食べられる、ハグできる、デジタル??
金沢21世紀美術館が提案する新しい地球DXPの歩き方 デジタルは温もりある伴侶になり得るか?

 コロナ禍を経て、職場や生活面におけるオンライン化、デジタル化は世界で一気に進み、加速している。AI、メタバース、ビッグデータなどのデジタルテクノロジーとともに、私たちの暮らす地球丸ごとが、DXP(デジタル・トランスフォーメーション・プラネット)へと変容し、今までとは全く違った惑星の姿が出現しようとしている。テクノロジーと生物との関係が日々新たに生成されるこの惑星DXPを、私たちはどのように歩き、生きていけばよいのか?

 そんな“惑星の歩きかた”のガイドになりそうな〈DXP(デジタル・トランスフォーメーション・プラネット) ―次のインターフェースへ〉展が金沢21世紀美術館で開催中だ。本展は、衣食住、遊ぶ、アート表現、購買活動、AI、教育に関わる日常の社会活動のテーマごとに章を設け、デジタルテクノロジーによる新しい生活や社会のあり方を多様な専門分野のクリエーターたちが提案する。

 「DXはビジネスで多く使われる言葉になりましたが、もともとは、デジタル化により、私たちの生活が良い方向に変わるという広い意味で用いられました。DXにより植物、動物、私たちの命、生活や未来がどのようになるのか。デジタルと共にある豊かさに目を向けた希望的な観点のもと、温度のあるデジタルを使った展覧会を企画しました。例えば、ロボットは、単なる道具ではなく、伴侶、一緒に歩くものという考え方です。彼らは私たちから学び、私たちも彼らから学ぶ。食べられる、ハグできる。新しいタイプのデジタルを提案します」と本展を企画し、統括キュレーターを務めた長谷川祐子館長は言う。

 本展では、平均年齢30代の若手キュレーター4人が各々のテーマごとに作家を選び、13カ国から23組のアーティストが参加し、多様な世界観を万華鏡のように映し出してくれた。

 美術館の交流ゾーンにある通路に面したオープンスペースに現れたヒューマノイドロボットAlter3。2016年からAlterを開発してきた東京大学池上高志研究室は、3号機目となるAlter3に巨大な言語モデル〈GPT-4〉を搭載し、言葉に呼応した動作も学習させて、対話や共感もできる設計にしている。

 急ぎ足の大人も子供も足を止めて、ロボットとの会話を楽しむ。来場者が「金沢には何か美味しいものありますか?」と尋ねるとAlter3は「美味しいって何?」と聞き返す。「地球は滅びる?」という質問に、Alter3は一瞬首を傾げてから、理路整然と資源や環境問題の持続可能な対策に言及し「君たち次第だよ」と結んだ。

 「Alter3には、サルトルをシュミレーションして、実存主義的な考えを学習させ、発言に基づいたジェスチャーもGPT4がプログラムすることで、Alter3は、自身の身体を自律的に動かすことができます。人格や身体性を持たせるとどうなるか? 生命性は現れるのか? Alterの開発を通して、人工生命を探求しているんです」と、プログラムを操作する同研究室の吉田崇英さんは言う。質問によっては、かなり哲学的思考の回答も返ってくる。鑑賞者とのやり取りを通じ毎日成長していくのだという。Alter3のような話し相手が家にいてくれたら、ともに成長できる良い相棒になるような気がした。

Keiken《Morphogenic Angels: Chapter 1》インスタレーション・デザイン
©Keiken

 巨大な暗い部屋丸ごとがゲーム体験の空間となったKeikenの作品。大画面に映し出された映像は、果てしなく続く荒涼な丘陵で異形の姿の〈天使〉が、神話の創世記さながらの冒険を繰り広げる。

 〈走って、ジャンプして、キャッチする〉

 来場者はプレイヤーとなって、過酷な環境を乗り越える天使の動きを操作しながら、エネルギーの流れをとらえ、キャッチし、放出するといった、エネルギーの操り方を体感する。

 ロンドンとベルリンを拠点に活動している、ターニャ・クルス、ハナ・オーモリ、イザベル・ラモスの3人により設立されたアート・コレクティブKeikenは、ゲームを使って千年後の未来という、今まで見たことのないような宇宙観を映し出した。美大でfine artsを学んだだけの彼女たちは、ゲーム制作の素人だったが、約1年前にネットを通してゲーム制作の手法を学び、試行錯誤しながら、カメラシステム、コーディング、キャラクターを自分たちで作り、一大叙事詩のような没入感溢れるゲームを作り上げてしまった。

VUILD《学ぶ、学び舎》2023
©VUILD

 誰もが建築の作り手になれる〈建築の民主化〉を目指す建築系スタートアップ企業のVUILD。本展では、来場者が思いついた言葉をマイクに吹き込むと、その言葉からAIが3Dモデルのデータを生成し、会場内の木工加工用のCNCルーター〈Shopbot〉が木材を削り出し、現実のオブジェとなって出現する。建築や都市の新しい生み出され方を暗示する展示だ。

 アメリカを拠点に活動するメディアアーティスト、デイヴィッド・オライリー(David OReilly)は、デザイン、アニメーション、インタラクティブアートを横断的に手がけ、彼の短編アニメーションは、オンラインや映画祭で高い評価を得てきた。「生命、創造主とはどういう存在なのかを考えながら作った」とオライリーがいう本作「Eye of the Dream」は、森羅万象を表す数多の3Dオブジェクトを用いて、宇宙の誕生であるビッグバンを〈宇宙〉〈火〉〈水〉〈精神〉の4つの世界に再編成したシミュレーションだ。目も眩むような圧倒的なデジタル映像で、反復される生命活動のパターンへと意識を促し、生命の起源について考えさせる。

 デジタル化というと、機能や効率優先の機械的で冷たい印象があり、DXPについて、人間の仕事がAIやロボットに奪われたり、人類が滅ぼされてしまうというディストピア的世界観を持つ向きも少なくない。本展は、身体の温もりを感じさせるようなデジタル化のあり方を見せてくれ、DXPがユートピアになるか否かは、担い手の私たち次第だと改めて気付かせてくれた。

 


EXHIBITION INFORMATION
DXP(デジタル・トランスフォーメーション・プラネット)―次のインターフェースへ

会期:2023年10月7日(土)-2024年3月17日(日)10:00〜18:00(金・土曜日は20:00まで)
会場:金沢21世紀美術館

https://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=17&d=1810