日本のミュージシャンの交流から生まれた13年振りのヴォーカル・アルバム
かつてはシカゴ音響派のキーパーソンとして注目を集めたジム・オルーク。日本に移住してそろそろ10年が経とうとしている今、ジムは日本のアンダーグラウンドな音楽シーンのキーパーソンという新たな顔を持ち始めている。そんななか、ジムと日本のミュージシャンの交流から生まれたのが、実に13年振りとなるヴォーカル・アルバム『シンプル・ソングズ』だ。
本作でジムのバックを務めるバンド・メンバーは、石橋英子(キーボード)、山本達久(ドラム)、須藤俊明(ベース)、波多野敦子(ストリングス)といった、ここ数年、ジムと一緒にやってきた仲間達。現代音楽にルーツを持つ一方で、レッド・ツェッペリンやクイーンなどロック・バンドもこよなく愛するジムは、一時期はソニック・ユースのメンバーとして活動し、ウィルコのプロデュースでグラミー賞を受賞した。そんなジムのロックに対する方法論やプラトニックな愛が、『シンプル・ソングズ』に凝縮されている。複雑な展開、緻密なアレンジ、繊細なミックス、そうしたジム本来の作家性に加えて、本作では豊かなヴォーカル・メロディに注目したいところ。自身が弾くギターの音色もこれまで以上に多彩だ。そして、何といっても語り口の巧みさはジムの大きな魅力で、曲単位で物語性を感じさせる音作りが施され、そうした曲と曲が有機的に繋がって、アルバムに大きな流れが生まれていく。
また前作『ザ・ヴィジター』がジム一人で作り上げたインスト・アルバムで、今作がヴォーカル・アルバムという流れは、『バッド・タイミング』と『ユリイカ』の関係を思わせるが、本作は『ユリイカ』以上にバンドの存在感が際立っている。さらに高田漣(スティールギター)や高岡大祐(チューバ)などゲストも参加していて、その全員が日本人だ。信頼できる日本のミュージシャンと時間と手間ひまをかけた作品を『シンプル・ソングズ』と名付けるあたりはジムらしいユーモアを感じさせるが、本作が“良い音楽を作る”というシンプルなテーマに貫かれているのは間違いないだろう。