現実の認識に揺さぶりをかけ、思索の深みへと引きずりこむ。ブエノスアイレス出身のアーティスト、「プール」や最新作など17点を紹介する日本で初めての個展

 今年開館10周年を迎えた金沢21世紀美術館。その記念企画として、ブエノスアイレス出身の作家レアンドロ・エルリッヒの個展〈レアンドロ・エルリッヒ─ありきたりの?〉(5月3日〜8月31日)が開催されている。エルリッヒは、同館で最も人気のある作品「スイミング・プール」の作者だ。〈レアンドロのプール〉の呼称で親しまれてきたこの作品は、同館の光庭にある恒久展示作品で、まるで建物の一部のように見え、世界的現代建築家ユニット妹島和代+西沢立衛/SANAAの手掛けた丸い建物とともに、同館のアイコン的存在として愛されてきた。「スイミング・プール」(以下「プール」)は、プールの水面にあたる部分に強化ガラスが貼られ、その上に浅く水が張られている。この水面が地上部と地下部の空間の仕切りとなり、水面を通し、地上からは地下空間で動き回る人々が水中歩行しているように見え、地下からは水面を通した地上世界が見えるようになっている。

 「『プール』は、とにかく一番人気の作品で、現代美術がもっている気持ちの良さを、子どもからお年寄りまでが感じ取っているんです。彼の作品は、コンセプチャルな体感型で、いろいろなイメージが湧き上がってくる。それでいて、硬直している現実に風穴を開けてくれるんです」と同館の秋元雄史館長は言う。

 「『プール』はとても多くの人々が見て、写真に撮り、ネットにもあがっているので、人々との強い絆を感じるし、『プール』により、世界のさまざまな扉が開かれた気がする」とエルリッヒは感慨を込めて話す。

 「なぜプールを作ろうと思ったのですか?」と訊ねると。

 「プールはとても興味深い建築空間で、誰が見ても、何をするためのものかわかる。そのプールから通常の機能を取り去り、無機能な空間へと変容させてみたかった。ぼくは、父も、兄弟も建築家という環境で育った。建築家は機能がある建物を設計するけれど、ぼくは空間について、物語を作りたい。用途のある物質的空間ではなく、抽象的で概念的な空間を考えてるんだ」

 今展は、日本で初めての個展で、『プール』の他最新作を含む17点が紹介されている。

 「階段」(2005年)は、吹き抜けの階段が、90°回転して横倒しになったような作品。通常の階段のように、上ったり下ったりの垂直移動ができなくなり、仕切られた部屋を人々が出入りする光景に目眩がおきそうになる。既知の階段の機能について混乱を招く作品だ。「見えない庭」(2014年)は、中に植物が置かれた東屋。しかし、内部には東屋を取り巻く外の環境や鑑賞者の姿が映し出される。仕切り壁に鏡を使うことで、内部と外部、虚像と実像が交錯する空間が作られている。「サイドウォーク」(2007年)では、細長い日本の歩道が敷かれ、そこに雨の水滴が落ちてくる。水たまりに、街並が映り込んでいるが、それは、ブエノスアイレスの朝から夜にかけての街並だ。足下に地球の裏側にある風景が映り込み、自分の立ち位置が反転しそうな気がする。

 エルリッヒの作品は、誰もが共有できる物や事を扱い、親しみやすさを感じさせながら、現実の認識に揺さぶりをかけ、思索の深みへと引きずりこもうとする。彼は、大学で哲学を学んだ。

 「子どもの頃、あらゆることが不思議と驚きに満ちていた。大人になると自分の慣れ親しんだ世界について知っているつもりになる。しかし、知ってるつもりの現実も、違った見方をすると全く異なる様相が見えてくる。プール、階段、エレベータ。それらの通常の機能を裏返したり、消去することで、別の次元が見えてくる。ぼくの作品は、日常に潜む、新しい世界に目を向けさせる窓といえるかもしれない」

 エルリッヒ作品はパラレルワールドの入り口のようにも思えてきた。

 「ものごとの見方が1つだと固定されるのが嫌なんだ。それに抵抗している。現実は他にもたくさんある。それこそが現実だと思うんだ」

 

レアンドロ・エルリッヒ

1973年ブエノスアイレス生まれ、モンテビデオ在住。2000年のホイットニー・ビエンナーレをはじめ、2001年、2005年のヴェネチア・ビエンナーレ、サンパウロ、リバプール、イスタンブールといった多くの国際展に出展。世代や国境を超えて人々が共有できる体験の場を創造してきた。日本国内では美術館のみならず、大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ、瀬戸内国際芸術祭などでも作品を発表。

 


EXHIBITION INFOROMATION
金沢21世紀美術館 開館10周年記念展覧会
〈レアンドロ・エルリッヒ─ありきたりの?〉

期間:絶賛開催中~2014年8月31日(日)石川・金沢21世紀美術館
https://www.kanazawa21.jp/