bandwagonesque』をリリースして、レーベルとしては最初の黄金期を迎えました。そこで、シーンが大きく動き出したのを感じたんですよね。

「確かに」

――当時、UKインディー・シーンのアマチュアっぽさにイライラしていた音楽評論家たちは、『Screamadelica』や『Loveless』を過小評価していたんですけど、そういう辛口の人たちも『Bandwagonesque』は認めていました。それは、ドン・フレミングがプロデュースをしていたからだと思うんです。

※ソニック・ユース『Goo』(90年)やダイナソーJr『Green Mind』(91年)、ポウジーズ『Frosting On The Beater』(93年)といった作品で知られるアメリカ人プロデューサー

「ちょっとニルヴァーナみたいな位置付けでしたよね」

――そうなんです。ただ、ブリットポップの影響もあったのか、続く『Thirteen』(93年)と『Grand Prix』(95年)で、ものすごくポップになった。個人的にはちょっと甘すぎるかなとも思っていたんですけど、『Songs From Northern Britain』(97年)ではグッとレイドバックしていて驚いた記憶があります。個人的には、あのアルバムが『Bandwagonesque』の次に好きですね。

「うんうん。僕もそういう感じで聴いていたし、たぶんそういうことなんでしょうね。『Thirteen』と『Grand Prix』は、アメリカでの成功も視野に入れていたのかも。でも人柄や風貌はロックスター的じゃない。いや、もちろんロックスターなんだけど、ミック・ジャガーみたいな感じじゃないもんね」

93年作『Thirteen』収録曲“Hang On”

95年作『Grand Prix』収録曲“Sparky's Dream”のライヴの映像

――ですよね(笑)。『A Catholic Education』以外ではどのアルバムが好きですか?

「僕も『Songs From Northern Britain』かな。結局のところ、あそこに結実した気がしますね。普通のスコットランドのおじさんたちが鳴らす、普通の音楽。地に足の着いたロックというか」

97年作『Songs From Northern Britain』収録曲“Ain't That Enough”