
その名も『LEGEND』と題された新天地でのニュー・アルバムは圧倒的な2枚組! 揺るぎない自負で伝統を背負い、痛みを乗り越えて伝説はまだまだ続いていく……
自分が自分であることの誇り
「アルバムのタイトルに僕の名前を使うのは初めてなんだ。演奏と音楽でそれに応えなければならなかった。そしてこれは、自分が誰であるかを誇りに思い、自分がしてきた仕事に自信がある、そう宣言するものなんだ」。
その名も『LEGEND』というニュー・アルバムについてこう語るジョン・レジェンドは、その堂々たる発言にも納得の領域にいる。2004年に華々しいメジャー・デビューを飾ってすぐにヒットメイカーとしての地位を確立し、ポップ・フィールドにもクロスオーヴァーするR&B界のスターと見なされてきた彼だが、現在のポジションは単なる人気者どころじゃない。グラミー12冠のとんでもない実績どころか、エミー賞/グラミー賞/アカデミー賞/トニー賞の米国4大アワードに輝き、いわゆる〈EGOT〉を制覇しているのだ。通常ノミネートを経ての〈EGOT〉達成は、黒人男性としても、R&Bシンガーとしても現時点で唯一の存在であって、エンターテイメント界におけるステイタスには揺るぎないものがある。
そうした古典的な権威においても評価される一方、人種差別など社会問題に対しても彼が積極的に行動しているのは言うまでもない。つまり商業的にも批評的にも信頼を寄せられ、業界内での強さも新たな価値観における評価も兼備している。近年のトピックでいうと東京オリンピック開会式への唐突な登場を記憶している人もいるはずだが、それも不思議なことではないのだろう。つまり、当初は名乗るのを躊躇したという〈レジェンド〉に相応しい存在だと、ここにきてようやく当人が自覚した表れが今回の『LEGEND』なのかもしれない。

ニュー・アルバムが示す具体的な節目としては、今作がリパブリック移籍後の初めてのアルバムであることも重要だ。カニエ・ウェスト率いるG.O.O.D.に見い出されてコロムビアと契約し、数年前にG.O.O.D.を離れた彼にとって、15年以上も在籍したコロムビアからの移籍は2度目の独立とも言える。その移籍そのものに伴う大きな変化はないとしても、ジョン自身がリフレッシュしたのは明らかで、ボーナストラックも含む全28曲入りの『LEGEND』は彼にとって初の2枚組アルバムとなった。
資料によると〈ACT I〉〈ACT II〉と題された2枚のディスクはそれぞれ「〈ACT I〉は土曜の夜のヴァイブスで、僕のパーティーな面を表現している。〈ACT II〉はどちらかというと日曜の朝のヴァイブスで、1枚目に比べると大人しめな曲が多い」とのこと。そうしたムードで区分されたテーマのダブル・アルバムといえば往年の『Happy People / U Saved Me』を思い出さなくもないが、〈Act II〉が日曜朝のチャーチな気分で固められているわけでもなく、リリジャスというよりはスピリチュアルと形容したほうがいいかもしれない。そんな今作の共同エグゼクティヴ・プロデューサーを務め、大半の楽曲プロデュースにも直接タッチしているのは、前作『Bigger Love』のタイトル曲でも組んでいたライアン・テダー。まろやかなポップネスを忘れない舵取りには彼のセンスも大いに作用していそうだし、それはまた主役自身が持ち合わせたものでもあるだろう。2幕を通じて多彩なゲストが多く招かれているのも本作の特徴で、特に女性アーティストが目立っているのもアルバム全体のテーマに即したものかもしれない。
土曜の夜と日曜の朝
まず〈ACT I〉はオールド・ソウル調の“Rounds”でスタート。ジョンとはやたらコラボしている好相性なリック・ロスのブルージーなラップも印象的だ。ニューウェイヴ風味で疾走する“Waterslide”からは、欲望、快楽、肉体的な愛をエロティックに追求した土曜の夜が幕を開ける。JIDを従えたネプチューンズ調ファンク“Dope”(チャーリー・プースが共作/演奏)で性急に迫れば、フリー・ナショナルズの演奏するエレガントな“Strawberry Blush”でゆったり踊り、中盤のクライマックスとなる“All She Wanna Do”へ。カルヴィン・ハリスがやりそうなこちらはモンスターズ&ザ・ストレンジャーズも交えたスマートな80sテイストのローラー・ディスコで、スウィーティーとの好コラボ版も収録されている。同曲を区切りに舞台はベッドルームへ移動(?)し、ジェネイ・アイコとタイ・ダラー・サインを交えた官能の迸るスロウ“Splash”、モントクレアーズ“All I Really Care About Is You”を引用したスウィート・ソウル“You”、アンバー・マークとの耽美な“Fate”が続く。ジャズミン・サリヴァンとデュエットしたアドア風味の“Love”(ピンク・スウェッツがプロデュース)もダップ・キングス軍団の援護が効いた素晴らしいハイライトだ。
一方、日曜朝のフィーリングでまとめられた〈ACT II〉では癒しや親密さ、献身が表現され、精神的な愛にフォーカスした楽曲集となる。これもピンク・スウェッツが制作に参加した幕開けの“Memories”は微睡むようなアコースティック・ソウルで、どこかスティングを思わせるバラードの“Nervous”も情熱的に響く。それに続く“Wonder Woman”がいきなりのハイライトで、主役自身のピアノとダップ・キングスのノスタルジックな演奏に乗せて、女性のパワーを賛美する感動的なソウル・バラードだ。注目のマニー・ロングを迎えたジャジーな“Honey”も素晴らしい。大らかで楽天的な“I Want You To Know”、ダビーな空間でジェイダ・キングダムと絡む“Speak In Tongues”はいずれもスティーブン・マクレガーによるレゲエ風味の好曲。小瀬村晶“Asymptote”をサンプリングしたラプソディとの“The Other Ones”、カントリー・ゴスペルのような“Stardust”からの“Pieces”へ至る厳かな流れも聴きどころだろう。レディシとのデュエットで運命の相手に歌いかける“Good”は〈ACT I〉の“Love”と対になる位置付けで、実に深い印象を残す。
深い悲しみからの回復
通して聴いてみれば2枚組のそれぞれが解放感や精神的な充足、女性の賛美に向かっていることがわかる。その背景に、仲睦まじい関係で知られる妻のクリッシーが2020年に流産を経験したというプライヴェートな痛みがあるのは言うまでもない。コロナ禍や政治的混乱と重なった家族の辛い経験とそこから回復しようとするプロセスを創作へ結び付けたのだ。
「このアルバム制作の経験は過去のアルバムとは異なるものだった。僕たちの関係において、あのようなトラウマを経験したことがなかったから。妻と僕が過去数年間に経験したことは、僕が悲しみに対してより良い見解を持ち、あらゆる形の損失から回復し、それを認める方法を知る手立てになった」。
そう知れば各曲の響き方も変わってくるかもしれないが、伝統性と冒険心を備えながら親しみやすい音楽へと着地させる姿勢に変わりはない。
「僕は自分が触れてきた音楽的レガシーをとても尊敬しているから、冒険したり、創造的になって新しいことをしようとする時にもそれらを置き去りにする必要はないと思っている。新しいものを作る時にもスティーヴィー、マーヴィン、カーティス、アレサ、ニーナ、ダニー、プリンスの声や影響を感じているんだ」。
なお、彼のインディーでの初作は『John Stephens』(2000年)というセルフ・タイトルを冠されているが、その意味でも今回の『LEGEND』は新たなスタートと捉えるべきなのかもしれない。もはや何かを躍起になって証明する必要もなくなった男が、その境地に立って改めて表現することを楽しんでいるかのような姿も垣間見える充実の2枚組。マイペースに円熟していく伝説の行方も楽しみになる。
『LEGEND』に参加したアーティストの作品を一部紹介。
左から、リック・ロスの2021年作『Richer Than I Ever Been』(Maybach Music/Epic)、フリー・ナショナルズの2019年作『Free Nationals』(OBE/Empire)、ジェネイ・アイコの2020年作『Chilombo』(ARTium/Def Jam)、アンバー・マークの2022年作『Three Dimensions Deep』(PMR/Interscope)、ジャズミン・サリヴァンの2021年作『Heaux Tales』(RCA)
左から、マニー・ロングのニュー・アルバム『Public Displays Of Affection』(Def Jam)、レディシの2021年作『Ledisi Sings Nina』(Listen Back/BMG)、ラプソディの2019年作『Eve』(Jamla/Roc Nation)、ピンク・スウェッツの2021年作『Pink Planet』、10月7日にリリースされるチャーリー・プースのニュー・アルバム『Charlie』(共にAtlantic)、ワンリパブリックの2021年作『Human』(Mosley/Interscope)
名作アルバムたちと振り返る、ジョンが伝説になるまでの歩み

昂揚感に溢れた先行曲“Used To Love U”を経て、〈カニエ・ウェストの秘蔵っ子〉として放ったメジャー初作。当時のカニエらしいソウル使いが冴えた“Number One”のほか、ウィル・アイ・アムや盟友デイヴ・トーザーも腕を揮う。セルフ・プロデュースの“Ordinary People”が出色。

前作の絶大な成功を引き継いだ2作目。カニエやウィルに加えてラファエル・サディークやクレイグ・ストリート、ジャック・スプラッシュ、サー・ラーらとの手合わせも実現し、よりブライトで開放的な側面が前に出てきている。ガボール・ザボ使いのエレガントな“Save Room”がヒット。

A&Rを務めたKPのカラーが大幅に導入され、マレイやスーパーダップス、ニーヨらも交えてイメージを超ポップに更新した進化の3作目。アンドレ3000を迎えたアッパーな“Green Light”が大ヒットしたほか、後見したエステルやブランディとのコラボもスマートな仕上がり。

同年の『How I Got Over』で共演したザ・ルーツと丸ごとタッグを組んだソウル・カヴァー集。ダニー・ハサウェイ“Little Ghetto Boy”やハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツ“Wake Up Everybody”など社会派の名曲を軸にソウルフルな名唱で原点を見せつける。

盟友デイヴ・トーザーやカニエを軸に新顔のキャンパーらも抜擢した5年ぶりの4作目。初期のヒップホップ感へも揺り戻しつつ、結婚した妻に捧げる美しいピアノ・バラード“All Of Me”が初の全米1位に輝いた。ボビー・コールドウェル“Open Your Eyes”のカヴァーも良好。

制作陣を一新して全曲をブレイク・ミルズがプロデュースしたG.O.O.D.最終作。ピノ・パラディーノやクリス・デイヴらがアーシーでオーガニックな音像を紡ぎ、ブリタニー・ハワードやチャンス・ザ・ラッパーも参加。普遍的な愛を歌うトライバルな“Love Me Now”が感動的だ。

「美女と野獣」や「ラ・ラ・ランド」などによって活躍の場を広げた存在感に相応しいクリスマス盤。ラファエル・サディークが全曲をプロデュースし、洒脱なオリジナルとスタンダードを半々ずつ披露している。レトロ・モダンなサウンドに乗せてマイルドな魅力が素直に出ている。

前年に曲を書き、同年2月には作り終えていたというコロムビアでの最終作。とはいえコロナ禍に響く愛ある作風は彼ならでは。ヴァラエティー豊かでポップな曲が揃い、アンダーソン・パークによるブギーやジェネイ・アイコとの共演など、新作『Legend』に繋がる要素も多い。
近年の客演も伝説の一部なのだ!
ピアノを弾いて真摯に歌う姿のイメージが強かろうジョンだが、そうした代表曲の印象やアルバムのディスコグラフィーだけではわからないほど、R&B~ヒップホップやゴスペルはもちろん、ハウス~EDMやカントリー、レゲエ、フォーマルなジャズ、ミュージカル曲やディズニー・ソングまでこれまでチャレンジしてきたフィールドやスタイルは実にさまざま。近年だけでも、ブジュ・バントン“Memories”やキャリー・アンダーウッドのクリスマス曲“Hallelujah”、レクレー“Down”など振り幅のありすぎる客演を展開し、映画「星の王子ニューヨークへ行く2」のサントラでバーナ・ボーイとコラボしたり、同じく映画「スペース・プレイヤーズ」のサントラではチャンス・ザ・ラッパーとの“See Me Fly”などを披露したり。さらにはDスモークやヤング・ブルーのような新進ラッパーとも組む一方、大御所ダイアン・ウォーレンの“Where Is Your Heart”からSNSで台頭した新世代シンガーのフォージア“Minefields”までに招かれたり……と思ったら馴染みのDJキャレドの新作でも表題曲“God Did”に登場していたり。こうした多様な好演も伝説に彩りを添えていくのだろう。
左から、2021年のサントラ『Coming 2 America』(Def Jam)、Dスモークの2021年作『War & Wonders』(Empire)、ダイアン・ウォーレンの2021年作『The Cave Sessions Vol. 1』(BMG Rights)、フォージアの2022年作『Citizens』(Atlantic)、DJキャレドのニュー・アルバム『God Did』(We The Best/Epic)