ヴィジェイ・テイボーン、あるいはクレイグ・アイヤーの誕生?

 これまで二台のピアノのための音楽が少ししかなかったわけではない。演奏会、録音は数多く、様々なジャンル、クラシック、現代音楽、ポピュラー、即興までとピアノが使われる領域すべてに及ぶ。ジャズではかつてハービー・ハンコックとチック・コリアといった人気を博したデュオがあったし、最近では上原ひろみや小曽根真を軸にしたデュオも多く、セシル・テイラーと山下洋輔というのもふくめれば、年間で相当な巨匠たちがステージにピアノ二台を並べて演奏会を行なっている。

VIJAY IYER,CRAIG TABORN The Transitory Poems ECM/ユニバーサル(2019)

 しかし、何かが違うと、このヴィジェイ・アイヤーとクレイグ・テイボーンのデュオに感じたのは録音、ミックスのしかたにあるのだろう。大半のデュオがジャンルを問わず、二台のピアノをLとRに振り分ける。たとえば相対的にLがチックで、Rが上原、というように。クラシックでもブラームスの二台のピアノための曲はやはり相対的に二台を左右に振り分ける。しかしこの録音では、極端に言えばピアノがステージで対峙した定位でミックスされる。左にどちらかの左手ともうひとりの右手、右はその逆というように。つまり、LRそれぞれに半身を共有するキメラが二人誕生する。しかし、重要なのは彼らの音楽にキメラをふたり登場させることではなく、個人としての機能を停止させるということが重要なのだろう。

 ふたりともジャズ、あるいは即興音楽についてそれぞれに明確な視点をもったピアニストである。それは彼らのこれまでのアルバム、演奏活動を順に追っていけばあきらかだろう。クレイグの固有のモントゥーノ風のオスティナートや、ヴィジェイのエリントン、モンク風のサウンドなどなど、この二人の音楽家それぞれの音楽を聴けば聴くほど個が際立つ。しかし、このデュオにおいて正直、どちらがヴィジェイなのか、あるいはクレイグなのかわからない。作曲と即興の量的な区分も随分曖昧だ。すべてが即興でありすべてが作曲である、ということはどうやらないにしても。

 


LIVE INFORMATION

ヴィジェイ・アイヤー・トリオ  コットンクラブ公演
○5/27(月)28(火)29(水)
[1st]17:30開場/18:00開演 [2nd]20:00開場/21:00開演
出演:ヴィジェイ・アイヤー(p)ステファン・クランプ(b)ジェレミー・ダットン(ds)
www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/vijay-iyer/