シンガー・ソングライターの優河と古川麦が、それぞれセカンド・アルバムとなる新作『魔法』と『シースケープ』を発表した。

優河は類稀な存在感を放つ歌声を最大の武器に、テレビCMなどでも活躍するなか、2015年にゴンドウトモヒコをプロデューサーに迎えたファースト・アルバム『Tabiji』、2017年にはおおはた雄一との共作によるミニ・アルバム『街灯りの夢』を発表し、高い評価を獲得。kineticやサンガツなどで知られる千葉広樹を共同プロデュースに迎えた『魔法』は、これまでのアコースティックなイメージからは一転、エレクトリック/エレクトロニックな音色を大胆に導入して、緻密でありながらも壮大なサウンドスケープを展開している。

一方の古川麦はこれまでシンガーとして、コンポーザーとして、ギタリストとして、表現(Hyogen)、Doppelzimmer、あだち麗三郎クワルテッットなどで幅広く活動し、満を持して2014年に発表された初のソロ・アルバム『far/close』も大きな話題を呼んだ、シーンのキーパーソン。近年は盟友ceroのサポート・メンバーとしても注目されているが、髙城晶平が作詞で参加もしている『シースケープ』は、ジャンル横断的なユニークさはもちろん、日本語詞の重用に伴う、開かれた雰囲気が実に魅力的な作品に仕上がっている。

優河と古川は数年前から親交を持ち、ライヴで共演を重ね、『シースケープ』には優河をフィーチャリングした“Coo Coo”を収録。千葉は古川麦トリオの一員としてアルバムにも全面的に参加するなど、『シースケープ』と『魔法』は兄妹のような関係性のアルバムとも言える。さらに、『魔法』には元・森は生きているの岡田拓郎、谷口雄、増村和彦や、haruka nakamura、林正樹らが、『シースケープ』にはbonobosやサンガツでも活動する田中佑司、同じくceroのサポート・メンバーでもある角銅真実、小田朋美らが参加。優河と古川の対話は、芳醇なるミュージック・ツリーを示すものにもなったように思う。

古川麦 シースケープ P-VINE(2018)

優河 魔法 P-VINE(2018)

優河もオーストラリアにいたことがあるから、わかってもらえるかなって(古川)

――まずはお二人の出会いについて話していただけますか?

優河「Good Afternoon Trioかなあ?」

古川麦「いまはやってないんですけど、サックスの大石俊太郎くんと、アコーディオンのannie(中村大史)くんと一緒にやっていて」

優河「私はannieさんともともと友達で、駒込のmaruchanっていうカフェのライヴで数曲ゲストで参加させてもらったのがいちばん最初ですね。そこから、私が働いていたSARAVAH東京でもイベントをやったり」

古川「その頃には田中佑司と千葉くんと古川麦トリオっていう編成でもやってて、佑司と優河はかなり長い付き合いだったりもして」

優河「私が高校生のときから知ってました」

古川「それもあって、〈一緒にやったらいいよ〉って」

古川麦『シースケープ』収録曲“Halo”
 

――YouTubeには『シースケープ』にも収録されている“Coo Coo”を〈古川麦トリオ with 優河〉として披露している2015年のライヴ動画が上がっていますよね。

優河「あれは10月だったと思うんですけど、その年の夏に千葉さんと出会い直したというか、私のファースト・アルバムに参加してもらっていたので、その流れもあって」

古川「もともとあの曲は自分で歌うとキーがすごく低くて、女性に歌ってもらいたいと思ってて、優河にお願いしたらバッチリはまったっていう感じです」

――最初から優河さんの歌を想定して書いたわけではなかったんですね。

古川「ではないんですけど、あの曲は僕がオーストラリアにいた頃の感覚で作った曲で、彼女もオーストラリアにちょっといたことがあるって聞いていたので、わかってもらえるかなっていうのもありました」

優河「あの日はすごく緊張してて、ライヴ自体は正直あんまり覚えてないんですけど(笑)、でも人の作った曲をちゃんと歌うことがあんまりなかったから、〈乗っかる〉っていうことが楽しいなって思ったのは覚えてますね」

 

麦さんのパッションはすごいんですよ。普段冷静だからこそ、すごく感動する(優河)

――お互いの音楽家としての魅力について、それぞれ話していただけますか?

優河「麦さんのイメージとして絶対的にあるのは、品の良さですね。男性シンガー・ソングライターって、ワー!っていう人多いじゃないですか? そういう男臭さが良い意味でないっていうか、紳士的な音楽家だなって。主張が強過ぎないから、とっても聴き心地が良くて、感覚的には女性シンガー・ソングライターの音楽を聴くのに近いかも。あんまり〈男の人として〉……って言うと意味が違っちゃうけど(笑)、そういうことじゃなくて、紳士的であると同時に、異質なものを感じない、中性的だなって思います」

――確かに、典型的な男性シンガー・ソングライター像とはちょっと異なりますよね。

優河「でも、ワッとなったときのパッションはすごいんですよ。普段冷静だからこそ、すごく感動する。前に谷口雄くんが〈麦さんは冷静と情熱の間を泳いで行く〉みたいなツイートをしてて……」

古川「江國香織やん(笑)」

優河「でも、確かにそうだなって。そのバランス感覚にすごく長けてるんですよね」

――では、麦さんから見た優河さんの魅力は?

古川「やっぱり、歌のすごさですよね。さっき僕のことを女性シンガー・ソングライターに近いって言ってたけど、女性シンガー・ソングライターって、どちらかというと、フワッとした、聴き心地の良いタイプが多いじゃないですか? でも、優河は芯が強くて、こういう〈歌で持って行く〉みたいな人はほとんどいないから、それはすごい才能だと思います。音楽性はすごく老成した視点があるというか、渋いものが好きだなって。キラキラしたものよりは、凪いでる海とか、雄大な景色とか、そういうイメージ。そこがさっきのオーストラリアとか、自分の感覚とも結構共通するのかなって思ったりもします」

――確かに、僕もお二人の音楽から感じられる映像的な感覚というか、旅の感覚はすごく似ているなって思います。優河さんは歌詞から曲を作るそうですが、どこかの風景を思い描くところからスタートしたりするのでしょうか?

優河「曲を書き始めるときは、先に景色があるんです。映像とか視覚的なものが先にあって、それを言葉に起こしていくのが多いですね。景色があって、言葉があって、最後にメロディー。ただ、今回の“さよならの声”は最初にワンコーラス分の歌詞だけあって、そこにメロディーを付けて、その後にサビメロを書いて、言葉をつけるっていう、ちょっと変則的な作り方をしてたりもします」

――麦さんの曲作りの順番は?

古川「僕は逆ですね。メロディーから作って、あとで歌詞です。ただ今回に関しては、もうちょっと歌詞寄りにしたいと思って、わりと同時に作ったのも入ってる感じです。ファーストを作った時点でもうちょっと日本語で歌いたい、もっと歌詞の世界観に即して作ってみたいっていうのがあって、そこにだんだん寄せて行った結果、いまこうなってる感じですかね。それは優河だったり、髙城くんだったり、日本語で歌ってる人が側にいっぱいいたので、その影響も大きいと思います。〈良いなあ〉って(笑)」

優河『魔法』収録曲“さよならの声”
 

 

千葉くんは経験も豊富だし、ベーシストだけじゃない目線を持ってるから、すごく信頼できる(古川)

――では、それぞれの作品に寄せてお伺いすると、まず優河さんの『魔法』に関しては、先ほども名前の挙がった千葉さんとの共同プロデュースになっていますね。

優河「ファーストをゴンドウさんにプロデュースしてもらって、その後おおはた雄一さんと一緒にミニ・アルバムを作ったんですけど、純粋に自分の感覚で音楽を構築していったらどうなるんだろうっていう興味が湧いてきたんです。なので、次はプロデューサーを入れないで、一人でやってみようと思って、最初は手探りななか、だんだん自分の理想の形が見えてきて、〈これを形にしよう〉って走り出したんですけど……まったく何もわからなくて(笑)。そうしたら、千葉さんが〈手伝うよ〉って言ってくれて、最終的にプロデュースっていう形で関わってもらった感じです」

――もともとはセルフ・プロデュースで考えていたと。

優河「私は歌い始めたのが遅かったし、好きな音楽も定まってなくて、人に言われるがまま音楽をやってるみたいな、フワフワしていた時期が長かったんです。でも、おおはたさんとゴンドウさんに手伝ってもらって自分の形が見えてきたというか、〈こうしたい!〉っていう欲が出てきて、今回は千葉さんにも私の意思を全面的に尊重してもらいました」

――その〈理想の形〉というのを言葉にすることはできますか?

優河「〈クールで、雄大で、美しい〉っていう、この3点が私の理想だなって気づいたんです。この『魔法』はその理想にすごく近いものになったと思ってます」

――麦さんが千葉さんと一緒に演奏するようになったのは、どういうきっかけだったんですか?

古川「古川麦トリオの最初のベースはいまceroを一緒にやってる厚海義朗くんだったんですけど、彼はエレキ・ベースしか弾けない……って、自分では言っていて。でも、僕の音楽的にはアコースティック・ベースの音が欲しいなってときに、田中佑司とも相談して、千葉くんにお願いしようと。最初はサポート的な感じでお願いしてたんですけど、今回はバンドっぽい作り方というか、3人で集まって、アレンジを決めながら作りました。

千葉くんはアイデアが多い人なんで、〈こうした方がいいんじゃない?〉ってアイデアを出してくれて、それを3人で検証するってことが多かったです。経験も豊富だし、ベーシストだけじゃない目線を持ってるから、そこがすごく信頼できる。自分自分って主張が強い人でもなくて、より良くするための提案がちゃんとできる人だから……千葉様様(笑)」

優河「ホントに、千葉様様(笑)」

――プレイヤーとしても一流だけど、もっと広い視点を持っているからこそ、プロデュースもできるんでしょうね。

古川「ホントは自分で作りたい人だと思うんです」

優河「私もそう思った」

古川「だから、我々を触媒にして……って言うとちょっと変だけど、〈一緒に作ろう〉っていう気概があるというか、ただ〈手伝うよ〉ってだけじゃない。それって大切なことで」

優河「たぶん千葉さんの理想はちゃんとあって、でも千葉さん自身が歌うわけじゃないから、歌と自分の理想を融合させるのがすごく上手いっていうか、バランス感覚が優れているというか。千葉さんらしい要素を随所に入れてくれるけど、それがとてもよく活きてくる。千葉さんが歌う人だったらまた全然違うと思うので、そこはベーシストだからこそできることかなって」