デヴィッド・ボウイの遺作『★』は多くの人に喪失感を与えたが、しかし大きな希望を残した作品でもあった。その希望を一つ繋いでみせたのが、サックス奏者のダニー・マッキャスリンによる新しいリーダー作『Beyond Now』だ。『★』で核を担った彼と、そのバンド・メンバーたち――キーボードのジェイソン・リンドナー、ベースのティム・ルフェーブル、ドラムスのマーク・ジュリアナが、ボウイとの録音の記憶を作品として形にしたものである。

現在のNYジャズ・シーンを担う存在であるダニー・マッキャスリンは、朋友とも呼べるサックス・プレイヤー、デヴィッド・ビニーらとの実験的なジャズ・ユニット=ランザンに、マリア・シュナイダーのオーケストラへの参加、ベン・モンダーやアントニオ・サンチェスとのクァルテットで活躍。そして、前述のバンド・メンバーとの『Casting For Gravity』(2012年)や『Fast Future』(2015年)といった近作では、エレクトロニックな要素やビート・ミュージックの影響を感じさせるサウンドを展開。その軌跡がボウイと出会うことによって、『★』を生み出すことに繋がった。

今年10月には、ボウイが生前最後に『★』と同様のメンバーで録音した楽曲を含むアルバム『Lazarus』もリリースされるが、デヴィッド・ビニーやネイト・ウッド(ニーボディ)らもゲスト参加している『Beyond Now』は、もしボウイが生きていて次を見せてくれたとしたら、あるいはライヴを実現したとしたらこういう演奏だったのではないだろうか、などというあらぬ妄想を掻き立てもするサウンドである。ちょうど、来年2月に行われるという来日公演のニュースも飛び込んできたばかりのダニー・マッキャスリンに、今作とボウイとの思い出を中心にじっくりと話を訊いた。

★公演詳細はこちら
★デヴィッド・ボウイはなぜ新世代ジャズを選んだのか?  冨田ラボ×柳樂光隆(JTNC)が新作『★』の魅力と制作意図に迫る

DONNY McCASLIN Beyond Now Motema/AGATE(2016)

 

エレクトロニックと即興演奏の交差する点を探求している

――新作はボウイに捧げられ、そしてインスパイアされて制作されたそうですが、その制作の経緯から教えてください。

「『Beyond Now』に収録されているオリジナル曲は、2015年の夏、デヴィッドとのレコーディングを終えてから3か月ほど経った頃のものなんだ。だから彼の音楽はまだまだ僕の中では生き生きと存在していて、それは曲を書くにあたって大きなインスピレーションになっていたね。特にアルバムのタイトル・トラックについては、デヴィッドと一緒にレコーディングをした、ある曲にインスパイアされている。その曲は最終的には『★』には収録されなかったんだけど、それは僕の心を掴んで離さなかった。そして、それこそが『Beyond Now』を制作するにあたってのスターティング・ポイントになったよ」

――ボウイの曲を2つカヴァーしていますね。特に“A Small Plot Of Land”(95年作『Outside』収録)はなかなかマニアックな選曲ですが、『★』の延長線上にある演奏に感じられました。

「“Warszawa”(77年作『Low』収録)はデヴィッドが亡くなってから2週間ほど経った頃にプレイしはじめたんだ。ちょうどNYのヴィレッジ・ヴァンガードで1週間の公演が始まる頃で、メンバーとどうやってデヴィッドに追悼の意を表すか話し合ったところ、ジェイソン・リンドナーがあの曲を提案してね。サウンド・チェックのときに試しで演奏したんだけど、結局そのあとの1週間の公演すべてでプレイすることになったよ。そしてその過程で思ったんだ、デヴィッドへの追悼の意を込めて〈この曲を自分でレコーディングしたい〉って。演奏することによってデヴィッドへの想いを、音楽を通して表現できたから。そのときは特にエモーショナルな時期で、心を整理する意味でもとても大事な曲だったんだよ。もう一つのカヴァー曲“A Small Plot Of Land”はプロデューサーのデヴィッド・ビニーが提案したもの。聴いてたら、これは何かおもしろい編曲ができそうだと思って、しかも自分たちが演奏しているところをすぐに思い描くことができた。だから最初からいろいろと探りながら演奏することに、すごく興味があった曲なんだ」

――ボウイ以外のカヴァー曲で、デッドマウスやミュートマスを選んだ理由も教えてください。デッドマウスの曲でのアンビエントでドローンな演奏は特に興味深かったです。

「デッドマウスのカヴァーについて言えば、僕はデッドマウスが大好きで、彼の前作『While (1<2)』(2014年)に(今回のアルバムの)作曲の面でもすごく影響を受けているほどなんだけど、その作品に収録されている“Coelacanth I”という曲がとにかく気に入ったので、それをカヴァーしたいとはずっと思っていたんだ。ミュートマスの“Remain”はデヴィッド・ビニーが提案してくれたもので、メロディーを聴いてすぐに、それがサックスの音で鳴っているのが聴こえてくるようだった。オリジナル版の曲の組み立てやドラマティックな展開も素晴らしい。最初にヴォーカル、それにシンセが続き、ベースやドラムが入ってくる。すごくエモーショナルなもので、これは絶対にやりたいと思ったよ」

ミュートマスの2015年作『Vitals』収録曲“Remain”
 

――今回は、バンド・メンバーとどんなことを話して録音に臨んだのでしょうか?

「まずは演奏してみて一緒に決める。例えば誰かが並びを変えてみようと提案したり、編成を変えてみようという意見が出たり、あるいはジェイソンがキーボードでいろんな音を試してみたり、とかね。だからメンバー内ではかなりのやり取りがあって、実際のレコーディングをして形を作るに至るまでは、メンバーからのインプットが多く入ったよ。だから、確かに話し合うこともあるけど、どっちかというとひたすら演奏してみて解決していく、という感じだったかな。メンバーのみんなもとにかく最高のミュージシャンで、このプロジェクトには本当に多くをもたらしてくれている。自分たちのユニークな持ち味を注いでくれるんだ。例えば“Faceplant”という曲があるんだけど、もともとはエイフェックス・ツインの『Syro』(2014年)に収録されている“180db_”という曲にインスパイアされているものなんだ。みんなで演奏しはじめたときに、ティムが〈最初の1、2小節をベースとドラムだけにして、そのあとにメロディーが入ってくるようにしてはどうだろう。そしてそれぞれのソロのあとにそれをもう一度やるというのは?〉と提案したんだ。それも僕たちがツアー中で、すでにその曲を演奏している最中のこと。そんなふうにメンバーからのインプットを受けて、曲は進化していったんだ。素晴らしいミュージシャンたちに囲まれて、僕は心からありがたく思っているよ」

2015年作『Fast Future』収録曲、エイフェックス・ツインのカヴァー“54 Cymru Beats”
ダニーの2012年作『Casting For Gravity』収録曲、ボーズ・オブ・カナダのカヴァー“Alpha And Omega”
 

――あなたは常々、エレクトロニック・ミュージックからの影響を表明していましたが、『★』や今作の制作にも、やはりそれらは影響を与えていたということですね。

「まさに、ここ最近はエレクトロニック・ミュージックの影響をすごく受けているね。そして、自分の音楽のなかでエレクトロニックと即興演奏とが交差する点を探求することで、それを示そうとしているんだ。それが僕のサックス演奏にどうやって直接影響するかはとても興味深いところさ。というのも、僕はアコースティックな楽器を演奏しているわけだからね。だから僕はサックスからさまざまな種類の音を引き出すことに取り組んでいる。メロディーを奏でるための単音ではなく、重音や倍音などを試したりして、この僕の探究に合うサックスの〈言語〉を追求しているんだよ。だからチャレンジでもあるし、お馴染みの領域を抜け出す機会になるので、僕にとってはもってこいなんだ。自分を表現するための楽器が持つヴォキャブラリーを探すということではチャレンジではあるけど、楽しんでやってきているよ」

――これまでのあなたのソロ作、特に『Casting For Gravity』や『Fast Future』でめざしたサウンドと、今作との繋がりはどうでしょうか?

「作品間のことでいうと、どれも繋がっている。というのも、新作もいまのグループの自然な進歩の年代記のようなものだから。だからある意味で『Beyond Now』は上記2作の続きとも言えるけど、『Fast Future』と『Beyond Now』の間には大きな出来事があった。『★』へ参加した経験を通じてメンバー間の関係も深まったし、互いの音楽的な疎通を深めてくれた。そういったことを今作は記録してくれているし、ここ1年間の経験を通して僕の作曲も成長しているし、デヴィッドだけじゃなくてデッドマウスやケンドリック・ラマー、エイフェックス・ツインなんかの影響も受けている。あと今作を作るにあたっての究極的な違いといえば、デヴィッドと作業しているときに彼が身をもって示していたことが反映されている、ということだ。アートへの徹底した献身ぶり、そして自分の音楽的なヴィジョンを実現することに全力投球する姿勢、また一緒に作業していたときに見せるエモーショナルな振る舞いなど、そういったことをすべてこの作品に込めたいと思った。これまで起きたことをすべて踏まえたうえで、この作品をデヴィッドが誇りに思ってくれることを願って作った結果が、今回出来上がったアルバムさ」

――デヴィッド・ビニー、ネイト・ウッド、ジェフ・テイラーのゲスト参加について、それぞれコメントをもらえますか?

「もちろん。まずデヴィッド・ビニーはこれまでもずっとプロデューサーを務めてくれていて、付き合いは長い。僕の作品はほとんど彼が手掛けている。それ以前の僕はずっとアコースティックの音楽を扱っていたんだけど、2010年あたりにエレクトロニック・ミュージックを取り入れようと彼が提案してくれたんだ。そしてさらに、ティムやマークと一緒にやってみることも薦めてくれて、そこで出来たのが『Perpetual Motion』(2011年)。そのアルバムを携えて出たツアーを通して、エレクトロニック・ミュージックにもっと深く関わるようになったんだ。続く『Casting For Gravity』と『Fast Future』ではデヴィッドが引き続きプロデュースしてくれたけど、それに加えて、ある曲ではシンセを弾いたり編曲をしたり、あるいはヴォーカルを入れてくれたりして、そういった役割は今回のアルバムでも引き続き担ってくれている」

デヴィッド・ビニー、ティム・ルフェーブル、スティーヴ・コールマン(サックス)、ジェフ・バブコ(キーボード)、ルイス・コール(ドラムス)によるライヴ映像。再生開始して中央に映っているサックス奏者がデヴィッド・ビニー
 

「ネイト・ウッドは『Fast Future』のときにギターを弾いてくれていて、今作の“A Small Plot Of Land”でも弾いているけど、それに加えてアルバム全体のミックスもマスタリングもしてくれたんだよ。だから彼の演奏自体はそう多くはなくても、実際はアルバムそのもののサウンドには深く関わっている。あと、マークが不在のときはドラムスも演奏してくれているし、ティムが無理なときはベースまで弾いてくれる。だからこのプロジェクトでは大きく貢献してくれたよ。ジェフ・テイラーはここNYで知り合ったシンガーだけど、“A Small Plot Of Land”のヴォーカルにうってつけだと思った。そしてその通り、最高の仕事をしてくれたんだ」

ネイト・ウッドがドラムスで参加した、ダニー・マッキャスリン・グループのライヴ映像
 

 

デヴィッドはとにかく根っからのジャズ好きだった

――マリア・シュナイダーが、ボウイにあなたのグループを紹介したそうですが、彼との出会いについて改めて訊かせてください。

「僕はもともとマリアのバンドでプレイしていたんだけど、彼女はデヴィッドと“Sue”という曲を一緒に作っていたんだ。マリアのバンドにデヴィッドがヴォーカルで加わってレコーディングをすることになっていたんだけど、マリアのところのドラマー(クラレンス・ペン)が都合がつかないということで、僕がマーク・ジュリアナを薦めたんだ。一方で、確かデヴィッドはマリアに、もっと他に曲を一緒にやりたいかを訊いたんだけど、彼女は自身のアルバム『The Thompson Fields』(2015年)のレコーディングを控えていたので無理だった。そこで彼女は、僕らと一緒に何かしてみてはどうか、と彼に提案してくれて、またデヴィッドに『Casting For Gravity』を聴かせてくれた。そうこうするうちに、僕らがいつもプレイしているNYの55 Barというところにデヴィッドを連れてきて、演奏を聴いてもらうことになったんだ。その晩は直接デヴィッドと会うことはなかったんだけど、1週間ほど経った頃に、マリアと“Sue”の初リハーサルがあって。確かマークとベースのジェイ・アンダーソン、トロンボーンのライアン・ケベール、トニー(・ガドレク)とスコット(・ロビンソン)、そしてマリアと僕にデヴィッドという比較的少ないメンバーで集まった。そのときに初めて彼と顔を合わせたよ」

デヴィッド・ボウイの2014年のベスト盤『Nothing Has Changed』収録曲“Sue”
ダニー・マッキャスリン・グループの55 Barでのライヴ映像
 

――実際にボウイと会ってみてどうでしたか? 

「それはグレイトだったよ。デヴィッドはとにかく温かく、フレンドリーで寛容、それにすごく感じが良くて、とにかく素晴らしい人なんだ。大スターなのにまったく偉ぶることもなく、そしてスターだからこそそういった温かくて寛容な部分が顕著で、とにかくワンダフルな人だったよ」

――『★』の録音現場では ボウイからはどのような要求がありましたか?

「なかったね。デヴィッドは僕らが僕らの持ち味を出し、やりたいことをやるのを奨励していたよ。だから素晴らしくクリエイティヴな場だった」

『★』収録曲“I Can't Give Everything Away”
 

――ボウイとはジャズの話をしましたか?

「ああ、したよ。とにかくジャズが好きだということ、そしてジャズ・ミュージシャンをよく知っていると感じた。チャーリー・パーカーやチャールズ・ミンガス、ジョン・コルトレーンなど、数多くの偉大なミュージシャンについても話したね。どのアーティストの音楽もすべて網羅していて、とにかく根っからのジャズ好きだった」

――『★』であなたのサックス・プレイに驚いたリスナーも多いと思います。演奏について心掛けていること、大切にしていることはありますか?

「いつだって心を込めて、そして誠実に(自分の)ありのままに演奏するよう心掛けているよ。そして一緒に演奏しているメンバーとの関係を良く保ち、音楽に尽くし、どの瞬間も認識して演奏することだと思っている。また、その曲に対する自分の捉え方や熱情が、インプロヴィゼーションや演奏そのものにきちんと反映されているようにすることだね」

――特に影響を受けたサックス奏者や、あるいは演奏に影響を与えたサックス以外の音楽があれば教えてください。

「あまりにもたくさんいてね。まずは、ソニー・ロリンズ、ジョン・コルトレーン、チャーリー・パーカー、ウェイン・ショーター、ジョー・ヘンダーソン、マイケル・ブレッカーなど、挙げだしたらキリがないよ。あ、レスター・ヤングも追加させてほしい。それに、デューク・エリントン、ハービー・ハンコック、マイルス・デイヴィス、フレディ・ハバード、トニー・ウィリアムズ、エルヴィン・ジョーンズ……とにかくたくさんいるんだ。一方で、ジャズ以外のミュージシャンでインスパイアされた人も多い。例えばさっきから話に出ているデッドマウスやエイフェックス・ツインに、スクリレックス、ケンドリック・ラマー、ボーズ・オブ・カナダ。あとはノアーだね、彼らはかなり気に入っている」

マイケル・ブレッカーの98年のライヴ映像
ノアーの2010年作『Louis Cole And Genevieve Artadi』収録曲“The Mystery Of A Burning Fire”
 

――マーク・ジュリアナ、ジェイソン・リンドナー、ティム・ルフェーブルによるこのグループで今後も活動を続けていくのでしょうか?

「僕はもともと、何年も先を見据えたようなプランを立てたりはしないんだ。ただ、いま一緒にやっているメンバーは最高さ。プレイしていて本当に楽しいし、まさに夢のようなバンドだから、もちろん続けていきたいと思っている。でも、ほかのアーティストとのコラボレーションもやっていきたいね。いま現在でいえばポップ/エレクトロニック方面の音楽に興味があるけど、そのほかのジャンルについてもオープンに考えているよ」

――来年予定されている来日公演はどのようなものになりそうですか?

「そうだね、『Beyond Now』からの曲に、『Casting For Gravity』と『Fast Future』からも数曲、あとはデヴィッド・ボウイの曲もいくつかインストゥルメンタルで演奏すると思うよ」

ダニー・マッキャスリン・グループによる『★』収録曲“Lazarus”のカヴァー映像

 

ダニー・マッキャスリン来日公演
日時/会場:2月1日(水)、2月2日(木)ブルーノート東京
開場/開演:
・1stショウ:17:30/18:30
・2ndショウ:20:20/21:00
料金:自由席/7,500円(税込)
※指定席の料金は下記リンク先を参照
★公演詳細はこちら