(左から)福富優樹、降矢聡、サヌキナオヤ、畳野彩加

 

Homecomingsがセカンド・アルバム『SALE OF BROKEN DREAMS』以来、約1年2か月ぶりとなるニューEP『SYMPHONY』をリリースした。ストリングス・アレンジ導入という新機軸を採り入れつつも、通しの印象としては、これまで以上にペイヴメントやアメリカン・フットボールといったオルタナ/エモ的なギター・サウンドが耳を引く同作。そうした〈バック・トゥ・ルーツ〉な背景には、学園の風景を切り取りながら〈たまにはちゃんと思い出すから〉と歌うリード曲“PLAY YARD SYMPHONY”を筆頭に、これまでいた場所からの出発や友人との離別に向き合った今作のテーマも関係しているのだろう。加えて、アメリカの青春/学園映画への愛情をもっともストレートに表した作品にもなっており、“SLACKER”なる曲名には、ニヤリと口角を上げるリスナーもいるはずだ。

前作に続き、アートワークのイラストは、シャムキャッツ諸作でも知られ、昨今はチャールズ・ブコウスキ著「パルプ」や島田雅彦の新刊「カタストロフ・マニア」の装画を手掛けるなど音楽以外の分野での活躍も目立ってきたサヌキナオヤが担当。Homecomingsとサヌキは今年の2月に映画上映とライヴを合わせたイヴェント〈New Neighbors〉を京都のみなみ会館で開催し、ホラー映画「イット・フォローズ」で名を馳せたデヴィッド・ロバート・ミッチェルの初監督作にして、お泊り会の一夜を舞台にした青春映画「アメリカン・スリープオーバー」を上映したことも記憶に新しい。

そして、「アメリカン・スリープオーバー」の日本配給元にあたるのは、未公開映画のあらすじを紹介する映画サイトであり、これまで数々のインディペンデント・ムービーの日本初公開を実現させてきたGucchi’s Free Schoolだ。昨年、同グループは初の映画雑誌「ムービーマヨネーズ」も発行し、〈青春映画〉を特集した創刊号は、Homecomingsの福富優樹(ギター)やサヌキも愛読しているという。そうした縁もあってか、Gucchi’s Free Schoolをヴィジュアル面で支えている佐川まりのが、今作『SYMPHONY』のデザインを手掛けている。ここ最近では、「アメリカン・スリープオーバー」のBlu-ray化を実現すべくクラウドファンディングでサポートを募り、なんと目標金額の3倍以上を集めて達成。秋頃のリリースに向けて、鋭意製作中とのことだ。

今回は、Homecomingsの畳野彩加(ヴォーカル/ギター)&福富、さらにサヌキナオヤとGucchi’s Free Schoolの〈教頭〉こと降矢聡も加えて座談会を実施。「アメリカン・スリープオーバー」を中心に、アメリカ青春映画の魅力を語り合いつつ、バンドが『SYMPHONY』に込めた〈旅立ち〉の意味を紐解いた。

Homecomings SYMPHONY felicity/SECOND ROYAL(2017)

 

Homecomingsのレパートリーが流れたエンドロール―運命的な出会い

――まず、Homecomings(以下、ホムカミ)とサヌキナオヤさんで共同開催した、映画「アメリカン・スリープオーバー」の上映&ライヴのイヴェント〈New Neighbors〉について、あらためて整理したいんですけど、そもそも企画の発端は?

畳野彩加(Homecomings)「最初は、私とサヌキさんが『アメリカン・スリープオーバー』を観たのがスタートじゃない?」

サヌキナオヤ「そうかもね。畳野と『アメリカン・スリープオーバー』の話で盛り上がって、その勢いで〈あんまり関西で上映されてないからなんかできひんかな〉という話になった。ただ、僕はそれ以前からホムカミについて、映画と共にあるバンドというイメージを持っていて〈映画館でライヴしてくれたらいいのにな〉と思っていたんです。僕はもともと京都出身なんですけど、京都の〈みなみ会館〉という映画館でやったら最高やなって。あそこは、僕が映画館の魅力を考えるうえで、その雛形になったような場所なんです」

――サヌキさんが〈ホムカミは映画と共にあるバンド〉と思う理由をもう少し掘り下げていくと?

サヌキ「ストーリーテラーとしてどういう目線でいるか、ってことを完全にイメージできている歌詞もそうですけど、まるで映画のあの四角い画面に収まっていくような音楽やと思うんです。例えば僕はシャムキャッツのジャケットもしばらく手掛けてきましたけど、彼らにそんなイメージを持ったことはあまりない。シャムキャッツが開いているのに対し、ホムカミは箱庭的に閉じているというか」

――あー、なんとなくわかります。シャムキャッツもストーリーテラーとして優れているけれど、彼らの音楽はどちらかと言えば、リスナーが自分に起きた出来事として投影できるという魅力が強いような気がする。一方で、ホムカミの音楽はまるで映画鑑賞のように完成した物語に触れる喜びがあるというか。

サヌキ「しかも、語り方自体に緩急があって落としどころもあるけれど、物語としては、派手さがなくてささやかじゃないですか? 自分としては、〈こういう伝え方をする作品が存在する〉ということに勇気をもらえていて。ささやかだからこそ分母として多くはないのかもしれないけれど、僕みたいな人は絶対に少なからずいるわけで、そういう人にはすごく伝わる音楽やと思う」

福富優樹(Homecomings)「まさにそうで、僕らの音楽は、間口を拡げているつもりもあるんですけど、それと同時に閉じていると思うんです。〈わかる人にはめちゃくちゃわかるでしょ?〉という感じは絶対にある」

――では、ホムカミ側として映画館でライヴをしたいという想いは昔からあったんですか?

福富「やりたいなーと思っていたし、むしろ〈温泉とか行きたいよねー〉くらいの実際にやれそうな距離感で考えることもできていましたね。〈世界一周してみたいなー〉というハードルの高い夢ではなくて、〈たぶん、できるんだろうなー〉みたいな。だから、きっかけがあればいつでも、と思っていました」

畳野「昔、Turntable Filmsも映画上映とライヴが合わさったイヴェント※をみなみ会館でやっていたし、みなみ会館だったらできるんだろうなというのはあった」

※2013年7月16日に開催された〈Late Show Films〉。「ウッドストックがやってくる!」「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」「ミッドナイト・イン・パリ」の3本立ての合間に、Turntable FilmsとYeYeがライヴを行った

福富「そこで『アメリカン・スリープオーバー』という映画が、トンと背中を押してくれたというか」

――じゃあ、映画とライヴを一緒にやるという企画ありきで、その上映作品としていくつかの候補から1作を選んだというより、まず「アメリカン・スリープオーバー」を上映しようというところからスタートした?

サヌキ「そうですね、『アメリカン・スリープオーバー』ありきでした」

――みなさんが「アメリカン・スリープオーバー」を知ったきっかけは?

畳野「私はあのポスターが良くて、それで気になったんですね」

福富「海外版のイラストの奴ね」

サヌキ「アメリカン・オルタナティヴ・コミックみたいなタッチの」

畳野「それで、観に言ったら内容も良かったし最高だったんですけど、さらにエンドロールでマグネティック・フィールズの“The Saddest Story Ever Told”がかかるじゃないですか? Homecomingsも昔カヴァーした曲※だったので、もうなんか運命みたいなものを感じて、すぐサヌキさんに〈これはちょっと何かあるぞ〉とLINEして(笑)」

※2014年の『I Want You Back EP』に収録

マグネティック・フィールズの92年作『The Wayward Bus』収録曲“The Saddest Story Ever Told”
 

降矢聡(Gucchi’s Free School)「僕がホムカミさんやサヌキさんのことをちゃんと認識したのは、サヌキさんから〈上映したい〉という旨の連絡をいただいてからなんですけど、よくよく考えたら『アメリカン・スリープオーバー』を上映していたときに、音楽が良いと言ってくれる方が多くて、マグネティック・フィールズの曲についても〈ホムカミのカヴァーも良いんだよ〉とつぶやいている方がいらっしゃったんです。だから、ホムカミさんというバンドがいるというのは認識していました。そのあとに、サヌキさんからお話いただいて、〈あ、あのホムカミさんですね〉と思ったんですよ」

――ここでGucchi’s Free Schoolの活動についても紹介していくと、オフィシャルサイトでは、日本未公開/日本でソフト未発売の映画についてあらすじをまとめていくというのが根幹にあるようですね。そうした活動を始めようと思った理由は?

降矢「僕自身、海外の映画を輸入DVDで観ることも多くて、でもそんなに英語が得意ではないから、あまり内容がわからないんですよ。でも、映画を観たら知りたくなるじゃないですか。だから、未公開映画とかのあらすじを掲載したサイトがあったら個人的には嬉しいなと思ったんです。僕だったらそういうのを活用して映画をより楽しめるなと思ったし、それは僕以外にも欲している人はいるだろうと、まあ始めた感じですかね。それをやっていくなかで、おもしろい映画があったらみんなと観てみたいなとか、共有して盛り上げたいなという気持ちも強くなってきて、最近では上映活動や配給がメインの活動になりつつあります」

――海外で話題になっている作品が、日本ではいつ公開されるかわからないみたいな話もよくあるじゃないですか? そういった現状がモチベーションになっている面もありますか?

降矢「もちろん、あります。最近はTwitterとかでも〈あの作品まだ公開しないのか〉とか〈結局されないのか……〉みたいな声も多いじゃないですか。僕もそういうタイプだったんですけど、自分たちでやってみると、すごくメジャーな作品は無理ですけど、結構小さめの……『アメリカン・スリープオーバー』くらいの作品だったら、わりかし海外の配給も話を聞いてくれたんです。だから、自分たちでもやれるなと思ったし、〈あの映画、公開されないなー〉とつぶやく人たちの気持ちも共有しつつ、自分で配給するのも楽しいですよ、という」

サヌキ「Gucchi’sを知ったときは、こういう団体が本当にいるんだと思いましたね。自分でやっちゃえるというか、〈やる人がいないんだったら自分たちでやってしまおう〉というスタンスに後押しされる感じがあった。しかも少人数で……失礼かもしれないですけど、もっと大人数の団体やと思っていたんですよ。そしたら本当に数少ない有志でやられていて」

福富「僕は、去年の夏から秋くらいにかけて、Gucchi’sさんがやっていた〈青春映画学園祭〉がまわりで話題になったり、その流れで京都の立誠シネマでも『スラッカー』が上映されたり、一気に情報が流れてきて〈こういうシーンがあるんだ〉と興味を持ったんです。で、同じ時期に雑誌の〈ムービーマヨネーズ〉※も発刊されて、もちろん購入して」

※Gucchi’s Free Schoolが創刊した映画のムック。〈青春映画特集〉をテーマに、数々の未公開映画を紹介。柴田元幸や山崎まどからも寄稿した

 

青春映画の根幹にある〈未決定であることの可能性〉を純化した魅力

――ちなみに『アメリカン・スリープオーバー』は海外だと評判になっていた作品なんですか?

降矢「一応カンヌの招待部門で〈批評家週間〉というセレクトがあって、そこで2010年に上映されたんですよ。アメリカ映画が選出されることが少ない枠だから、それはちょっと異色で。だから、どちらかというとヨーロッパから盛り上がったという感じが強いみたいです。同じデヴィッド・ロバート・ミッチェル監督の次作『イット・フォローズ』のときは、アメリカでもタランティーノが絶賛したりして、彼の名前もそこでワッと拡がったようですけど」

――降矢さんはどうやって発見したんですか?

降矢「それは特に何かあったわけではなく、いっぱい観ていたうちの一本だったというか(笑)」

一同「ハハハ(笑)」

降矢「この作品がデビュー作なので、監督を知っていたわけでもなく、たまたまクリックして買ったうちの一本だったんです。それで観てみると、やっぱりあの色合いや雰囲気が独特だったし、話があるのかないのかわからないけど何か心に残るみたいな魅力があったんですね。ストーリーを強引にまとめると、一晩のお泊り会を舞台に、男の子たちや女の子たちがあっちに行ったりこっちに行ったりするのを淡々としたタッチで描いた群像劇ということだと思うんですけど、まだ将来の定まってない彼ら――いまは未決定な子どもたちの一瞬が純粋に表れていた。よくある青春映画というのをカテゴライズするなら、ある人物がプロム・クイーンになりたいとか、この街から出ていきたいとか、何がしかの収束に向かって物語が進んでいき、それが〈叶いました〉とか〈実現しなかったけど違う何かを発見し、新しい自分になりました〉とかの結果に辿り着くと思うんですけど、『アメリカン・スリープオーバー』はそこもまた違っていて、未決定なままで終わっていく。あらゆるものになれるかもしれないという可能性自体にフォーカスしているんですよね。それは派手ではないけど、何か心にくる〈新しさ〉でした。いろいろな方が〈良かった〉と言ってくれるのに触れていくと、それこそが魅力なんだなとあらためて感じています。青春映画の根幹にある〈未決定であることの可能性〉という純粋でピュアなところが描かれていて、本当に神話のよう※だと思う」

※原題は「The Myth Of The American Sleepover」

――僕が新鮮さを感じたのは、それまで観てきた多くの青春映画の大半よりも、主人公たちの年齢層が低いということでした。それは、いまお話しいただいた保留のまま映画が終わっていく、というところにも関係しているのかなと思うんですが。

降矢「それは絶対に関係していると思います。あと、無名の俳優さんばかりが出ているということも、もちろん関係していて、実際にデトロイトのロケ地でオーディションをしたみたいなんですよ。だから、この映画の俳優は、実際にあの場所に慣れ親しんでいるティーンたちなんです。さまざまな可能性があるなかで、特権的に選ばれた人たちが可能性のひとつを成就させて、それこそ有名人になる/映画スターになるという現実もあるけれど、そこからこぼれ落ちてしまった人たちも、実際になった人たちと同じくらい可能性は共有していたはずですよね? それはみんなが共有できるものだし、共感できる。すべての人たちが持っていた可能性みたいなものが、この映画には収められていて、それも魅力なんじゃないかな」

サヌキ「無名の俳優さんだからこそいっそう感じるんでしょうけど、何かに決定する前の顔や体がもはやドキュメント的に映っていますよね。それらが一夜にザワザワ蠢いている感じが、僕は写真の現像に近いなと思ったんです。暗室で写真を現像液に浸していて、まだどんな写真になるかもわからないような状態というか」

福富「わかります。『アメリカン・スリープオーバー』はよく『バッド・チューニング※』と比較されているように思うんですけど、『バッド・チューニング』は、一応最後、部活を辞めるとか選択して終わる。でも、『アメリカン・スリープオーバー』は特に何も選ばないじゃないですか? 彼らはまだ選ぶ年齢でもなくて」

※リチャード・リンクレイター監督による93年の青春映画。夏休みに入る直前の高校生たちの一夜を描いた群像劇

降矢「主人公含め多くのキャラクターは、今度高校生になるという年齢ですからね」

福富「青春映画でよく描かれるのはやっぱり高3が多い気がして」

――『バッド・チューニング』もそうだし『プリティ・イン・ピンク』や『スーパーバッド 童貞ウォーズ』あたりもそうですね。

福富「僕は最後のシーンがすごく好きで。お泊り会の夜にはワーッとみんなが熱にうなされたようになったんだけど、次の日の朝にはそれはそれとしてケロッとしている感じが、すごく神話っぽいなと思った」

サヌキ「翌日の朝の光の感じは印象的でしたね。白っぽい光で」

畳野「自分とあてはめられて考えられちゃうことが、いろいろなポイントであって、〈わかるな、共感できるな〉となれる部分が『アメリカン・スリープオーバー』の魅力だと思います。さっき福富くんも言っていたけど、夜に起きた嫌なことも嬉しいことも次の日の朝になると忘れちゃうとか、そういうところがリアルだし、良いなって。今回の『SYMPHONY』に収録した“PAINFUL”は『アメリカン・スリープオーバー』を観たことで出来たんですよ。〈ここまで影響されているんだから、曲にしないと〉と思って夜をテーマに書いたんです。深夜っていろいろな感情が動く時間だし、そこに焦点を当てたかった」

 

『SYMPHONY』は〈変わっていくこと〉を意識した作品

――「アメリカン・スリープオーバー」や〈New Neighbors〉を経て、今回の『SYMPHONY』はHomecomingsがこれまで以上に〈青春〉というテーマに向き合った作品だと感じたんですね。リード曲の“PLAY YARD SYMPHONY”にしても、ここまで学園の風景を切り取った曲はなかったじゃないですか?

福富「そうですね」

――ちょっと意外にも。でも、今回バンドとしてそこに向き合ったのはどうしてなんですか?

福富「実はGucchi’sさんたちの『ムービーマヨネーズ』にはすごく影響を受けていて」

降矢「え!」

福富「この本は〈青春映画特集〉だし、そういう映画のことばっかりが書いてあるじゃないですか。それに影響を受けるのと同時に、(作り手としても)これまでのやり方からもう1個踏み出したいなとも思っていたんです。自分のなかに街を作って、そのなかで起きた出来事をカメラで撮るように描いていくという手法ではなく、今回はある特定の場所を舞台に旅立ちを描きたいなと思っていた。それを考えていくうえで青春映画もそういうことがテーマになっているんだなと繋がって、ちょうどすべてがリンクしたというか」

―― 今回のEPでは、旅立ちや離別が歌われていて、それはHomecomingsとしていままでやってきたことや積み重ねてきたことから、さらに先へと行くために向き合わなければいけない感情や状況を映し出しているのかなという気もしたんですよね。

福富「そうですね」

畳野「それはホントにそう」

福富「“PLAY YARD SYMPHONY”は、出て行く側が〈思い出すよ〉と言っている曲で、“WELCOME TO MY ROOM”は残った側が〈忘れないよ〉と言っている曲という対比にはなっています。“WELCOME TO MY ROOM”はHi, how are you?の原田(晃行)くんが京都から山形に帰るとなったときになんとなく作った曲で、すべてが彼のことではないんですけど、きっかけはそこだった。だから、変わっていくということを意識して作った作品なんです」

Hi,how are youの2014年作『?LDK』のトレイラー
 

――その〈変わっていく〉という意識には、今回“PLAY YARD SYMPHONY”で初めてストリングス・アレンジを採り入れたということも関係しているんですか?

福富「それはね……それはもう完全にアヴァランチーズの『Wallflower』(2016年)の感じがやりたくて(笑)」

――ハハハ(笑)。でも、前作でトライしたループ感の延長線上として、アヴァランチーズに挑むのは論理的な発展でもあると思いますよ。

福富「うんうん」

――一方で、これまで以上にバンド最初期のルーツにあたるエモやオルタナに寄ったアンサンブルになっていると思ったんですが、そうしたサウンドの背景にも出て行くにあたって〈いままでいた場所〉を見つめ直そうという意識は関係していますか?

福富「何かをバンドのアンサブルに採り込むのは、ファーストとセカンドの際には結構がんばって意識的にやってたんですけど、今回はもうちょっと自然にやっていますね。ストレートなギター・ポップから抜け出そうとした『Somehow, Somewhere』(2014年)、さまざまなストーリーを描くために絵の具を買い揃えてカラフルな音楽性になった『SALE OF BROKEN DREAMS』(2016年)という流れがあって、それとはまた違う感じ。今回は、作品全体の世界観みたいなものを設定してなかったことがデカイと思います。好き勝手にできたというか」

――2曲目の“SLACKER”は初期ストロークスをてらいなくやっていますしね。

福富「これまでよりシンプルに、できなかったことをできるようになってきたのかも。あとは彩加さんがMacを買って、プリプロ的なことを手軽にできるようになったとか、簡単なデモを作れるようになったというのも大きいのかな」

 

「20センチュリー・ウーマン」にも通じる、日常を生きるうえでの肯定感

――サヌキさんと降矢さんは『SYMPHONY』を聴いて、どんな感想を持たれましたか?

サヌキ「これまでの箱庭的な佇まいから進もうとしているし、実際に出発しないにしても未来の話をしているなとか、そういう姿勢を感じました。しかもそれがちょっと〈切実やん?〉って(笑)。だからこそ、足元というのは象徴的になるだろうなと思って、このイラストを描いたんです。ただ、それだとあまりにも1つの意味に限られすぎてしまうので、照れ隠しとして歌詞カードでタネ明かしもしているんんですけどね」

降矢「自分は音楽に全然詳しくないので、あんまり難しいことや専門的なことは言えないんですけど、サヌキさんのイラストにも引っ張られているのか、〈新しいスニーカーを履きつぶしながら聴きたいな〉〈使い古した靴と同じで聴けば聴くほど味が出てくるな〉というのが率直な感想ですね。例えば学生のカバンとかもずっと使ってクタクタになったほうが味も出てきて、むしろそっちのほうがフレッシュに見えることもあるじゃないですか? そういう印象です」

畳野・福富「それはめちゃくちゃ嬉しいですね」

降矢「この前『20センチュリー・ウーマン』という映画を観て、その映画に、僕が思う青春を象徴する言葉が出てきたんです。グレタ・ガーウィグが演じている赤髪のキャラクターがいて、彼女は若い頃ニューヨークで写真をやっていたんですけど、NY時代の自分を回想するシーンに〈自分は傲慢だった、いつもイライラしていた、そして、とてもハッピーだった〉みたいなセリフがあったんです。その言葉自体は矛盾しているじゃないですか? イライラしているのにハッピー――だけど、いろんな感情が含まれているけれど、全部ひっくるめてハッピーと言えるという、肯定していくみたいな感じがそこにはある。このEPにも日常を生きるうえでの肯定感みたいなものをすごく感じられて、そこが青春映画というジャンルともリンクしているのかなと思いました」

――青春映画に寄せていくと、先にも出た“SLACKER”はリチャード・リンクレイター監督の同名映画がインスピレーション源ですよね?

福富「そうです。登場人物が喋りまくりながらバトンを渡していくように画面が変わっていくというあの映画の手法を、歌詞でもできたらいいなと思って作りました。いつもは1曲で1つの場面を描いているんですけど、この曲は歌詞の1ブロックが1場面で、それらがチャンネルをババッと変えていくみたいにたえず切り替わっていく。映画館で観たあとにすぐ輸入DVDも買ったんですけど、セリフがわからなくても観ているのが楽しい映画ですね。〈好きな映画〉というよりも、観たときのウワーっという興奮がずっと残っている感じの作品」

――映画の「スラッカー」は「ムービーマヨネーズ」でも最初のコンテンツとして紹介されていますね。

降矢「海外では、インディペンデントの手法で撮った映画として、カルト的な支持のされ方をしている作品なんです。かつ映画学校の授業でも採り上げられるといった位置けの作品なんですよ。だけど日本では未公開だった※し、知っている人は知っているけど実際に観たことがある人は少なかった。だから、〈青春映画学園祭〉というのをやるにあたって抜けていたピースを入れておきたいというか、映画自体がある一つの〈はじまり〉となった作品でもあるから、そのスタート地点を紹介したかったし、それによって見えてくるものがあるんじゃないかと思ったんです。そういう意味でも『スラッカー』は重要なピースなんですよね」

※昨年、Gucchi’s Free School主催の〈青春映画学園祭〉で日本初上映が行われた

 

「アメリカン・スリープオーバー」の熱量がHomecomingsに変化を起こした

――Gucchi’sさんのサイトに『アメリカン・スリープオーバー』上映に際してRHYMESTERの宇多丸さんが出演されたトークショーの文字起こしが載っていて、そこで宇多丸さんがおっしゃられていた青春映画への見立てが、今回のEPの主題にも肉薄しているような印象を覚えたんです。彼は〈無限の可能性を持っている存在が、そのうちから一つを選ぶことで可能性を閉じていく作品〉と定義付けていたんですけど、実際、今回“PLAY YARD SYMOHINY”でも〈運動場に転がるいくつものボール/そのひとつだけを選びなよ〉というラインが出てきていて。

福富「〈青春の終わり〉というのもふまえつつ、僕のなかでは〈点を打つ〉というのがすごく意識としてありましたね。何かを終わらせるというよりは、ずっと地続きでやってきたものにいったん(区切りを)打ちたいなと」

畳野「それには私生活の変化やメンバーそれぞれの年齢も関係していると思う。学生時代から一緒にいる仲で、いまも4人それぞれ京都に住んでいるけど、どこか不思議な関係性でもあって。その関係性のうえで、それぞれが最近思うことがあり、そういうものが作品にも出ているのかな。いまのHomecomingsの状況、4人の心情みたいなものが反映された曲になったし、メンバーそれぞれの気持ちみたいなものが純粋なまま自然に出ているのかな。意識的ではなかったし、気にしてもいなかったけど、ちょっと気になるお年頃というか(笑)」

福富「いま言うべきでことはないのかもしれないんですけど、これまでHomecomingsというバンドは僕が思っていることを再現していくバンドでもあったと思うんです」

――ええ。

福富「それはいろいろな面――音楽的なところもそうやし、活動やライヴもそうやったと思うんですけど、いまの僕は彩加さんにそのバトンを渡そうとしているんですよ」

――へー、それはHomecomingsにとって小さくない変化ですね。

福富「だから、いまはバンドが変わっていくことを強く意識しています。〈New Neighbors〉についても、僕が主導やったら実現しなかったかもしれないなと思っていて。それは彩加さんのすごいところで、行動にすぐ移しちゃうところというか。僕は『アメリカン・スリープオーバー』を観に行っても、『ムービーマヨネーズ』を買ってGucchi’sさんのツイッターをフォローして、そこで終わってしまうタイプやと思うんです(笑)」

一同「ハハハ(笑)!」

福富「何かのタイミングがあればお話しすると思うんですけど、まずその前に外堀を埋めていくタイプというか」

畳野「この人はそうなんですよ。すごく時間がかかる……かける人」

福富「そうじゃないとダメだという意識もあるし、その人の作ったものとかもちゃんと理解して、そのうえで近付かないといけない……と思っちゃうんですよね。でも、彩加さんはそこを飛び越えて行く勢いやパワーがあるから、それは100%良いことやし。なんかね、いろんな面についてそう思うんですよ。例えば東京というものに対してもそうで、僕はずっと苦手……ではないけれど、出て行きたいとは思わない。でも、彩加さんはそこを飛び越えて行けるから、東京に知り合いも多いし、『アメリカン・スリープオーバー』についても彩加さんが東京で観たことがきっかけやし。そういうのがいろいろあって、バンドの原動力的なところで僕が多くを占めてなくてもいいんじゃないかなと、このEPを制作しているくらいから思いはじめたんですよ」

――そうだったんですね。

福富「というのを、この次の作品を出したときくらいのインタヴューで言おうと思っていました(笑)」

一同「ハハハ(笑)!」

畳野「彼の変化は私も感じていて、これまでは福富くんの頭のなかに完成しているものが細かくあって、どれに対しても〈こうです〉というのがあるうえで、私は〈じゃあこうしよう〉とサポートする役目をずっとしていたんです。それが〈New Neighbors〉をひとつのきっかけに、福富くんが譲ってきているなと思う局面が増えた。〈あれ? 何かおかしいぞ〉と居心地が悪いというか(笑)、急に支える側じゃなくなったことは感じていて。最初は〈私はサポートするほうが向いているから、いままでとおりのやり方でやってほしい〉と言っていたんです。でも、最近は、これはこれでひとつの形としていいのかなと思ってきた。この人のなかに太い芯はいつもあるし、自分がこうしたいという発想――そのときどきで自分の周りにあるものを採り入れてアウトプットするのがすごく上手な人だし、そこは私にできないところだから。だから、福富くんにしかできない部分があり、それ以外の彼ができない部分――行動力ややりたいことを形にすることは、たぶん私のほうができるし、背負っているとかではなくて、これもこれでひとつの形。半分半分になったということ?」

福富「半分半分というよりは、それぞれができることをやったら、おもしろくなるやろうなという感じかな。僕にできないことを彩加さんができるということがわかったので、いろんな意味でバンドが変わっていく、もうひとつ前に進んでいくんやと思う。次のアルバムは〈旅立ちました〉という作品になるだろうから、そうなる前に一個こういう作品を出しておきたかった。そこもちゃんとドキュメントとして残しておこうって。だから、まさにサヌキさんが描いてくれたジャケットとおりで、〈一歩踏み出していく瞬間〉を切り取りたかった。ほんとに〈New Neighbors〉を経て、バンドが変われたんですよ。だから、〈なんてことをしてくれたんや〉って(笑)。それをふまえても『アメリカン・スリープオーバー』という作品が振り撒いている熱量はすごいと思うんです。いろいろな人やものを動かしていっているなかで、僕らもそれに巻き込まれていった。その結果『SYMPHONY』が生まれたんです」

 


「アメリカン・スリープオーバー」Blu-ray+DVD、9月4日(月)一般発売予定!
・上映情報
7月29日(土)東京・シネマート新宿
8月11日(金)神戸・ふたば学舎
8月19日(土)金沢・Etc.link
8月26日(土)東京・新文芸坐

 

■Homecomings
〈Homecomings presents “BOWLER'S DELIGHT”〉
2017年8月18日(金)京都 磔磔
共演:おとぎ話
2017年8月27日 (日)石川・金沢 vanvan V4
共演:COMEBACK MY DAUGHTERS
DJ:TOMMY(BOY)
〈Homecomings “PLAY YARD SYMPHONY” TOUR〉
2017年9月7日(木)愛知・名古屋 TOKUZO
2017年9月8日(金)大阪・梅田 シャングリラ
2017年9月9日(土)東京・渋谷 WWW
2017年9月15日(金)福岡the voodoo lounge
2017年9月16日(土)広島BANQUET (SPACEO92)
DJ:のりんちょ (グッドネイチャー部!)
★詳細やその他のライヴ情報はこちら

 

■サヌキナオヤ
8月7日(月)にちくま文庫から発刊される獅子文六「バナナ」新装版の装画を担当

 

■Gucchi’s Free School
・「キングス・オブ・サマー」
8月19日(土)アップリンク渋谷にてロードショー
・〈ほぼ丸ごと未公開! 傑作だらけの合同上映会〉
10月、12月に開催予定。プレ・イヴェントが7月30日(日)、ユーロライブにて開催