ガールズ・メタル・バンドのMary's Bloodをはじめ、女優の瀧本美織を擁するLAGOONやRaychellなど、さまざまなアーティストのサポートを務めてきた女性ギタリスト、YASHIRO。楽曲に対してときにハードに、ときに繊細に寄り添うギターを奏でるのはもちろんのこと、過去にはギターの教則DVDの監修やインストラクターを担当するなどその実力は折り紙付きで、各方面から注目を集めている。
そんな彼女が、初のソロ・アルバム『Astraia』を来る5月10日(水)にリリースする。ギリシャ神話に登場する、物事の善悪をはかる天秤を持つ正義の女神=アストライアーをタイトルに冠した本作に収録された全10曲は、実にヴァリエーション豊か。シンセサイザーとギターが絡みあうソリッドな表題曲(本人いわく〈ガンダムの世界〉)や、三國茉莉のヴァイオリンがドラマティックに彩るシリアスな“BANKSIA”、その真逆とも言えるほどにポップで陽性な“Colorful Stage”など、多様な曲調を流麗に奏でる彼女のプレイを堪能できる一枚だ。また、アップテンポでメタル然とした“Frozen Rose”にはSAKI(Mary's Blood)が、ヘヴィーなサウンドとグルーヴで攻め立てる“The Last Breath”には魚住有希(元LoVendoЯ)が参加。骨太なツイン・ギターとソロ・プレイを轟かせている。そして、普段は主にサポート・ギタリストとして活動するYASHIROが、本作では4曲でヴォーカルにも挑戦。インスト曲もヴォーカル曲もとにかくメロディーにこだわったそうで、ハード・ロック/メタル・ファンやギター・キッズだけでなく、ギター・インストに馴染みの少ないリスナーの入門盤としても最適な一枚とも言えるだろう。
今回の取材では作品についてはもちろんのこと、彼女がこれまで活動してきた経緯やフェイヴァリット・アーティスト、ギタリストとしてのモットーなど幅広く話を聞いたのだが、この後のインタヴューにある通り、過去にはバンド・メンバーから〈スライム〉というあだ名で揶揄されていたなど、苦労をした時期もあったそう。しかし、笑いを交えながらにこやかに話す姿から、プレイ・スタイルや技術はもちろんのこと、その人柄も多くのミュージシャンから愛されていることが伝わってくるインタヴューとなった。
悔しさと劣等感が成長させてくれた
――初めてギターに触れたのはいつでしたか?
「中学の音楽の授業ですね。同級生が弾いているのを見て、自分もちょっとやってみたいなと思って。それで親に相談してみたんですが、〈ギターは勉強の妨げになる〉と言われてしまい……。でも、部活だったら許してくれるだろうと思って、高校で軽音部に入ったんです。そこからバンドをやってみたい、ライヴをやってみたいと思うようになっていきました」
――ギターを始める以前から音楽は好きだったんですか?
「4歳からピアノを習っていました。でもあまり好きではなかったです(苦笑)。合唱コンクールで伴奏をしたこともあったけど、別にすごく上手いわけでもなかったし、あまり執着していなかったので、中学に入る前にやめてしまって。あと、私は3人兄妹の末っ子なんですが、兄が買ってきたCDを流していたり音楽番組はよく観ていたので、音楽自体は昔から馴染みがありましたね」
――ご兄弟は家でどんな音楽を流してたんです?
「一番上の兄は尾崎豊やL⇔R、ジッタリン・ジンとか、世代的に上の音楽が好きだったんですよ。真ん中の兄はL'Arc~en~Ciel、SADS、GLAYとか、いわゆる日本のロック・バンドを聴いていて。あと、母は高橋真梨子さんが大好きで、私もよく一緒にコンサートに行っていたのでわりと歌えます。“ジョニーへの伝言”“ごめんね”“真昼の別れ”とか」
――そういった音楽を聴いて育ち、軽音楽部でギターを始めたと。
「最初は部活でやっていたんですが限界があるなと思って、インターネットで〈ギタリスト募集〉〈初心者大歓迎〉と書いてあるメンバー募集のサイトに応募して、学校外でバンド活動を始めました。その頃はギターを始めてまだ1年ぐらいで、パワー・コードぐらいしか弾けなかったんですけど、5、6バンド掛け持ちしてましたね。多いときは月に13本ぐらいライヴをしていたんですが、いま考えると基礎も知識もない状態でよくあの本数をやってたなぁ……って思います(笑)」
――ひたすら実践で学んでいったと。
「そうですね。私、レッスンには通ってはいましたけど、音大や専門学校には行かなかったんですよ。だからライヴで対バンの人を見様見真似でやってみたり、わからないことがあったらPAさんとか周りの人に教えてもらったりしながら、という感じでしたね」
――完全に叩き上げ型なんですね。そのぶん、いろいろと苦労も多そうですが。
「怒られてばっかりでしたよ。昔やっていたバンドでサポートしてくださっていた年上の方がいたんですけど、私、その人に〈スライム〉って呼ばれてたんです」
――〈スライム〉というのは〈ドラゴンクエスト〉に出てくるモンスターの?
「そうです。〈1ターンで倒せるザコだから〉って(笑)。ライヴのMCで〈次のライヴのときには、もうコイツはいないかもしれないです〉と言われたこともあって。すごく悔しかったんですけど、それでもバンドやギターをやめたいとは思わなくて、いつか見返してやると。そういう悔しい気持ちとか劣等感が、自分を成長させてくれたかなと思います」
ギタリストとして認められなくてもいい?
――バンドをいくつも掛け持ちしていたそうですが、どんなバンドをやられていたんですか?
「いろいろやってましたよ。いわゆるロックやポップスだけじゃなくて、ドラムのいないデジタル・ロックとか、ヴォーカルが泣き叫ぶようなちょっとアングラなバンドとか。3ピースのパンク・バンドもやっていましたし、あとはテクノを採り入れたものとかも。私はギターで、DJがいてという」
――本当に幅広いですね。
「だから、自分のルーツを辿ろうとするとかなりゴチャゴチャしているんですよ。〈このジャンルのギターを極めたい!〉と思ってやってきたというよりは、弾かせてもらえるのであればなんでもやりたいというスタンスで、いろいろとやり散らかしてきたので(笑)」
――いい意味で雑食というか。
「食べられるものであればなんでも食べていました(笑)。やっぱり先入観で物事を避けてしまうのはすごくもったいないじゃないですか。その時点では技術や知識がなくて自分にはできないことも、噛み砕きながらやっていきたいなと思っていたので。それもあって、ジャンルへのこだわりみたいなものがないんですよね」
――そこは『Astraia』の収録内容が幅広いものになっているところに繋がっていますね。あと、どの曲もメロディーが立っているなと思いましたが、そもそもどういう作品にしようと思っていましたか?
「コンセプトはタイトルにも込めているんですが、私は物事を多角的に見てバランスを取りたくなる習性があるんですよね。それもあって、今回はスピーディーな曲もあればゆったりとした曲もあるし、明るい曲もあればシリアスな曲もあって。多彩といえば多彩ですし、多重人格的とも言えるんですけど(笑)。でも決して嘘をついているわけではなく、そのすべてが自分らしいというか。結果として、自分自身を表現できたアルバムになったと思います。正直不安な部分はありましたけど」
――どんな部分が不安でした?
「やっぱりメタルならメタルで、ポップスならポップスにまとめたほうがわかりやすいと思うので、曲調がバラバラなぶん、はたして1枚にしたときに大丈夫かなって。ただ、曲調がどうこうとかギタリストのアルバムだからテクニックで押すとかではなく、それこそ言ってくださったようにとにかくメロディーのいい曲を作りたかったんです。これを言うと怒られると思うんですけど、バラードの“All Ways”を作っているときに、プロデューサーの坂本光久さんに〈この曲、ギターいらなくないですか?〉って言っちゃったんです。〈アコギよりもピアノのほうがいいと思うんですけど〉って。〈そんなのダメに決まってるだろ!〉って言われましたけど」
――さすがにそれは強めに言われますよね(苦笑)。
「ハハハハハ(笑)。でも本気でそう思うぐらい楽曲自体とメロディーの良さをいちばん大事に考えていて、ギターはその次でいいんですよ。そこは良いところなのか悪いところなのかわからないんですけど、私、そこまで自分のギターに対するエゴがないんです。もちろんギタリストである責任やプライドは持たなくてはいけないんですが、自分としてはこのアルバムを聴いた人の感想が〈この曲いいな、誰が弾いてるかわからないけど〉で、全然いいんです」
――それぐらいの立ち位置でいいと。
「はい。ただ、こうやってアルバムを出させていただいて自分がセンターに立つ場所が出来た以上、ギター・プレイも、自分自身としても、人前に立つことを考えていかなきゃいけないなって。実はそれが一番苦手なんですよね。〈ギタリストっぽくない〉ともよく言われるんですけど」
――ギタリストの方って前に出ていくイメージがありますよね。
「そうですよね。でもこれまで組んでいたバンドでも、ツイン・ギターの場合は必ずと言っていいほどサイド・ギターだったんですよ。それもあって、曲のボトムやアンサンブルを支えるギターが凄く魅力的だなと思っていて」
――僕もそういうギターって凄く好きです。リズム・ギターは決して目立つわけではないけど、曲の雰囲気を作る上で重要な部分じゃないですか。そのパートが好きというのは、職人的な感じがするというか。
「そうなんですよ! ありがとうございます(笑)。私本当に全然目立たなくていいんです。極端な話、ギタリストとして認められなくてもいいと思っていて」
――そこまでいきます?
「でも自分が出した音で、ちゃんと曲を活かすことができるギタリストになりたいんです。難しいこともカッコイイこともやりたいけど、まずは曲を大事にできるギタリストでありたい。でもまぁ、そういうわけにもいかないぞと。影に隠れてばかりいないで、表にも出ていかないといけないなと思うようにもなってきました」
――ちなみにYASHIROさんがもともと憧れていたギタリストっていらっしゃいますか?
「昔から〈この人になりたい!〉っていうギタリストがいなかったんですよね。ギターを始めたキッカケも誰かに憧れたからとか、あのときのライヴを観たから、という感じでもなかったですし。でも、誰かに憧れるというよりは、例えば井上陽水さんの“氷の世界”を聴いて〈リフがカッコイイ! 誰が弾いているんだろう、今(剛)さんか!〉とか、〈中島みゆきさんのギターって誰が弾いてるんだろう、マイケル・ランドウか!〉みたいな(笑)」
――本当に〈曲ありき〉なんですね。
「そうなんですよ。やっぱり楽曲に寄り添えるギタリストが一番カッコイイなと思っているので。例えば古川望さんとか、若手の方でしたら菰口雄矢さんもそうですけど、お二方とも物凄く魅力的なギタリストでテクニックもあるのに、それを必要以上に出さないんですよね。楽曲をより良くするためにその曲にいちばん合ったやり方で弾くというか、もちろん現場によって切り替えることは大事ですが、そういう偉大な方々のプレイを見ていると自分はギターを続けていていいのだろうか……と思ってしまいますね。果てはないし、課題は尽きないです」