世界25ヵ国、52の映画祭が熱狂~2016年に世界各地の映画祭を沸かせたデンジャラスな傑作ドキュメンタリー3作品を一挙公開!
ヘラクレイトスによれば、戦いは万物の父にして王である。ここでの「戦い」は、戦争や喧嘩、暴力沙汰の次元にとどまらない。万物は、異質なものや相反するものの衝突やせめぎ合いで成り、永遠の「流転」(変化)を繰り返す。そんな衝突やせめぎ合いの異名が「戦い」なのだ。 2016年に各地の映画祭で話題を呼んだ短篇ドキュメンタリー作品3本を上映する「デンジャラス・ドックス」が画期的なのは、こうした尺のドキュメンタリーの劇場公開が稀であるからだけでなく、先の意味での「戦い」を念頭に見られるべき作品群で構成されるからだろう。
レバノンのパレスチナ難民キャンプが舞台の『男が帰ってきた』で前提となるのは、もちろんパレスチナ人が難民である由縁、彼らとイスラエルの長きにわたる「戦い」である。しかし、いったんキャンプを脱出しながら強制送還された26歳の男レダは、彼自身、さまざまな「戦い」のうねりの渦中にある。映画終盤の結婚式のシーンまで画面に現れず、彼女は本当にやって来るのか、いや、そもそも実在するのか…とまで僕らをやきもきさせる彼の花嫁が美しいウェディングドレスを身に纏って登場する瞬間、僕らも思わず胸が熱くなるが、二人の今後の幸福を確信できるわけではない。ヘロイン中毒者であるレダは、幸せを熱望しながら、それを破壊する。ドラッグを止めると口にしつつ、おそらく彼自身その実現を信じていない。たとえば、台所の物陰に隠れて腕に注射針を刺すレダのすぐ傍らで、彼の家族が牧歌的な日常を送る光景を映すスプリット・スクリーンめいた画面が見事に示すように、この世界では異質なものがせめぎ合いながらも共存し、レダは自身の身体のうちに「戦い」を孕んだ男なのだ。
愛媛県松山市の秋祭りへのフィールドワーク的なアプローチの産物であるフランス人映画作家による『渦』での「戦い」は、血気盛んな男たちによる「神輿合わせ」として直截に現れる。「出陣」の際の担ぎ手らの気合いの入り方は往年のヤクザ映画での出入をほとんど髣髴とさせる。しかし、それは喧嘩にして神事であって、年長の指導者らはさんざん若者の興奮を煽りながら冷静さをも要求し、担ぎ手らの身体のなかで矛盾を孕んだ「戦い」が展開される。神聖なものは同時に見世物であり、神輿に仕込まれたものらしきカメラによる映像などが、異質なもののせめぎ合いとしてある「戦い=渦」のなかへと僕らを強力に巻き込むのだ。
ロンドンでの6つのほぼ無関係な物語を同時進行させる『シット・アンド・ウォッチ』でも、幾つかの戦いの光景が描写される。議会での芝居がかった論戦や深夜バスでの諍い、ジムでのボクサーの鍛錬。しかし、同作の根底にある「戦い」は、異質な物語群を関係づけ共存せしめる作品の構造そのものにあるだろう。古代ギリシャの哲学者の主張はいまだ有効である。僕らが生きる世界においても「戦い」は万物の父にして王であり続ける。
映画『男が帰ってきた(A Man Returned)』
監督:マハディ・フレフェル(2016年 レバノン 33分)
映画『渦(UZU)』
監督:ガスパール・クエンツ(2016年 日本 27分)
映画『シット・アンド・ウォッチ(Sit and Watch)』
監督:フランシスコ・フォーブス、マシュー・バートン (2016年 イギリス 37分)
◎9/23(土)~10/13(金)渋谷ユーロスペースにて3週間限定レイトショー!
◎9/30(土)~10/13(金)新宿K’sシネマにて2週間限定レイトショー!
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