〈フジロック〉での熱演も話題を集めたロバート・グラスパー・エクスペリメント(以下:RGE)の新作『ArtScience』が9月16日にリリースされる。多彩なゲスト・シンガーを迎えてR&B/ネオ・ソウル的なサウンドに接近した〈Black Radio〉シリーズから、ピアノ・トリオでのアコースティック・ジャズ作品『Covered』(2015年)を経ての今作は、カラフルで厚みを増したエレクトリックなサウンド、ソロ/即興パートが大幅に増えた楽曲、これまでよりもキャッチーさが際立つメロディーなど、従来の作品とは毛色が異なる部分がまず印象に残る。とはいえ、近年のグラスパーは徐々にモードを変えはじめていたところもあり、ここ数作の延長線上にあるサウンドと見るべきだろう。

現代ジャズの重要トピックであるドラマーの観点から振り返っても、クリス・デイヴが参加していた『Double Booked』(2009年)~『Black Radio』(2012年)の頃におけるRGEのイメージを担っていたJ・ディラ的なバックビートは、マーク・コレンバーグにチェンジした『Black Radio 2』(2013年)を境に少しずつ影を潜め、久々にダミオン・リードと共に吹き込んだ『Covered』でさらにその傾向は進んでいった。『ArtScience』においては、ブレイクビーツ的なループは維持しつつ、ロックのように直線的で重いグルーヴが強調されている。これはジャズ・シーン全体で見受けられるトレンドであり、ジャスティン・ブラウンやロナルド・ブルーナーJrといった実力派ドラマーもそうだし、若手を中心に近年軽視されてきたタムを効果的に響かせるスタイルも増えてきた(そもそも、クリス・デイヴも最近はドラムのセッティングを変えだしている)。

さらに、〈Black Radio〉シリーズでの〈あえて弾かない〉時期を経て、『Covered』以降にピアニストとしての新境地を切り拓いているグラスパーが、エレクトロニック色の強いサウンドのなかでたっぷりとソロを弾く場面もアルバムの聴きどころだ。そして、カマシ・ワシントンのバンド・メンバーであるブランドン・コールマンやスナーキー・パピーのビル・ローレンス、あるいはサンダーキャットなど、70年代後半~80年代のフュージョン/ディスコへの憧憬を現代的に昇華させるジャズ・ミュージシャンが増えてきたが、『ArtScience』はそんな文脈でも聴くことができるだろう。もしかしたら、グラスパーが監修を務めた映画「マイルス・アヘッド」のサウンドトラックで、80年代マイルスを意識した楽曲“What’s Wrong With That?”を書いた経験も今作に繋がっているのかもしれない。その他にも、ヒップホップというよりはロック的なサウンドが目立っていたりと、さまざまな変化が色濃く反映されている。そんな注目すべき次の一手について、グラスパーに話を訊いた。

グラスパーの近年の活動をおさらい!
★マイルス・デイヴィス伝記的映画サントラ&再構築アルバムを語る
★ローリン・ヒルと共同プロデュース、ニーナ・シモンのトリビュート盤
★『Covered』発表記念、グラスパー × OMSB対談
★グラスパー × 西本智実、ジャズmeetsオーケストラの共演

ROBERT GLASPER EXPERIMENT ArtScience Blue Note/ユニバーサル(2016)

 

自分たちだけの力で、自分たちらしい作品にしたかった

――まずは、『ArtScience』というタイトルを名付けた意図を教えてください。

「素晴らしい〈Art〉の背後には、必ず〈Science〉(訓練を積んだ技術)が存在している。しっかりと研究されて、練り上げられてこそ素晴らしい芸術が生まれると思う。それがタイトルの意味だね」

――子供のような4人のメンバーのイラストが、黒板の前で立っているアートワークはどんなことを意味しているのでしょう?

「子どもって、限界だとか境界線というものだとかを知らないよね。何かを探究するにあたって、いちばん限界を持たないのが子ども。だからこそ、子どもの俺たちが学校の黒板の前に立っているんだよ」

――RGE名義では3年ぶりの新作となりますが、『Black Radio 2』以前の作品と比べるといろいろ変化していますよね。歌モノのアルバムとは言えなかった『Double Booked』でもビラルやQ・ティップが参加していたので、『ArtScience』はRGEにとって初めて、ゲスト・ヴォーカルが不在のアルバムとなります。そういった点も含めて、新作のコンセプトについて教えて下さい。

「この作品の前にカヴァー・アルバムが続いたからこそ、今回はオリジナル・アルバムを作りたいと思うようになったんだ。とにかく自分たちだけの力で、自分たちらしい作品にしたかった。だからこそゲストを誰も入れることなく、4人みんなで作曲して、全員がプロデュースする形を執ることにしたんだ。そこからどうなっていくかはお楽しみに、みたいな感じでね。だから、コンセプトがないというのがコンセプトだったかな。そして、さっき話した通りで限界や境界線を一切持たないように心掛けた」

――確かに、〈Black Radio〉シリーズでは、あなたの名前が作曲者として多くクレジットされていましたが、今回は編曲やプロデュースも含めて、あなたとデリック・ホッジ(ベース)、ケイシー・ベンジャミン(サックス/ヴォコーダー)、マーク・コレンバーグとの共作となっていますね。全員で曲を書いて、アルバムを作ることにした理由は?

「俺たちのバンドのそれぞれが、オリジナルな声を持っていると思うからだ。ここ最近はずっと自分でプロデュースしてきたから、できるだけこれまでとは違ったものにしたかった。あとはやっぱり、他のみんなもプロデューサーの役割を担える機会ができるし、それぞれのメンバーに光を当てることも大事だと思ったんだ。とても楽しいことだったよ」

――『Double Booked』では“For You”をケイシーが、“Open Mind”をデリックがそれぞれ作曲していました。そういう意味では、『Black Radio』以前のやり方に戻したとも考えられそうですね。

「ある意味、そうだと言えるよね。過去に立ち戻りたいというのはもちろんあったんだけれど、その一方であの頃に作った作品がいまの時代に相応しいかというと、そうじゃないよね。2008年や2009年に作って受け入れられたものが、いまの時代にも受け入れられるかというとそうじゃない。だから、この作品を作るうえでは、後ろに向かいつつも前に向かったというか、過去を振り返りながら前進していくというか、そんな要素が入り混じった作り方だったと思う」

――この新作では、“Find You”ではハードなギター・ソロが入っているのも印象です。これまでにニルヴァーナやレディオヘッドのカヴァーはしていても、サウンド自体にここまでロックっぽいフィーリングを入れたのは珍しいんじゃないですか。

「単にロックな曲にしたかっただけだよ。だから、ギター・ソロを入れたんだ。みんなそうやって、俺がロックなことをやるとすぐに〈なんでロックなんだ?〉って訊かれちゃうけど、一つ忘れてほしくないのは、ロックは黒人が生み出した音楽だということ。それって日本人に〈なんで日本文化なの?〉〈なんで日本の歌なの?〉って質問しているのと同じことだと思うよ。ロックはいまとなっては黒人がやるのが珍しいから驚かれるけれど、黒人が生み出した、黒人の音楽だからね」

――では、ギターを入れた理由もそこにあると。

「そうだね。ギターを入れたのは初めてだよ。なんでギターを入れようと思ったかというと、バンド・サウンドに新しいカラーを入れたかったから。とても素敵な彩になっていると思うよ。(ピアノやフェンダー・ローズだけではなくて)キーボードを入れたのも同じ理由だね」

――そのギターを弾いているマイク・セヴァーソンは、ビラルのバンドのギタリストですよね。

「マイクは同じヒューストン出身で、本当にずっと一緒に演奏してきた。ツアーも8年か9年くらい共にしているし、(お互いのことを)本当によく理解できている。音楽的にもウマが合うし、とても気楽にやれるんだ。マイクとなら何も説明せずにプレイしても、すんなりいくんだよ」

――この“Find You”ではあなたの息子であるライリー・グラスパーが『Covered』の“I'm Dying Of Thirst”に引き続き参加して、政治的なメッセージを発していますよね。

「このパートは、息子が家で話しているときにその場で録音したんだ※。あいつは子供なのにかなり政治的な話をするんだよ。息子の言葉は政治的なだけじゃなくて、同時にポジティヴなフィーリングを持っている。だから、それを聴いたときに、これをアルバムのなかで活かしたいなと思ったんだ。自分のアルバムでは、世界で起こっていることを反映させたいといつも思っているからね。今回のもそうだ。ライリーのそういう考えや想いに関して、俺は本当に誇りに思っている」

※2014年にミズーリ州ファーガソンで起きた、黒人の少年が白人警官に射殺されたニュースを観ていた当時5歳のライリーが〈こんなの不公平だ!〉〈銃を使っちゃダメ!〉と率直な想いを述べている

 

ジャンルやグラミーのことを考えず、自由な作品にしたかった

――“Let’s Fall In Love”ではマット・ヴォージマー※が作曲にクレジットされています。この曲を収録するようになった経緯を教えてください。

※イーカッショニスト(eCUSSIONIST)、イーカッシュ(eKUSH)などの名義でも活動するジャズ・ドラマー/プロデューサー。NYの地下鉄の通路で繰り広げているパフォーマンスは日本でも話題に(詳しくはHEAPS Magazineの記事を参照)

「あの曲は友人のアリーヤ・ニアンビ※が作詞をして、マットが曲を書いてくれたんだ。彼女が〈アルバムを作っているのなら、いい曲があるんだけど〉と言ってくれてね。もともとはマットが作曲したんだけど、そこに俺がブリッジの部分を付け加えて、曲がもっと自由になるようにしたんだ」

※フィラデルフィア出身のシンガー・ソングライター。マット・ヴォージマーとよくコラボしている

アリーヤ・ニアンビをフィーチャーしたイーカッショニストの2016年の楽曲“Roll Up”
 

――カヴァーが2曲収録されていますが、まずは“Tell Me A Bedtime Story”について教えてください。原曲はハービー・ハンコックで、クインシー・ジョーンズのヴァージョンなどもありますけど、参考にしたヴァージョンはありますか。

「俺はハービーのオリジナルが最高だと思っている。どのヴァージョンを参考にしたかといえば、俺にとってはハービーだね。でも実は、調べたら思ったほどカヴァーされている曲ではなかったんだ。意外なことにね」

ハービー・ハンコックの69年作『Fat Albert Rotunda』収録曲“Tell Me A Bedtime Story”
クインシー・ジョーンズの78年作『Sounds...And Stuff Like That!!』に収録された“Tell Me A Bedtime Story”のカヴァー
 

――ハービーのオリジナルには歌が入ってなくて、歌が入っているのはフィリップ・ベイリーやノーマン・コナーズ、笠井紀美子のヴァージョンなんですよね。

「歌詞は俺じゃなくて、ケイシーがどこからか引っ張り出してくれたものだったから、彼に訊いてくれよ」

――その“Tell Me A Bedtime Story”はそういうふうにカヴァーしようと心掛けましたか?

「この曲を入れようと思ったのは単に演奏したかったからだけど、手を加えてアレンジし直したり、違う形に作り直したり、いろいろ考えてやったり、そういうことは一切したくなかったんだ。原曲が素晴らしくて、それをやりたいだけだったから、とにかく何も変えないで演奏しようと思ったんだ。だからこそ、インストも原曲に忠実にやっているんだよ」

――もう一つのカヴァー曲である、ヒューマン・リーグ“Human”は意外な選曲でした。

「この曲も大好きなんだ。史上最高の黒人プロデューサーである、ジャム&ルイスが手掛けた曲だよ。この曲をカヴァーすることはごくごく自然なことというか、妙にしっくりきたんだ。それでカヴァーするにあたって、これは“Tell Me A Bedtime Story”とは違っていろいろ変えようと思った。オリジナルにメロディー・パートを加えて、それを最後のほうでもう一度繰り返している。これは自分たちのアイデンティティーをそこに出したかったから」

ヒューマン・リーグの86年作『Crash』収録曲“Human”
 

――“Human”は80年代の楽曲ですが、今回のアルバムは全体的にリッチなシンセサイザーやヴォコーダーの音色が印象的で、それこそ80年代のポップスやディスコ、フュージョンなどの影響を感じます。このアルバムを作っているときに思い浮かんだ80年代の作品はありますか?

「特にそういうアルバムはなかったかな。ただ、俺の一番好きなアルバムってマイケル・ジャクソンの『Off The Wall』なんだ。正確に言うと79年に発表されたアルバムだから、80年代に向かうアルバムと言ったほうが正確かもしれない。『Off The Wall』は昔からずっと聴いているけど、俺がこれまでに出したどのアルバムも間違いなく影響されていると思う。常にこのアルバムが念頭にあるんだろうね」

マイケル・ジャクソンの79年作『Off The Wall』収録曲“Don't Stop 'Til You Get Enough”
 

――なるほど、クインシー・ジョーンズがプロデュースした『Off The Wall』のテイストというのは納得できますね。そういえば、RGEはライヴでダフト・パンクの“Get Lucky”をたびたびカヴァーしていましたよね。ダフト・パンクの『Random Access Memories』(2013年) のように、80年代サウンドを現代に甦らせている現代の作品からインスパイアされた部分もありますか?

「作品というよりも、俺はファレル・ウィリアムズからインスパイアされているんだ。彼は音楽が何かというものを本質的に理解しているし、音楽に対する知識は尋常じゃない。幅広く音楽を理解していて、ミュージシャンシップも持ち合わせている。ファレルのことはとても尊敬しているし、彼が音楽業界のなかで本当に大きな勢力になっているのはすごく意味があることだと思うね」

“Get Lucky”のカヴァー映像
 

――これまでの作品に比べて、今作は低音がずいぶん太くなって、全体的に厚みが出た気がします。録音やミックスに関して、これまでと変わったことはありますか?

「低音が太くなったというのは、キーボードとギターを入れたからだと思うよ。この2つがいろんな色彩を楽曲に加えたことで、そういう厚みのある音になったのだと思う。俺自身も、これまでのアルバムではピアノとローズしか演奏してこなかったけど、今回は初めてキーボードを入れたからね」

――以前、あなたが「あと少しソロが長かったら、『Black Radio』はグラミー賞を取れなかっただろう」と語っていたじゃないですか。

「『Black Radio』は意図的にソロを短くしたんだよね。いろいろな人に〈なんでソロがあんなに短いんだ?〉って言われたりもしたけれど、そこは俺が頭を使っているところ。そこが〈Science〉というか、ビジネス・パートだね。あのアルバムはR&Bを念頭に置いたアルバムだから、そこでソロはなるべくナシで行くべきだと考えたんだ。ケイシーのソロは一つくらいしかなかったんじゃなかったっけ(笑)?」 

――『Black Radio 2』はどうですか?

「グラミーを意識して作品作りしていたところもあったけれど、実は『Black Radio』がグラミーを受賞するとは思わなかったんだよね。それがまさか本当にグラミーを獲ってしまった。アルバムとしては(グラミーの)R&B部門だったから、同じシリーズの『Black Radio 2』でいきなりジャズの要素を増やすっていうのはおかしいよね。そこは俺だってわかっている。だから『Black Radio 2』もR&Bの路線になったわけ」

――で、今作は例えば“No One Like You”などに見られるように、全体的にジャズ的な即興演奏の部分がかなり増えていますよね。今回はあえてソロを増やしたんですか?

「そうだね。今回はもっと自由に、ジャンルなんかも考えないで作品を作りたかったんだよ。〈とにかくやりたいことをやろう〉〈もっと俺たち自身をフィーチャーしていこう〉〈グラミーのことなんかもまったく考えないで作ろう〉って感じでね」

 


ロバート・グラスパー・トリオ来日公演
日時/会場:
2016年12月18日(日)~22日(木) ブルーノート東京
開場/開演:
〈12月18日(日)〉
・1stショウ:16:00/17:00
・2ndショウ:19:00/20:00
〈12月19日(月)~22日(木)〉
・1stショウ:17:30/18:30
・2ndショウ:20:20/21:00
料金:自由席/8,500円
※指定席の料金は下記リンク先を参照
★公演詳細はこちら

2015年作『Covered』収録曲“I Don't Even Care”のライヴ映像