「デリック・ホッジは弾きすぎないところが素晴らしい。何をいつ弾くべきかはもちろん、いつ〈弾くべきでない〉かもわかっている」――かつてそう評していたのは、他ならぬロバート・グラスパーだ。プロデューサーや作曲家、マルチ奏者としての顔を持ち、ロバート・グラスパー・エクスペリメントを筆頭にジャンルを越えた活躍を見せる敏腕ベーシストが、2枚目のソロ作『The Second』をリリースした。2013年の前作『Live Today』では独創的なバンド・サウンドを奏でていたが、このニュー・アルバムでは3曲に参加した盟友のマーク・コレンバーグ(ドラムス)に加え、キーヨン・ハロルド(トランペット)とコーリー・キング(トロンボーン)、マーカス・ストリックランド(サックス)から成るホーン・セクションを迎えた1曲を除けば、すべての楽器をみずから演奏している。
「生身の心拍音が聴こえるような形で、芸術的に自分自身をさらけ出す作品を作りたかった」とはデリック本人の弁だが、映画のスコアにも携わる彼がほぼ一人で描いた内向的なサウンドスケープは、ある意味でポスト・ロック的であり、どこかシンガー・ソングライター的にも響く。ロバート・グラスパー・エクスペリメントが9月16日にリリースする新作『ArtScience』が現代ジャズを新たなモードに導きそうな意欲作であるのとは対照的に、この『The Second』はどこまでパーソナルな表現を叶えられるのかを突き詰めている。このオーガニックな手触りをもつ作品もまた、グラスパーと連なるように新しいジャズの形を提案していると思う。
このインタヴューは、デリックが音楽監督を務めているマックスウェルの来日公演が開催された今年8月に行われた。求道者のように己の哲学を述べる一方で、謙虚で気さくな人柄も滲み出た語り口からは、彼が多くのアーティストに重宝される理由も垣間見えるはずだ。
正直なアルバムを作るために、3つの側面にフォーカスを当てた
――新作の話をする前に、まずはマックスウェルとの関係について教えてください。彼とレコーディングやツアーを共にすることで、どんなことを学びましたか?
「とりわけ、スタジオで作業することについて多くを学んだよ。僕が一緒に作業したアーティストのなかでも、彼はいわゆるポピュラー・ミュージックの領域の外側で活動している人たちによく似ているんだけど、まず感銘を受けたのは信頼関係の築き方。それに、音楽を自由に物語ることができるように、自分の(慣れきった)やり方から逸脱すること。それって簡単なことではないと思うんだ。特に、自分が過去にやって成功を収めたノウハウがあって、周囲の人にも賞賛された経験がある場合はね」
――そうですね。
「マックスウェルは僕のアイデアを信頼してくれるし、それをレコーディングにも反映させる。それに、作品をパーフェクトにするために(演奏を)やり直させることはしない。もちろん、僕がやり直したいと言えば同意してくれるけど、〈君がいまやったことは容認できない〉なんてことは一切言わないんだ。すべては信頼のうえに成り立っている――パフォーマーとしても、彼にはそういう信念を感じるね。2009年に僕が彼の音楽監督になったときからずっとそう。マックスウェルはずっと前からアリーナ規模のライヴをしていたのに、僕らのことを信頼してくれた。だから、あるとき彼に伝えたんだよ、〈僕が駆け出しの頃にチャンスを与えてくれたことに、最大限の感謝と礼を尽くしたい〉とね。マックスウェルは本当にユニークな人だよ。世界でも稀有な存在だ」
――ほかにもジャズ・ミュージシャンはもちろん、コモンやモス・デフ、ジル・スコット、シャーデー、ビラルといったヒップホップ/R&Bアーティストとも数多く共演されてきたわけですが、彼らに自分のどういった部分が求められていると思いますか?
「賄賂を渡していいように言ってもらってるんだよ、ハハハ(笑)。それはさておき……よくわからないな。良くも悪くも、僕にできるのは自分を貫くことだけさ。そして、敬意をもって人と接し、音楽にもリスペクトを表し、いかなる状況でも誠意をもって対応すること、そういったことを自分に課してきたよ。例えそれが、お金になろうがなるまいがね。お金やチャンスは自分ではコントロールできないわけだから、これまでの人生でポジティヴな出会いに恵まれてきた僕は本当に恵まれているよ。だから、僕はこれからもそういう自分の信念を貫いていこうと思っている」
――では一方で、ソロ・アーティストとして作品を作るうえでは、どういったことを大切にしていますか?
「自分の繊細な部分が伝わるように、なるべく誠実であろうと心掛けている。そのほかについては、(サウンド面で)どんな方向にでも行けるよ。仕掛けには頼らず、常套手段では作れないものを届けたい。それが僕にとってはすべてだね。その根底にある精神は、アルバムの要所要所で聴き取れると思う。それに、今回もまたブルー・ノートと契約できたこともありがたいし、ドン・ウォズ(ブルー・ノート社長)にもすごく感謝している」
――今回のアルバムは、一部の曲を除いて一人で録音されたそうですね。そういったアプローチを選んだのはなぜでしょう?
「最初のアルバム『Live Today』がこの作品を決定付けたんだ。僕にとって初のソロ・アルバムは、まさしく大きな賭けのようなものだった。制作当時は主にベーシストとしていろんな場面で活動していたけど、プロデュース業にもすでに関わっていた。そんな状況下で僕はアルバムを作ることにし、当時のマネージャーが有り金をすべて注ぎ込んで、そしてレコーディングできたんだ。そのアルバムをみんなが気に入ってくれて、実際に購入してくれた。それはすごくありがたいことだったよ」
――確かに『Live Today』は、既存のジャズを飛び越えたアーティスティックな一枚だったと思います。そういった前作の成功が、今作に繋がったと。
「そのおかげで、自分がアーティストとしてこの世界に伝えられることをもっと表現したいという気持ちが強くなった。だから今作については、可能な限り自分に正直なものを作りたかったんだ。それを成し遂げるために、僕は3つの側面にフォーカスを当てることにした。まずは楽器を弾くベーシストとしての自分、次にプロデューサーとしての自分、そしてソングライターとしての自分――その3つの側面から意思決定をすることによって、自分のありのままを感じられるアルバムにできたらと思った。それを実現するには、あらゆる要素を現場主導でコントロールする必要があったんだ。それもあって、今回は自分ですべての楽器を弾くことにしたんだよ」
――なるほど。
「ほぼ自分一人で演奏したのは、〈ほら、僕ってこんなにいろいろと弾けるんだぜ〉とひけらかしたいわけではなく、とにかく自分に忠実な表現を成し遂げたかったから。そして、リスナーが『Live Today』のときに気に入ってくれた要素を、より強調して届けたかったんだ。(自分ですべて演奏する)リスクを背負ってでも、みんなの期待に応えようという意思を示したかった」