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私にとって、アンビエントという言葉の意味は何だろう

――今回は全1曲のアルバムとなっています。これは『The Visitor』でもそうだったと思うのですが、ジムさんはこういう形がお好きなんですか? 〈アルバム〉というと複数の曲が入っているのが一般的ですが。

「単純にこれは一つのものだから……分ける意味がない(笑)」

――例えば、パートに分かれた組曲であるとか、そういうようなものではなくて、本当に一つの〈曲〉ということですかね?

「はい。でも私はこれを〈曲〉とは思わない。〈曲〉〈作品〉、そういう単位で音楽を考えていないです。〈これ〉は、〈これ〉です」

――同じインストゥルメンタル作品でも、例えば『The Visitor』の場合はプログレッシヴ・ロックとか、フォーク・ミュージックの要素などがあったかと思うのですが、今回は所謂アンビエント的なものを感じました。

「今回はレーベルからそういう相談が来たからそうなりました(笑)。でも、私がよく作っている電子音楽を、きっとアンビエントと呼ぶ人もいるだろうけど、別の人はまた別の呼び方をすることもある。それは私の問題でなくて、聴く人の問題(笑)。そもそもアンビエントという単語も人それぞれ使っている意味が違ったりしていて、今回はその意味の違いについて考えていました。〈私にとってアンビエントという言葉の意味は何だろう〉、それを考えながらやろうと決めました。でもこのレコードは、一般的な〈アンビエント〉というものではないと思う(笑)」

――例えば、知名度を含めた一般的な認識で言うと、〈アンビエント=ブライアン・イーノ〉というようなイメージがあると思います。ジムさんは、ブライアン・イーノはお好きですか?

「あんまり大ファンじゃない。でも、ミュージシャンではなく思想家としての70年代の活動は尊敬しています。音楽じゃなくて、彼のやり方、考え方ですね。マイケル・ナイマンが音楽評論家の仕事をやっていた頃に出した『実験音楽 ケージとその後』(74年)という本の中で、若いブライアン・イーノの話が出てくるのですが、あの本には学生の時に結構影響を受けました。(イーノの)音楽では……『Discreet Music』(75年)と『Before and After Science』(77年)だけ好き」

ブライアン・イーノの77年作『Before and After Science』収録曲“Here He Comes”

――音楽的な部分では今回のジムさんのアルバムとは関係ない、と。

「関係ない。でもさっき言った〈私にとって、アンビエントとはどういう意味?〉ということを考える時、イーノのことも考えました。彼の活動初期には〈アンビエント〉という単語はあまりポピュラーでなくて、もちろん一般的な語彙としては存在していたけど、音楽用語としてはなかった。あの本(『実験音楽 ケージとその後』)の中では、エリック・サティの〈家具の音楽〉という考え方についても書かれているけど、若い時にそういう考え方には影響を受けましたし、そのことについては今回よく考えた。そして、そういうものは作りたくない、と思った」

――今作は、聴く人によってはかつてあったアンビエント音楽のイメージを当てはめて、何となく〈アンビエントだ〉と言うかもしれないけれど、僕にとってはもっと……すごく厳しい美意識というか、厳密さのある音楽だという気がしました。今作にはスコアも存在するんですか? 全体を通して、即興的な感じとも違った構築的な美しさがありましたが。

「ありますよ。でも、演奏の断片を作る段階では即興的な要素もあります」

――今作の楽器編成は?

「たぶん4つの楽器があると思う……ピアノ、ペダル・スティール・ギター、短波ラジオ、それとシンセサイザー」

――シンセサイザーなどによるエレクトロニクス音と生楽器音の融合は、電子音楽の初期からもあったかとは思うのですが、やはりジムさんが行っているアヴァンギャルドからポピュラー・ミュージックを横断するようなやり方が世界中の後進ミュージシャンに大きな影響を与えていると思うのです。ジムさんにとってそういったことはごく自然のもの? それとも自分なりのセオリーがあったりするんでしょうか?

「セオリーはない。私にとって〈音〉は〈音〉……ジャンルとかでも分けない……(しばし沈黙)」

――難しい質問ですかね……。

「難しくないけど、私の見方が人とは違うのかもしれない……(笑)」

――一般的には、例えばポップスのジャンルの人だと……。

「(遮って)そういう話が本当にわからない! 〈私はポップスが好きなのでそのジャンルをとことん聴きます〉みたいな考え方が本当にわからないです。ロックンロールが好きな人が、〈ダメ〉なロックンロール音楽まで聴こうとするとか。もちろん自分もロックンロールは好きだけど、すべてのロックンロールが素晴らしいわけじゃないですし。私は素晴らしいものと……まあまあのものを聴く(笑)。なぜ〈ダメ〉なものまで聴くのかわからないです」

――それで言うと、創作への姿勢と同じように、ジャンル関係なく良いものを聴く、というジムさんの音楽の聴き方にも僕ら後進世代はとても影響を受けていると思います。自分がかつて産業ロック・バンドと揶揄されることもあったボストンのかっこよさに気付いたのも、ジムさんがいつか話されているのを聞いたお陰です(笑)。

「私はその人(音楽家)の考え方に興味があるのです。その人が何を考え、何をやったか。ボストンのトム・シュルツも、リュック・フェラーリ、モートン・フェルドマンも、彼らの考え方がおもしろかったからです」

――〈この人はこのジャンルの音楽をやっているからおもしろい〉ではない、と。

「……そう。でももちろん〈ジャンル〉という概念のおもしろさもある。しかしそれは〈音楽の言語〉として。それをわかっていれば特定のジャンルにおける歴史的言語を使うことができる。ジャンルというのはあくまでそういう意味のおもしろさです。例えばロシアの小説について言うなら、もちろんそれはロシアの歴史に関係がある。そういう理解をしようとする時に、〈ジャンル〉というのは大事です。でも、〈私はロシアの本を(ロシア小説だからという理由で)読む 〉、そういう考え方はわからない、ということです」

 

イーノの時間は止まっている。でも、私はそういうものは作りたくなかった

――また本作は、映像や風景を喚起させる力がとても強い音楽だと感じました。日本で15年ほど生活し、東京や、田舎で作業したりするなかで見た日本の風景が自身の作品や意識の中に入り込んでいる、といったことはあると思いますか?

「日本ではなくて、子供の頃に過ごしたアイルランドの風景から逃げられないところはあるかもしれない。でも、都会を離れると……〈時間〉が変わります」

――ゆっくりになる?

「ゆっくりじゃない。時間の〈広さ〉が変わるんです。〈テンポが変わる〉という意味ではないです」

――時間の捉え方が変わる、という感じ?

「人は耳で聞いて、目でものを見ますが、耳でも〈見る〉ことができるんです。音楽も耳で勿論聴きますが、耳でも〈見える〉。それは、同様に時間を扱うことにおいても大事です」

――時間を、右から左に流れていくというように感じるだけではなくて、大きく捉えて感じるというか……そういう意味での時間の捉え方が、田舎と都市部という風景によって違うということですかね。

「でもそれは、直接的には風景じゃなくて音楽そのものが決める。音色が、時間の扱い方を決めるのです。意図して時間を重ねるようなことはできない。〈こういうふうに聴いて〉と意図して音楽を作った時、人はそう聴くかもしれないけれど、本来〈聴く〉の意味はもっと広いです。

例えば60年代に現代音楽の世界で、シュトックハウゼンが〈モメンテ〉など、時間が音楽を制限することといった課題に対して作品をたくさん作りました。モートン・フェルドマンにも同様の作品があって、彼の作品を聴いたシュトックハウゼンがある時質問したら、フェルドマンは〈私は音を押さない〉と言ったといいます。音楽を作る時は、そういうふうに〈時間を押す〉ように作者が意図するのではではなく、音楽が〈話す〉。それを作り手が聞かなければ、浅い作品になってしまうのは間違いない」

――音楽そのものが問いかけることをちゃんと捕まえる、と。

「『sleep like it’s winter』では、音楽で時間をどう扱っているのかを考えました。たぶんイーノの時間は止まっている。でも、私はそういうものは作りたくなかったです。この音楽はフォーム(構成)がない。〈頭〉や〈最後〉というものはないです」

――では、最後の質問です。次はどんな作品を作りたいですか?

「何を作りたいか? 全然作りたくない(笑)。でも、今は(1曲で)5時間くらいの音楽を作っています。あと、この間終わったんですけど、石橋英子の次のレコードにはこのところの全部の力を注ぎました」

――どちらもとても楽しみにしています。今日はありがとうございました。