写真=橋本直己

上岡敏之インタヴュー
謎の日常生活? いや、音楽漬けの日々、それが指揮者だ

 欧米のセレブ男性が一番憧れる職業、それは「オーケストラの指揮者」だと言う(日本は何なのだろう?)。筆者の知っている範囲では、クラシック音楽に惚れ込み、自分でオーケストラを借り切ってマーラーの大作交響曲を指揮したお金持ちもいた。しかし、オーケストラを指揮するということは、そんなに単純なものではない。音楽を愛し、音楽の勉強を積み、さらに指揮法を学び、実際のオーケストラの指揮を体験し、その上で、小さなオーケストラへの客演、歌劇場のアシスタントなどの経験を経て、ようやく指揮台の一歩手前に立つことが出来る。その後は「運」である。100人指揮者希望の学生がいたら、その中で本当に指揮者として活動出来るのは、おそらく1~2人だろう。時間もかかる。

 上岡敏之は神奈川県で幼少時代を過ごし、現在、新日本フィルハーモニー交響楽団の音楽監督を勤める。2年目のシーズンを前に、上岡という指揮者に迫ってみた。

——なぜ、そんな困難な指揮者の道を目指したのですか?

 「子供の頃は、横浜の根岸という所で育ったのですが、そこに米軍の住宅があった。日本の中だけど、隔絶された世界。子供たちの遊ぶ姿を、子供の自分が見て、憧れるというか、海外の生活をしたいという気持ちが芽生えたことが最初のきっかけだと思います。それから音楽が好きになり、音楽大学(東京藝術大学音楽学部指揮科)へ入学したものの、それほど裕福な家ではなかったので、アルバイトに明け暮れ、ピアノも学校で練習していました。たまたま指揮科の先生のレッスンが週に1回しかなかったので、その教官室のピアノを毎日借りて弾きまくり、自分なりに音楽を勉強していった。その後一度就職したり、いろいろありましたが、運が良いことに、ロータリー国際奨学生としてハンブルク音楽大学に留学が出来たのです」

 上岡の学生時代のアルバイトやホテルマン経験談はとても面白いのだが、それを書くと1冊の本になってしまうので、先へ進む。

写真=橋本直己

——ドイツでの修業は?

 「音楽大学からキール市立劇場のソロ・コレペティトールに入ることが出来ました。コレペティトールとは、歌手と一緒にリハーサルするピアニストであり、ピアノが弾けるだけでなく、音楽的な知識、またオペラ上演に対する知見も必要です。その仕事はとても楽しくて、そのままでも良いかと思ったくらいでした。でも、そこでの活動が認められ、ヘッセン州立歌劇場に引き抜かれ、音楽総監督となったということですね」

 ドイツでは常にどんな優れた人材がいるのか、様々な歌劇場の関係者がリサーチしている。その網にひっかかったという訳だ。

 しかし、上岡の日常生活の話を聴くと、本当に指揮者とは激務だと思う。

 「とにかく毎日、新しいスコアを読まないと。だからスケジュール帳は2つあります、5年先までのスケジュールと、今年1年の毎日のスケジュールを管理するものと。毎日のスケジュールはほぼ10分刻みで、そこで何をするかを書いてあります。だからテレビを観ている暇もないので、家にテレビも、また音楽を聴くものもないんです。東京に来て、たまたまホテルのテレビを何時間も見入ってしまうこともありますが、ああ、時間を無駄にしたと後悔する(笑)。髪の毛も15分ぐらいでカットしてもらうし、音楽以外のことには本当に時間を使わないです」

写真=橋本直己

 心の余裕が無くなりそうだが、意外な趣味・嗜好? もある。まず愛煙家。「煙草、高いですね~」と上岡。服のサイズがドイツでも日本でも合わないので、シャツ、スーツなどはすべてオーダーメイド。常に朝はコカ・コーラでリフレッシュする。パソコン、携帯電話、スマートフォンは使わない主義、などなど。もっと突っ込んで聞きたいところもあるのだが、それはまたいつか。

 2017/18年のシーズンは、いよいよ第2ステップへというプログラムのラインナップ。「常にオーケストラの状態を感じて、ああ、この曲がこう出来るのなら、このレパートリーを次に入れよう、などと考えています。1シーズンのプログラミングは、飛行機に乗ったら、だいたいのイメージは1時間ぐらいでまとまってしまいます」

 せっかちなのではなくて、それだけ上岡の中に音楽が詰まっているのだ。その指揮姿を、ぜひ生で体験してみて欲しい。
[interview&text:片桐卓也(音楽ライター)]

 


上岡敏之
東京藝術大学でマルティン・メルツァーに指揮を師事し、作曲、ピアノ、ヴァイオリンも並行して学ぶ。後に、ロータリー国際奨学生としてハンブルク音楽大学に留学し、クラウスペーター・ザイベルに指揮を師事。キール市立劇場ソロ・コレペティトール及びカペルマイスターとして歌劇場でのキャリアを開始。ヘッセン州立歌劇場音楽総監督、北西ドイツ・フィル首席指揮者、ザールランド州立歌劇場音楽総監督、ヴッパータール市立歌劇場インテンダント兼音楽総監督等を歴任。手兵ヴッパータール響とは二度の日本ツアーも大成功させた。2016年9月より新日本フィルの第4代音楽監督に就任。また、コペンハーゲン・フィル首席指揮者、ザールブリュッケン音楽大学指揮科正教授も務める。2007年第15回渡邉暁雄音楽基金 音楽賞・特別賞、2014年第13回齋藤秀雄メモリアル基金賞を受賞。

 


上岡敏之のこだわりの逸品

○イニシャル入りのシャツはずっとオーダー・メイド。

 

○指揮棒は、軽く、あくまで、軽く!

 

○日本に帰ってからハマった、フリスク。 ※写真はイメージです。

 

○常に朝はコカ・コーラでリフレッシュ! ※写真はイメージです。

 


上岡敏之ピアノを弾きます!
新日本フィル・すみだサマーコンサート2017
7/29(土)13:15開場/14:00開演
会場:すみだトリフォニーホール 大ホール (東京)
曲目:ペルト(子どもの頃からの歌─少年少女合唱とピアノのための)/オルフ(カルミナ・ブラーナ)
出演:甲田潤(指揮)上岡敏之(p、指揮)安井陽子(S)絹川文仁(T)青山貴(Br)すみだ少年少女合唱団/栗友会合唱団

 

すみだトリフォニーホールとともに歩んできた、20年――

 「一緒に音楽をやろう!」1972年、指揮者・小澤征爾のもと、オーナーを持たない、楽員による自主運営のオーケストラとして創立された。創立当初は“ヒゲの指揮者”山本直純が活躍し、ポップス・コンサートやテレビ番組「オーケストラがやって来た」などで人気を博した。

 1975年、初代音楽監督に弱冠25歳の小泉和裕が就任、1983年には第2代音楽監督に36歳の井上道義が就任するなど、若手の才能ある指揮者を積極的に登用。同時に、朝比奈隆、シモン・ゴールドベルク、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチなど国内外の巨匠が招かれ、小澤征爾とは幾度もの海外公演を成功させるなど、オーケストラとしての礎が築かれた。

 1997年より墨田区に本拠地を移転、日本でも有数の音響効果を誇る「すみだトリフォニーホール」で日常の練習と公演という日本初の本格的フランチャイズを導入。本拠地をもったことによる音楽面その他でのプラス・アルファは計り知れず、同時に地元の学校、各種施設での地域に根ざした演奏活動を開始した。

 2003年には32歳のウィーンの指揮者クリスティアン・アルミンクが第3代音楽監督に就任。意欲的なプログラミングは常に大きな話題を呼び、2006年『火刑台上のジャンヌ・ダルク』で第3回三菱信託音楽賞奨励賞受賞、2009年『七つの封印を有する書』で第18回三菱UFJ信託音楽賞を受賞した。2010~2016年はダニエル・ハーディングが“Music Partner of NJP”を務めたが、東日本大震災当日に105人の聴衆の前に決行されたマーラー:交響曲第5番は、後にドキュメンタリー番組となるなど大きな反響を呼んだ。

 2016年9月よりドイツの歌劇場で研鑽を積んだ指揮者・上岡敏之が第4代音楽監督に就任。「後に残る、考えさせられる、みなさんが色々な思いを託せるプログラム」、「楽譜に虚心に向かい合って、音楽の中身を一丸となって伝える」(2017/2018シーズン・プログラム発表記者会見より)という取り組みに期待が集まっている。
[text:板倉重雄]

 

上岡敏之,新日本フィルハーモニー交響楽団 R.シュトラウス:交響詩《ツァラトゥストラはかく語りき》、交響詩《英雄の生涯》 EXTON(2017)

2016年9月ライヴ。「トラディション的な演奏はしない」と明言する上岡が、両作品に纏わりついていた「ハリウッド音楽的」な解釈を払拭し、作品に内在する後期ロマン派的な情感や官能性を見事に引き出した演奏。

 

上岡敏之,新日本フィルハーモニー交響楽団 マーラー:交響曲第1番《巨人》 EXTON(2016)

2016年3月ライヴ。とらわれのない楽譜の読みが、この名作の新たな美を次々に解き明かしてゆく、聴いていてワクワクするような演奏。弦のグリッサンドの処理など衝撃的だが、複雑な味わいに病みつきになること必至!

 

GERHARD BOSSE,新日本フィルハーモニー交響楽団 ベートーヴェン:交響曲第5番、モーツァルト:同第39番、ほか ALTUS(2012)

2010年4月、2011年5月ライヴ。1990年以来、ボッセは度々新日本フィルに登場し、質実剛健、かつ細部まで目配りの行き届いた名演を聴かせた。探究心と好奇心を終生失わなかった巨匠による晴朗な音楽世界が感動的だ。

 

新日本フィルハーモニー交響楽団
2017/2018シーズン定期演奏会・見どころ聴きどころ

タン・ドゥン

客演の指揮者やソリストにも要注目

 上岡敏之が音楽監督に就任して2年目となる新日本フィル(NJP)の2017/2018シーズン。「上岡流」と「インターナショナルの最高峰」を同時に追求した多彩で充実した公演が多数組まれている。

 3シリーズある定期演奏会は、すみだトリフォニーホールとサントリーホールで計24公演を開催。上岡はこのうち8公演を指揮予定で、ブルックナーの中期の傑作・交響曲第6番の新境地を拓く#587や、上岡流の鮮烈なチャイコフスキー《悲愴》が期待される#13など、楽しみな公演が目白押しだ。

カティア・ブニアティシヴィリ(C)Esther Haase

 また今シーズンは、客演の指揮者やソリストにも要注目。例えば、指揮と作曲の双方で活躍するタン・ドゥンの自作自演プロ#585、古楽の世界的権威・鈴木雅明によるオール・ドイツ・プロ#12、上岡と並ぶブルックナー演奏の大家・シモーネ・ヤングが指揮する《ロマンティック》#16など、聴きどころが満載だ。ソリストも、ハンガリー三羽烏の一人デジュー・ラーンキ(p/#577)、マルタ・アルゲリッチの再来と謳われるカティア・ブニアティシヴィリ(p/#10)、ジャズの大御所・山下洋輔(p/#15)ら、豪華な顔ぶれが並ぶ。

 NJPはこの他にも、横浜みなとみらいホールで特別演奏会「サファイア」を3公演開催し、マーラー&ブルックナーをシリーズ化。さらに2018年3月19日には、すみだトリフォニーホールで、国内初の「上岡敏之ピアノリサイタル」も行われる。

 そして今シーズン何よりも必聴なのが、聴き手のリクエストで演目を決定する#592。上岡&NJPと私たちが一体となって、演奏史の新たな1ページを切り拓こう! 
[text:渡辺謙太郎(音楽ジャーナリスト)]

 

マルクス・シュテンツ(C)Molina Visuals

虚より実を取る姿勢を貫く

 上岡敏之音楽監督就任2年目の2017/2018シーズン。彼はいわば虚より実を取る姿勢を貫くことで、観衆の共感を集めている。紙幅の都合上、厳選してさらってみよう。

 まず#587。昨年上岡と共演したアンヌ・ケフェレックの華麗なピアノと、モーツァルトの《ピアノ協奏曲第24番》の相性の良さを、またブルックナーの《交響曲第6番》は、緩徐楽章が美しいことで知られるが、上岡の目指すアンサンブルの妙を聞いてみたい。

 プーランクの壮麗な作品《オルガン、弦楽とティンパニのための協奏曲》で松居直美のオルガンが音空間を駆け巡る#581では、デニス・ラッセル・ディヴィスによる豪勢なプログラムが楽しみだ。

 #583と#584は、ヘンツェとゆかりあるマルクス・シュテンツ指揮による、最も古典的なモデルに近いとされる《交響曲第7番》、ハイドンと演奏されることにより浮き彫りになるだろう古典性と現代性を聴きわけたい。

林正子(C)anju.

 また、新日本フィル初登場のアンドリュー・リットン指揮回#590と#591は、双方とも見逃せない。宮崎駿監督、スタジオジブリ作品『崖の上のポニョ』で世間的な注目を集めたソプラノ林正子だが、ウィーン楽派では例外的に人気を集めたベルクの傑作、歌劇《ルル》で本領発揮する所は抑えたいし、#591のショスタコーヴィチ《交響曲第4番》は、スターリン圧政下に作られた音楽的な多層性を持つ作品であり、再現能力の高いリットンの実力が期待できる。

 老若男女、幅広い層が肩肘貼らず、上質な音楽を楽しめるプログラム。そこに上岡の美学を感じることができるだろう。
[text:大西穣]