乾いた風の匂いがどことなく物寂しいある日の午後。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。
【今月のレポート盤】
逗子 優「おはようございます~。あれれ? ニール・ヤングの歌声ですね~。新作ですか~?」
穴守朔太郎「いや、これは数年前から断続的にリリースされているアーカイヴ・シリーズの最新版で、76年にレコーディングした未発表アルバム『Hitchhiker』なんさ」
逗子「へ~。ニール・ヤングって、昨年もライヴ盤『Earth』とスタジオ盤『Peace Trail』という2枚の新録アルバムを発表していたし、いまなお現役感がバリバリ強いですよね~。そのうえ発掘音源も次々と監修&ドロップしていくワーカホリックぶりには圧倒されちゃいますよ~」
穴守「同世代のボブ・ディランやポール・マッカートニーも精力的だけんどよ、リリース量でいったらヤングには適わないだんべえ」
戸部小伝太「ゴホン! もう少し静粛に願えないものですかね。我輩がヤング先生を拝聴している最中ですぞ」
穴守「何を言ってるんさあ、コデータ! これはオイラのCDだんべ」
戸部「まったく、尻の穴の小さい男ですな。こんなにも素晴らしい音源を聴かされたら、誰の所有物であろうが平伏すしかないでしょうが。それに貴殿のものは我輩のもの、我輩のものはもちろん我輩のもの」
穴守「意味不明だんべえ! でもよ、この『Hitchhiker』が素晴らしい音源だってことは確かなんさ」
逗子「そもそも、どういう作品なんですか~?」
穴守「70年代半ばから90年代にかけて、ヤングが幾多の名盤を吹き込んだインディゴ・ランチ・スタジオでの録音であり、これまた長きに渡って彼の作品に関わっている名プロデューサーのデヴィッド・ブリッグスと共に制作されたアルバムなんさ。悪いわけがねえべよ」
戸部「注目すべきは、ヴォーカル以外のパートがほぼアコースティック・ギターとハーモニカだけという点で、キャリアを通じてもワンマン体制でのスタジオ作品は非常に珍しいですぞ」
逗子「なるほど~。でもこれ、初心者の僕ですら知っている曲も入っていますね~」
穴守「全10曲中8曲は、アレンジを変えて後のアルバムで披露されるナンバーなんさ」
戸部「“Powderfinger”は79年の『Rust Never Sleeps』にて、“Human Highway”は2010年の『Le Noise』にて、エレキ・ギターによるラウドなヴァージョンで再録していますぞ。しかし、ここでは簡素な弾き語りで歌われていて、ファンにとっては驚きですな」
逗子「こうして聴くとどちらもメロディーの際立ったキレイな曲ですよね~」
穴守「“Hawaii”と“Give Me Strength”が完全未発表の曲なんだけんど、特に後者は切々とした哀愁が胸を打つ名品で、かの『Harvest』に収録されていてもおかしくないような出来だいな」
戸部「もともとセンティメンタルでメロウな歌と旋律を紡ぐことにかけては天下一品ですからな。そうかと思えば、91年作『Weld』のようにグランジ勢もビックリの大爆音を叩き付けたりするんですから、一筋縄ではいきませんよ」
穴守「そればかりか、カントリーやジャズ、テクノ・ポップにロカビリー、ノイズからトラッド・フォーク調まで、作品ごとにコロコロとスタイルを変える予測不能な多面性が、ヤングのおもしろい部分でもあるんさ」
戸部「そんな忙しない音楽遍歴の中でも、間違いなく本作はもっともシンプルかつ生々しい魅力を放った一枚である、と吾輩は断言したい」
逗子「僕にとってニール・ヤングは怒っているのか、優しいのか、どっちかよくわからない人なんです~。でも、このアルバムが彼のメロウな側面を抽出した美しい作品であるってことだけは、はっきりわかりますよ~」
戸部「左様。だから無駄話などせず、ゆっくりとコーヒーでも飲みながら感傷に浸るのが本作の正しい聴き方なのですよ」
穴守「おめえ、さり気なくコーヒーの催促をしているだけだんべ?」
穴守会長とコデータの3年生コンビは何だかんだで仲が良いようで。それにしても、男3人でニール・ヤングについて熱く語る秋のひととき。渋い青春です。 【つづく】
『Hitchhiker』収録曲の既発ヴァージョンが聴ける作品の一部を紹介。