次代のクラシックを担う若き異才たちが集結
新時代アーティストの「作品1」を生み出すレーベル“オーパス・ワン”始動!
演奏家には若手がたくさんいるのに、聴衆の高齢化が止まらないクラシック音楽市場。若い聴衆を引き込むべく多くの試みがなされているが、このたび日本コロムビアが立ち上げた新レーベル〈Opus One〉は大きなインパクトを与えそうだ。レーベル始動第一弾として5人のアーティストがデビュー、5枚のアルバムを同時リリースというのだから、その意気込みたるや並々でない。20代限定、コンクール歴や活動実績にとらわれることなく、次世代のクラシックを担う才能の持ち主として、ディレクターの〈目利き〉で選ばれた5人。エッジのきいたモノクロームのジャケット写真(湯山玲子がヴィジュアル・スーパーヴァイザーを担当)からも、彼らの音楽が同世代の聴衆に向けられたものであることが伝わってくる。
本稿では、デビューのお披露目として1月25日に東京・Hakuju Hallにて開催された「Opus One Concert 2019」の様子をレポートしながら、5人のアーティストをご紹介していきたい。
この日のチケットは完売。老若男女さまざまな客層でにぎわうホールいっぱいに膨らんだ期待感のなか、古海行子(ピアノ)、石上真由子(ヴァイオリン)、笹沼樹(チェロ)の3人が登場し、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第1番でコンサートが幕を開けた。そう、これはベートーヴェンの“作品番号1(Opus One)”を冠する作品である。緊張の色も見せず、互いに目を合わせ、ふっと息を吸い込んだ後に流れ出した音楽からは、瑞々しい愉悦がほとばしる。今夜、この場に居合わせることができてよかったと早くも確信した瞬間だった。
以降は5人が交代で、自分のアルバムから1~2曲ずつ演奏していくプログラムになる。トップバッターの笹沼は、ソリストとしても室内楽奏者としても数々のコンクールで受賞を重ね、舞台でのキャリアも豊富なだけに安定感抜群。身長190cmを超える体躯から繰り出されるスケールの大きな音楽が持ち味だ。フォーレの“夢のあとに”ではロマンティックなメロディに身を任せ、ためらうことなく情熱的に歌う。一方で、チェロの名手でもあった作曲家ポッパーの“演奏会用ポロネーズ”では、鋭角的なリズムにおいても超絶技巧においても、曖昧なところが一切ない冴え冴えとした演奏を聴かせた。
続く古海は、シューマンのピアノ・ソナタ第3番から第3・4楽章を演奏。日本人としてはじめて優勝に輝いた高松国際ピアノコンクールでも演奏し、高い評価を得たレパートリーである。シューマンの揺れ動く感情を映し出すピアノ曲は、ともすると捉えどころのない演奏になってしまいがちだが、古海はしっかりとした見通しを持って全体を構成していく。しかし、そんな冷静さの内側に秘めた情念は誰よりも熱い。みっしりと密度の詰まった音の塊が、聴き手にぐいぐい迫ってくるフォルテの凄みといったら……! 今後どのようなピアニストに成長していくのか楽しみでもあり、末恐ろしくさえある。
休憩をはさんで、後半は秋田勇魚(ギター)によるアルカスの“椿姫の主題による幻想曲”から。現在は慶應義塾大学を休学し、活動拠点をパリに移して研鑽を積んでいる秋田は、福田進一や大萩康司も太鼓判を押す期待の星。すらりと長身で、やわらかい雰囲気をまとった人である。そして彼のギターもまた、優しく繊細な音色でヴィオレッタの物語を描き出していく。勇魚(いさな)とは鯨の古語だが、大海原を悠然と泳ぐ鯨のように気品に満ち、聴き手を包み込んで幸せを与えてくれる存在だ。
そして次に、純白のドレスを着た鈴木玲奈(ソプラノ)が登場した途端、大輪の花が咲いたように舞台がぱっと明るくなった。日本音楽コンクール声楽部門第1位をはじめ数々のコンクールで受賞し、オペラやコンサートで活躍している鈴木は、すでに多くのファンを持つ。その人気の理由は、美しい声をしっかりコントロールする技術力に加え、抜群の演技力にある。トマの歌劇「ハムレット」より“私も遊びの仲間に入れてください”では、狂乱したオフィーリアの千々に乱れる心の様を、大きな瞳にさまざまな感情を浮かべ、迫真の演技をしながら見事に歌い切った。現在はヨーロッパにて研鑽を積む彼女が、新時代の〈コロラトゥーラの女王〉としてさらなる注目を集める日も近いだろう。
コンサートのラストを飾るのは石上の演奏で、ヤナーチェクのヴァイオリン・ソナタから第1・4楽章。医大で医師免許を取得しながらも、関西を拠点に演奏活動を続ける石上は、このソナタに魅せられ、十八番にしているという。古典的な形式から逸脱した自由な作風で、ヒンデミットのヴァイオリン独奏によって初演されたこの作品は、たしかに彼女の多面的な魅力を知るにふさわしい曲だと言える。突然に慟哭するかのごとく激しいパッセージが噴出する場面では、抉るように鋭く切り込む前衛的な表現を見せ、甘やかなメロディが歌い出す場面では、美しい音色でリリカルな歌を存分に聴かせる。ヴァイオリニストであると同時に、役者であり、歌手であり、表現者である――。そんな無限の可能性を感じさせる演奏だった。
鳴りやまぬ熱狂的な拍手に応え、2曲のアンコールが披露された。ソプラノの鈴木とギターの秋田がヘンデルの歌劇「リナルド」より“私を泣かせてください”をしっとりと聴かせた後は、チェロの笹沼と秋田がピアソラの「タンゴの歴史」より“ナイトクラブ1960”で盛り上がって終演。あっという間に過ぎ去ってしまった宝石箱のような輝かしい時間を思い返しながら、今、ひとりひとりのアルバムに耳を傾けている。
なお、各アルバムには1曲ずつ、日本人作曲家の作品が収録されているところも「Opus One」のこだわりである。いわゆる〈王道名曲〉に捉われることのない、フラットな感覚を持つ若いリスナーならば、これらの作品の魅力も純粋に味わうことができるだろう。同レーベルは今後も新人アーティストをデビューさせていくという。彼らがシーンの中心に立つクラシックの未来を夢想しながら、その活躍を楽しみに見届けていきたい。
笹沼樹
響き渡る豊かな音色と、溢れる情熱。雄大なスケールで音を放射するチェリスト
ARDミュンヘン国際コンクール弦楽四重奏部門第3位。ソロでは東京音楽コンクール第2位、日本音楽コンクール入選。室内楽奏者としても横浜国際、ルーマニア国際、ザルツブルク=モーツァルト国際などのコンクールで優勝。桐朋女子高等学校音楽科を首席卒業後、桐朋学園大学ソリストディプロマコース修了、並びに学習院大学文学部卒業。現在、桐朋学園大学大学院に在籍中。 2017年6月に開催したリサイタルは天皇皇后両陛下をお迎えしての天覧公演となった。V.アダミーラ、古川展生、堤剛の各氏に師事。カルテット・アマー ビレ、ラ・ルーチェ弦楽八重奏団のメンバー。
石上真由子
その異能、規格外。医学と音楽の二足を極めながら、その音楽の才は海越えて、心揺さぶる
8歳の時にローマ国際音楽祭に招待される。第77回日本音楽コンクール第2位、併せて聴衆賞及びE・ナカミチ賞受賞。その他、国内外のコンクールで優勝・受賞。NHKFM名曲リサイタルやリサイタル・ノヴァに出演。国内外のオーケストラと共演。海外の音楽祭にも多数出演。ソロ活動と共に長岡京室内アンサンブル、アンサンブル九条山のメンバーとしても活躍。CHANEL Pygmalion Days室内楽アーティスト。
秋田勇魚
ギターで描き出される物語と風景~音の世界へ誘う勇魚
7歳よりギターを村治昇、高田元太郎、ジェレミー・ジューヴに師事。同時に大萩康司、福田進一等国内外多数のギタリストにマスタークラスを受講。国内主要ギターコンクールで優勝した後に、アルビ国際ギターコンクールにおいて優勝。台湾国際ギターコンクール審査員特別賞、イーストエンド国際ギターコ ンクール第2位及び聴衆賞受賞。2016年ミスター慶應SFCファイナリスト。2017年より慶應義塾大学を休学し活動拠点をフランスのパリに移す。現在 パリ地方音楽院にてジェラール・アビトンに師事。
古海行子
内に秘めた蒼い熱を瞬時に解き放つ―音符の行間にひそむパッションと狂気を引き出す若き鬼才
第4回高松国際ピアノコンクール優勝、5つの特別賞を受賞。第40回ピティナピアノコンペティション全国決勝大会G級金賞、コンチェルトB部門第1位。第 20回浜松国際ピアノアカデミーコンクール第2位、ショパン国際ピアノコンクールin ASIAアジア大会高校生部門金賞等数々のコンクールで受賞し、国内外で演奏活動を行う。昭和音楽大学ピアノ演奏家コース3年、同附属ピアノアートアカデ ミー在籍。江口文子氏に師事。
鈴木玲奈
いも身に着けていたい宝石のような歌声
美しく華やかな容姿と正確無比なコロラトゥーラの技術で魅了するソプラノ
東京音楽大学声楽演奏家コース及び同大学院を共に首席で修了。第86回日本音楽コンクール声楽部門第1位、Ljuba Welitsch国際声楽コンクール第1位、第15回世界オペラ歌唱コンクール「新しい声2013」アジア代表など多数受賞。日生劇場でのオペラ「後宮からの逃走」ブロンデ役をはじめ、「ラ・ボエーム」ムゼッタ役、歌劇「BLACKJACK」彩香役などを演じ、歌唱とともに大胆な演技力で好評を博す。オラトリオのソリストも多数務めるほか、国内外でますます活躍の場を広げている。ミュンヘン、ウィーンにて研鑽を積む。