(C)2018「リバーズ・エッジ」製作委員会/岡崎京子・宝島社

いつの日か、〈その日〉が来ることを願って。

 1963年12月13日に下北沢の理髪店〈ハナビシ〉の長女として生まれ、小学5年生の時に友達の家で読んだ萩尾望都の「ポーの一族」など、所謂〈24年組〉と後に呼ばれる少女マンガの巨匠たちの作品と出会って強い衝撃を受け、高校時代に投稿雑誌での活躍を経て、跡見学園女子大学短期大学部(当時)在学中の1983年に職業マンガ家としてデビューを果たした岡崎京子。美少女ロリコン誌 「漫画ブリッコ」や自販機本「グランドエロス」らをキャリアの出発点とし、以降も「漫画アクション」や「平凡パンチ」=「NEWパンチザウルス」など、王道少女マンガ誌の対極にある男性向け媒体を中心に活動を展開。〈ニューウェイヴ〉 音楽や 〈ニューアカ〉 思想のムーヴメント、〈シネフィル〉支持な映画作家たちの表現手法などから受けた影響を背景に、イマドキな女子がリアルに体験する若者文化や恋愛&セックスをスタイリッシュに描き、掲載の場をヤング女性向けマンガ誌や女性ファッション誌にまで拡げてイラストや作品、文章を発表して時代を象徴する女性作家となった。しかし1996年5月19日に自宅近くで交通事故に遭い、一命はとりとめたものの、現在もリハビリ中のため執筆活動を完全に休止している。

(C)2018「リバーズ・エッジ」製作委員会/岡崎京子・宝島社

 とはいえ、事故後も岡崎京子の〈年譜〉は賑やかに進行中。21世紀を迎えてからも各出版社で単行本の愛蔵版化や新装版化が相継ぎ、未収録作品の単行本化が続いているほか、サブカルチャー系マガジンから文芸誌まで様々なメディアが〈岡崎京子特集〉を発信。2003年に長らく単行本化が遅れてファンの間で〈幻の傑作〉と呼ばれていた「ヘルタースケルター」(「FEEL YOUNG」1995年7月~1996年4月連載)が発売されると、第7回〈文化庁メディア芸術祭・漫画部門最優秀賞〉と第8回〈手塚治虫文化賞・マンガ大賞〉を立て続けに受賞し、さらに同作品は2012年に蜷川実花監督・沢尻エリカ主演で映画化もされた。また2015年(1月24日~3月31日)には世田谷文学館で初の大規模展となる〈岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ〉が開催され、熱心なファンだけでなく若年層も多数詰めかけて同館の来場者記録を更新。その後、伊丹市立美術館と福岡・三菱地所アルティアムとを巡回し、各地で大反響を呼んだのも記憶に新しい。そしてこの度、彼女の代表作のひとつである「リバーズ・エッジ」がついに映画化され、2018年2月からの全国ロードショーが決定した。

 マンガ「リバーズ・エッジ」は1993年3月号から翌年4月号まで、宝島社のストリート系女性ファッション誌「CUTiE(キューティー)」に連載。モデル業が嫌いな主人公の自由奔放な生き方を描いた「ROCK」(1989年~1990年)や、破天荒で欲望に忠実なサブカル好き女子高生の青春を80年代前半の東京を舞台にノスタルジックに描いた「東京ガールズブラボー」(1990年~1992年)ら同誌連載の過去作品が醸し出す雰囲気から一変して、ダークな世界観を前面に打ち出した衝撃作。バブルが崩壊し、長引く経済不況の始まりに位置する1990年代前半を生きる若者たちのひずみを、暗く殺伐とした日常を通して浮き彫りにし、1994年の刊行直後から〈マンガ批評〉の枠を超えて知識人たちの興味を惹き、今日まで様々な議論を巻き起こしてきた。

(C)2018「リバーズ・エッジ」製作委員会/岡崎京子・宝島社

 メガホンを取ったのは 「世界の中心で、愛をさけぶ」や「ナラタージュ」で知られる行定勲。〈ずっと漫画の映画化に抵抗してきた。しかし岡崎京子さんの名作はあまりにも魅力的でついに手を染めてしまった〉と語る監督は〈あたし達〉の住む工業プラントが建ち並ぶ街を流れる〈河口にほど近く広くゆっくりよどみ、臭い〉川面や〈セイタカアワダチソウがおいしげっていて、よくネコの死骸が転がっていたりする〉河原の風景を、まるで本のページから抜き出したかのように映像化。物語の流れや台詞回しもほぼ原作に忠実に再現した上で、そこに登場人物たちの心情をインタヴュー形式で挟み込むという独自の仕掛けを加えている。

 キャストには今後の日本映画を担う錚々たる若手が集結。高校に通う主人公・若草ハルナ役の二階堂ふみと、ハルナが親交を持つ、河原の奥に放置された〈人間の死体〉を眺めることを心の拠り所にしているゲイ男子・山田一郎役の吉沢亮を軸に、二人と死体の秘密を共有する、レズビアンで摂食障害のモデル・吉川こずえ役のSUMIRE、山田を執拗にいじめるハルナの彼氏・観音崎役の上杉柊平、援助交際を繰り返し実は観音崎とも関係を持っているハルナの親友・小山ルミ役の土井志央梨、山田の性的指向を知らずに一方的な愛を加速させる田島カンナ役の森川葵と、個性派たちが体当たりで 〈岡崎ワールド〉に飛び込み、迫真の演技で血生臭い〈生〉をスクリーンに叩きつけた。加えて、エンドロールを飾る主題歌を岡崎京子にとって〈永遠の王子様〉である小沢健二が担当していることも特筆に値する。

(C)2018「リバーズ・エッジ」製作委員会/岡崎京子・宝島社

 既に20年以上も昔の話ではあるが、暴力や死、狂気や突発的な惨事と隣り合わせな日常を描いた本作の世界は、現代を生きる人間にとってむしろ生々しい現実そのもの。SNSはおろか、インターネットも携帯電話さえまだない時代に、ハルナや山田くんたちが〈あの平坦な戦場で生き延びる〉姿は、もしかしたら閉塞感の中に暮らす私たちがサバイバルするためのヒントなのかもしれない。あらためて、岡崎京子の未来を予見する筆の力に讃辞を贈ると共に、彼女の冒険にまだまだ続きがあることを願ってやまない。

 


「リバーズ・エッジ」
監督:行定勲
原作:岡崎京子 (「リバーズ・エッジ」 宝島社)
脚本:瀬戸山美咲
音楽:世武裕子
主題歌:小沢健二“アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)”(ユニバーサル ミュージック)
出演:二階堂ふみ/吉沢亮/上杉柊平/SUMIRE/土居志央梨/森川葵
配給:キノフィルムズ (2017 年 日本 118 分)
◎2018/2/16(金)全国ロードショー
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