この男の前にジンクスは存在しないのかもしれない。インターナショナルな新世代ポップスターの、待ち焦がれたセカンド・アルバムがいよいよ届けられる……!

成功と引き換えに得たもの

 表舞台に姿を現すと同時に、“See You Again”や“Marvin Gaye”、あるいは“One Call Away”などなど職人的な技量と魅惑的な歌声でポップ・ヒットを量産し、瞬く間に世界的なビッグネームとなったチャーリー・プース。日本でもヒットした初作『Nine Track Mind』(2016年)から2年が経過し、当初は今年1月に予定されていたセカンド・アルバム『Voicenotes』もようやく完成を見ようとしているところだが、その延期の間には、もしかしたらこの男の本質的な持ち味を勘違いしていたのかもしれないと思わされるほどの好曲が続いている。そんな待望の新作ながら、世界的なS級アクトにつき今月号ではアルバム詳細の解禁ならず……。その中身には次号で触れるとして、ここでは改めて彼が駆け上がってきたキャリアについてまとめておこう。

CHARLIE PUTH Voicenotes Atlantic/ワーナー(2018)

 もともとの出身はニュージャージー、91年生まれのチャールズ・オットー・プースJr。もともとはジャズのフィールドでピアノ演奏やヴォーカルを志していたそうだが、そこからポップソングの分野に興味を移し、2010年には端正な弾き語りによる素描のような楽曲集『The Otto Tunes』を自主リリースしてもいる。そんな彼に転機をもたらしたのが、バークリー音楽院に在学中に、人気ブロガーのペレス・ヒルトンが主催したカヴァー・コンテストのためにアデル“Someone Like You”のカヴァーをYouTubeに公開したことだ。その動画がカリスマ的なTV司会者、エレン・デジェネレスに見い出され、彼女の番組出演やレコード契約を手にしている。2013年にバークリーを卒業するとソングライターとして活躍を始め、別掲のガイドにあるように多くの楽曲に貢献。2015年2月にはメーガン・トレイナーをゲストに迎えたセルフ・プロデュースのデビュー・シングル“Marvin Gaye”をアトランティックから発表する。それに前後して記録的ヒットを記録したのが件の“See You Again”だったわけだが、こうした好調すぎる流れの良さがもしかしたらチャーリーの売り出し方や受け手の期待に一定の制限を設けた可能性は否めないだろう。

 2016年1月には初のフル・アルバム『Nine Track Mind』を発表。大半の楽曲に自身主導で取り組みつつ、ヤリ手のDJフランクEに制作を委ねたセカンド・シングル“One Call Away”は美しいコーラスを備えた誠実なバラードで、主役のオーセンティックな魅力を品のある艶っぽさで届けることに成功。セレーナ・ゴメスをフィーチャーしたサード・シングル“We Don't Talk Anymore”も、SNSを通じた熱愛疑惑のプロモーション(?)などもありつつ、そのイメージを継ぐ切ないナンバーになっていた。そうやって、アートワークの雰囲気も手伝って好青年や優等生というイメージの強まった彼だが、“Marvin Gaye”が性的な隠喩を核とするユーモラスなノヴェルティー感を備えていたことを思えば、もしかしたら『Nine Track Mind』は職業作家としての器用さも作用してオーヴァープロデュースな仕上がりだったのかもしれない。実際に本人も〈新作では本当に好きなものを作った〉と語っていることを思えば、成功の傍らで残ったわずかな不満足の存在は言わずもがなだろう。

 

より本質に近いアルバム

 では、〈本当に好きなもの〉とは何か。現時点では公開済みの先行カットなどから推し量ることしかできないが、前作からのダイナミックな変化はそこからだけでも明らかだ。セカンド・アルバムのキックオフとなった昨年4月のシングル“Attention”(もともとの着想は一昨年の〈サマソニ〉での来日中に浮かんだらしい)は、流麗なファルセットを響かせつつディスコ・ベースでソフトに粘るマイルドなダンス・トラックで、これは(ソロでは)初めて全米TOP5入りを記録。続く10月リリースの“How Long”は同路線を押し進めたポップ・ファンクで、こちらも好意的に受け止められたものだった。

 が、チャーリーがさらに嗜好を押し出してきたのはそこからだ。すでに『Voicenotes』という表題も明かされていた今年1月、延期の知らせと共に届いた“If You Leave Me Now”は何とボーイズIIメンを招聘して挑んだアカペラのスロウ・ナンバー。変わらぬ実力を誇るレジェンドに混じっても遜色のないチャーリーのリード&ハーモニーは素晴らしく、往時のB2Mを思わせる曲展開の巧さにもニヤリとさせられたものだ。

 そして3月には、仲の良いケラーニをフィーチャーした“Done For Me”と、ジェイムズ・テイラー御大を迎えた“Change”を連続で公開。80sノリなベースラインを印象的に用いた前者はワム!の“Everything She Wants”をあからさまに下敷きにしたニューウェイヴィーなナンバーで、切なげなメロディーラインもあの偉人へのオマージュに思えてくる。デュエット相手を務めるケラーニの溌剌とした歌声も魅力的だ。一方、静かなメッセージを備えたスロウの後者も(バークリー時代に教わった)リヴィングストン・テイラーとの過去の仕事を思えば不思議ではないコラボだが、単なるソフト・ロックという感じではなく、ここでの味わいは90年代の絶頂期にベイビーフェイス(後にジェイムズ・テイラー曲をカヴァーしてもいる)が取り組んだアコースティック路線を彷彿とさせる。

 それらのアピールの中には現行シーンにおいてさほど得策とも思えないものもあるわけで、逆に言うとチャーリーは嗜好を優先した新作によって新しい流行を作り出せるのかもしれない。そうやって勝手に書いた通りになるのかどうか……『Voicenotes』の全体像が明かされるのが実に楽しみだ。

『Voicenotes』に参加したアーティストの作品を一部紹介。