ライやハウ・トゥ・ドレス・ウェルなど、オルタナティヴR&Bの文脈で語られていたデュオ、N.O.R.K.での活動からTokyo Recordingsのレーベル・オーナー兼プロデューサーへ。水曜日のカンパネラやiriらの作品に新しい時代の風を吹かせてきた気鋭の才能が、宇多田ヒカル『Fantôme』への参加を経て、ふたたび自身の表現活動へ。その宇多田がプロデュースを手掛けたことが大きな話題になっているデビュー・アルバム『分離派の夏』を携えた小袋成彬は、ここでソロのアーティストになった。

小袋成彬 分離派の夏 エピック(2018)

 「音楽ビジネスに強い閉塞感がある今の日本では、キャッチーで踊れて口ずさめる音楽が重宝されていて。プロデューサーとしてもそういうものが求められますし、アーティストとしてもそういう音楽を作らないとリスナーに見向きもされないんですよね。ただ、そのことは重々承知のうえで、僕はその戦いでしのぎを削る気がまったく起きなかった。なぜなら、自分が愛する音楽のほとんどはそういう発想から生まれていないし、僕も自分のためだけに音楽を作るべきだなって思ったんですよ。そして、今回の作品を作るにあたってはプロデューサー的な発想を捨てることができたので、プロデューサーの彼女(宇多田)に対して自分はシンガー・ソングライターに徹しながら、彼女がJ-Popの最前線で20年間に渡って培ってきたメソッドを教わりました」。

 26年の人生を通じて熟成された記憶の澱を漉しながら、紡ぎ出したメロディーと言葉。それ単体ではフォーク的にも響く歌を主軸に、音楽的には宇多田をヴォーカルに迎えた“Lonely One”をはじめ、現行のR&Bやトラップ以降のビートとフロウ、ミニマルにして芳醇なアレンジメントが耳新しく響く。

 「リズムに関しては、2拍目と4拍目にスネアが入るバック・ビートから脱却したくて、ビートレスな曲を作ったりもしましたし、“E. Primavesi”ではドラムを叩いてくれたクリス・デイヴに助けられたところもあります。あと、この1年半ほどはクラシックをかなり聴いてきていて。〈この音とこの音を合わせると、こういう音になる〉という発想だったり、オペラ以外の言葉がない、声だけの表現で激しく感情を揺さぶられたり。その良さがようやくわかってきて、コラール(賛美歌)をモチーフにした“Game”や“門出”における現代音楽的なストリングスのアプローチは、そうした音楽の先人から学んだことが大きいですね」。

 自身の思いを代弁するかのように2曲でフィーチャーした2人の友人の語り、ハイからロウ、オートチューンまでをも駆使したヴォーカル・アプローチが言葉の存在を強く意識させる本作は、フィクションとノンフィクションの際の歌詞世界が孤独感を浮き彫りにする。それをどう捉えるかは聴き手次第だ。

 「自分は新しいものが好きなので、音楽面ではいろんなことに挑戦しようとは思っていましたけど、自分のなかで新しいかどうかが重要であって、それが世界の音楽シーンにおいて新しいかどうかはまったく意識しませんでした。それに対して、歌詞は自分にとっての慰みというか、意味のわからなかった出来事や感情のうねりを一度自分の言葉で整理して、自分自身を納得させる作業で。だから、これも聴き手を意識したものではなかったんです。今、まさに読んでいる金井美恵子さんの小説『カストロの尻』で谷崎潤一郎の一節が引用されていて、それが(楽曲制作に対しての)今の僕の心情を表しているなと思ったんですけど、要約すると、〈自分だけの世界に閉じ篭っていられるありがたさにつくづくうっとりする〉と。恐れ多いですけど、共感するものが大いにあるんですよね」。

 


小袋成彬
91年生まれのシンガー・ソングライター。ヴォーカルを担当した男性2人組ユニット、N.O.R.Kとして2014年に初のミニ・アルバム『ADSR』を発表。その後、音楽レーベルのTokyo Recordingsを設立し、水曜日のカンパネラやiri、宇多田ヒカル、adieuらの作品にプロデュース/楽曲提供/ヴォーカリストとして携わる。今後は宇多田ヒカル&小袋成彬として椎名林檎のトリビュート盤に参加するほか、〈GREENROOM〉〈ARABAKI ROCK FEST.〉〈フジロック〉などフェスにも多数出演予定。“Lonely One feat. 宇多田ヒカル”“042616 @London”“Selfish”“Summer Reminds Me”の先行配信に続き、このたびソロ名義のファースト・アルバム『分離派の夏』(エピック)をリリースしたばかり。