構想40年。満を持しての映画監督デビュー。やるだけのことはやった。そして、夢が手に入った――
水谷豊が映画「TAP-THE LAST SHOW-」で監督デビューした。長い俳優生活、今も第一線を走る人気俳優に、映画監督として取材をする機会が訪れようとは誰が想像しただろう。
「僕もしていませんでした。まさか自分が監督としてインタヴューを受けることになるとはね(笑)」
いつもどおりの優しい微笑みが浮かぶ。
「でも、監督と呼ばれることに違和感はないんですね。今までいろんな役をやってきて、いろんな名前で呼ばれているでしょう。きっと自分の名前とは違う呼び名で呼ばれることに馴れているんですね」
選んだ題材は、伝説のタップダンサーに猛特訓を受ける新人ダンサーたちの物語。最初に着想したのは40年以上も前のことだったという。その際は、再起不能になった天才ダンサーの夢をその息子がショウとして実現するとの内容であった。それが後年、ブロードウェイのショウを観劇したことで、さらなる弾みと深みが刻まれることになる。
「見ながらどこか別の世界に〈連れて行かれる〉ような感覚がありましてね。その自分が〈連れて行かれた世界〉へ映画で観客を連れて行くことができないだろうかと思うようになったんです」
その後、30代、40代と年齢を重ねる中で、自らが若きダンサー役を務める好機が訪れては立ち消えることを繰り返した。最終的に、自身が伝説のダンサーに扮し、新人を育成するという形に物語は落ち着く。一方で、自ら監督を務めることで「向こう側」への観客を連れて行く責務を果たす道も選んだ。
「ショウだけを見ると、その裏側のことって見えないし、わかりませんよね。夢を追い続けてこの世界に入ったからにはスポットライトを浴びたいとは誰もが思うこと。それはダンサーも役者も変わりません。でも、そのほとんどが達成できずに挫折してしまう。過酷ですね。もちろん、彼らに生活というものがあるからです。そして、残ったわずかな人間が僕らを〈向こう側〉に連れて行ってくれる。映画なら、そのこともじっくり描けると思ったんです」
いずれも人間を描く果てに生まれるものだろう。まぶしいショウだけではない。そのステージの向こうに、努力している人間の姿を水谷は目撃したのだ。
「そう。やっぱり人間を描くことなんですね。そこに尽きます。人間を描かないとショウにたどり着けないし、ショウも描けない。僕は人に興味があるんですね。単に好きということじゃなく、いろんな感情があるといいますか。わからないんですよ、人って。本当に〈人って何だろう〉ってつくづく思います。〈こんなときどうするんだろう、どうなっちゃうんだろう〉みたいな興味がずっとあって、そういう感情が役者をやる動機になりましたし、今回は監督としてより深く考えようとしたわけですね」