まず、本題に入る前に自分について少し話したいと思う。

僕は東京を拠点に活動中のミュージシャンで、2016年にフォーク・シンガー、世木トシユキとしてデビュー・アルバム『西陽の影』を、2018年にエレクトロニック・ミュージック・プロジェクト、Gongdoraとしてデビュー・アルバム『Entrance』を、それぞれMIDI Creativeよりリリースしている。小川美潮さん(ex.チャクラ)、KEIZOmachine!さん(HIFANA)、ヤマカミヒトミさんをゲストで招いた後者に関しては、ありがたい事に、タワレコのバイヤーさんたちから好評を得、店舗でもプッシュして頂いた。これまで客として利用していたお店の試聴機で自分の音楽が聴けるというのは、とても感慨深いものだった。

世木トシユキ『西陽の影』収録曲“春の馬”
 
Gongdora『Entrance』収録曲“Mind is free”
 

立て続けにデビュー・アルバムを出すというのも奇妙な話だが、各作品の音楽性がかけ離れている事もあり、同一人物である事には積極的には触れずにいた。思えばそもそも表だって自分の音楽や活動について発信することをしてこなかったのだが、大物俳優のカメオ出演じゃあるまいし、僕のようなキャリアの浅いミュージシャンが秘密主義になったところで何の得があるというのだ。もっと表に出て行くべきだろう。いや、出ていかなければいけない。という事で、この連載を機に2019年は音楽だけでなく、活発に情報発信をしていけたらと思っている。

著者近影。最近台南にできたアンティークショップ、夢露〈モンロー〉にて。ヴィンテージ眼鏡の品揃えが充実している
 

さて、当ブログでは僕がここ数年魅了されている〈台南〉をテーマに書いていこうと思っている。

皆さんはこの〈台南〉という地名をご存知だろうか? 〈当然だろ〉という人もいれば、〈とりあえず台湾南部の都市だという事だけは知っている〉という人、〈台南? 何それ?〉な人もいるだろう。台南とは〈台湾の京都〉とも呼ばれジワジワ認知度が上がってきている、台湾南部の都市である。

台湾といえば日本人にもっとも人気のある海外旅行先のひとつであり、毎年多くの日本人が訪れている。その逆も然りで、経済面でも文化面でも交流が盛んな両国の年間往来客数は約651万人に達するという(2018年1月18日付で交通部観光局、台湾観光協会が発表した2017年の数字)。また、地震が頻発する両国は、震災に見舞われるたびに互いに支援を惜しまず支え合ってきた間柄でもあり、東日本大震災への義援金は台湾だけで200億円にも達した。近年は台湾系企業の日本進出がマスコミを賑わせており、2016年の鴻海精密工業によるシャープ買収も記憶に新しい。

このように日本における台湾のプレゼンスは非常に高く、特に首都・台北には、相当数の日本人が人生で一度は訪れているのではなかろうか。しかし、台北以外の都市となるとどうだろう。〈週末台湾〉という言葉もあるように、少しの合間を縫ってでも気軽に海外旅行を楽しめるのが台湾の魅力のひとつとされているが、実際のところ、週末の2日間では好奇心旺盛なリピーターでもない限り、ほとんどの旅行者は圧倒的知名度を誇る台北に向かうので、行動範囲も市内に限定されてしまう。台湾南部最大の都市である高雄への直行便もあるにはあるが、台北行きの本数には遠く及ばない。

 

確かに、台北は十分に魅力のある場所だ。迪化街のようなノスタルジックな商店街や台湾グルメが堪能できる夜市、〈ザ・台北アーバンここに極まれり〉な台北101、趣味の良いブティックやカフェ。アートの展覧会やインスタレーションなども行なわれ、文字通り文化の発信地ともなっている華山1914文創園区などなど、数えだしたらきりがないくらい魅力的な観光スポットばかりだ。

少し足を伸ばして淡水や基隆、九份、十份に行ってみるのもまた風情があって良い。音楽に関しても台北を拠点にしているアーティストは非常に多く、台湾シーンの中核を担っているのも台北だと言わざるを得ない。要するに一通り何でも揃っている。手っ取り早く台湾を楽しむなら台北で事足りてしまうのだ。しかし、日本において東京のほかにも大阪、京都、福岡などがそれぞれ固有の魅力を放っているように、台湾においてもそれぞれの都市にはそれぞれに違った魅力があるのだ。カルチャー全般においてもまた然りである。

天高くそびえる台北101
 
十份
 

僕が台南に興味を持ったきっかけは、転職を機に〈久々に旅にでも出ようか〉とぼんやり考えていた矢先、音楽界の大先輩から台南がいかに素晴らしい場所であるかを説かれたことだった。それにすっかり感化されてしまった僕は、すぐに台南を旅する事に決めた。二週間近くの滞在のほとんどが台南で最後の数日のみ台北という旅程だったのだが、それで大正解だったと思っている。

出発前に台南についてネットで調べてみたところ、関連するニュース記事やサイトがずらりと表示された。個人ブログもいくつか見かけたし、関連書籍も出版されている。書籍でもっとも代表的なのは、台南市親善大使も務められている一青妙さんによる「わたしの台南」だろう。観光スポットやグルメ情報を紹介するだけではなく、妹の一青窈さん、そしていまは亡きご両親との台湾にまつわる思い出や、台南で出会った心温かい人々とのエピソードなども織り交ぜたエッセイとしての側面も持ち、大変読み応えのある作品となっている。

また、現地で即戦力となるディープな観光ガイドとしては、佐々木千絵さんの「LOVE台南 台湾の京都で食べ遊び」がイラストも可愛らしく、細やかなお役立ち情報も目白押しで個人的にはとても楽しめた。今後、台南旅行を予定している方には二冊とも是非チェックして頂きたい。

このように台南に関する情報自体は意外と豊富で、数は多くないながらも熱心な台南ファンの方々が積極的に情報発信している、という印象を受けた。

 

では、ハマる人にはハマるこの台南の魅力とは一体何なのか。17世紀前半のオランダ統治時代から明鄭時代、清朝時代にかけての約300年間、台南は台湾における政治、経済、文化の中心地だった。そのような成り立ちからも前述のように日本ではしばしば古都・京都に例えられたりもする。

市内には赤崁楼(せっかんろう)や台南孔子廟など情趣漂う歴史的建造物がいくつもあり、高層ビルも少なく、街全体が緩やかな空気に包まれている。また、台南は美食の街としても知られ、担仔麺(タンツーメン)や牛肉湯(ニュウロウタン)、蚵仔煎(オアチェン、カキのオムレツ)など数々の台南小吃(タイナン・シャオツー、小皿料理)がリーズナブルな価格で味わえるのも大きな魅力だろう。

赤崁楼(せっかんろう)
 
週末、人で賑わう孔子廟
 
担仔麺(タンツーメン)
 

地元民御用達の小公園擔仔麵、名物親父が黙々と麺を茹でている。メニューも少なめで潔い
 
牛肉湯(ニュウロウタン)と牛肉と芥蘭(カイラン)の炒め物、白米を注文。タレや生姜はセルフ・サービスなのでお好みのアレンジで食べる
 

そして、忘れてはならないのが台南人の温かさだ。

昨年の8月、夏真っ盛りの台南を訪れた際、炎天下の安平(アンピン、台南の港町)を自転車で駆け回っていたところ、軽い熱中症のようになってしまった。日陰を探して辺りを見渡すが、コンビニや室内席ありの飲食店はひとつも見当たらない。唯一、お茶屋さんと思しき店のおばちゃんが昼の営業を終え、店を畳みはじめていたので事情を説明したところ、快くパラソルの下で休ませてくれた。そればかりか冷たいお茶とロールケーキ(どこから出てきたのやら……)までご馳走してくれたのだ。中国語では〈親切である、思いやりがある〉ことを〈熱心(ルーシン)〉というが、文字どおり、温かいを通り越して熱さすら感じるほどの親切ぶりである。台南を訪れた日本の友人たちは皆、このような心温まるエピソードを一つか二つ土産話として聞かせてくれる。

お気に入りの喫茶店〈存憶〉。サイフォンでいれてくれる濃い目のコーヒーがいい。いつも笑顔が爽やかなマスターは東京でコーヒーの研修を受けたり、喫茶店巡りもしているのだそう。居合わせたお客さんを紹介してくれたり、たまにお菓子をおまけしてくれたりと良くしてもらいっぱなし……
 

と、台南の好きなところを挙げだすときりがないが、要するにそれらすべてひっくるめて街全体に漂う〈バイブス〉ってやつなんだと思う。……そう言い切ってしまっては元も子もないのだが、〈台南には何があるの?〉と訊かれても、具体的な固有名詞はそれほど出てこない。実際に訪れ、街を歩き、食べ、人と交流し、その独自の緩やかな空気感に直に触れる事でしか台南の良さは伝わらない気もするのだ。

ということで、このブログではより多くの日本人が台南を知り、興味を持ち、訪れるきっかけになるべく、台南の人々とのリアルな交流を通して見えてきたDEEPな台南の魅力を音楽情報もたっぷりに、ミュージシャンである僕なりの視点でお伝えしていければと思っている。

台南孔子廟にて、警戒心や緊張感を一ミリも感じさせないゆるさ全開の犬。〈フィーリン・ザ・台南バイブス真っ只中〉とも言わんばかりの恍惚とした表情だ
 
 
安平の夕陽はいつ見ても素晴らしい

 


~今回のオススメ台湾ミュージック~

林強(リム・ギョン) “向前走”

台湾音楽界のレジェンド、林強の代表曲。夢と希望、そして野望を胸に台北へと上京する南部の若者の心境を歌っているそうだ。ポップ・シンガーとしてデビューした彼はその後、電子音楽を取り入れたより実験的な作風へと大きく舵を切り、映画音楽も手がけるようになる。