CD不況が取りざたされるようになって久しいが、いまでもなおレコード屋は僕たちにとって馴染み深い存在だし、棚いっぱいのCDや試聴機に囲まれれば、僕のようなアラサー男でもスイーツ・ビュッフェに来た女子高生並みにテンションがブチアゲになってしまうのは音楽好きあるあるだと思う。

とは言っても、僕も現代人の端くれとして人並みに利便性も追求したいわけであって、数年前、所有するCDのデータベース化を決意し、某・音盤同盟さんで計500枚近くのCDを買い取ってもらった。その頃の僕はミニマリストの著書(レコード・コレクターにとっては禁断の書物であろう)に感化されたてホヤホヤだったとはいえ、思い切った決断だったと思う。直後は喪失感もあった。物理的な意味だけではなく、情緒的にもだ。

学生の時分、なけなしの小遣いやバイト代をつぎ込んでは買い揃えてきたものもたくさんある。社会人になり、羽振りが良くなった頃に大人買いしたBOXセットや、甘酸っぱい思い出が詰まった元恋人からのプレゼント、高校時代に背伸びして買い、いまだに消化不良気味のポスト・パンク系のアルバム、ジャケ買いして大失敗した謎の南米産サイケデリック・ロック・バンドのアルバムなど、手に取る度に熱い想い(いろいろな意味で)がこみ上げてくるタイトルばかりだ。

このように僕の音楽遍歴、さらにはそのコンテクストとして浮かび上がってくる人間関係や所属コミュニティーの変遷、精神的成長などの記録であり、人生のサウンド・トラックとも言えるような大切なコレクションをいともたやすく売り払ってしまって良かったのだろうか。葛藤はあった。しかし、2、3か月もすれば〈部屋もすっきりした事だし、CD棚があったところ、観葉植物でも置いとけばちょっとモテ部屋になるんじゃないか〉などとゲンキンな事を考えはじめてしまうので、慣れとは恐ろしいものだ。

とはいえ、レコード盤を手にした時の満足感はもはや条件反射として身についてしまっているのか、そのような〈大掃除〉後も、通りがかったレコード屋にふらっと立ち寄り、いつの間にやら新譜を手にホクホクした表情で店を後にするような事がちょくちょくある。そして結局のところ、僕のCDコレクションは少しずつではあるが、また増え始めている……。

最近は台湾で入手したCDも増えている
 

だいぶ話が逸れてしまった。レコード屋の話に戻そう。CDの売上減少がいよいよ深刻化し、世はストリーミング全盛の時代に突入しているとはいえ、ヴァイナル市場は世界規模でここ何年も堅調な伸びを示しているし、アナログ復権の機運を受けてか、カセットテープへの需要も高まっているようだ。ヴァイナルもカセットテープも音楽市場全体の売上からしてみれば、その内訳はまだニッチの域を出ていないのかもしれない。しかし、ストリーミングの台頭によって、音楽がもはやオーディオ・ファイルという実体すら失い、われわれの手を離れ、〈所有する〉という感覚がますます希薄になりつつある中、その反動であるかのように、ヴァイナルのような、基本原理自体は100年以上も前に開発済みの技術が復権を果たしているというのは、考えてみるととてもおもしろい現象だ。

しかし、このようなトレンドがレコード屋にどこまでダイレクトな利益をもたらしているのかというと、そこは精査が必要であろう。いまでもフィジカルの売上の大部分を占めているのはCDだ。そしてそのCDの売上は減り続けている訳だが、いくら空前のアナログ・ブームとはいえ、その縮小した分を補填し、さらにはプラスに転換させるほどの勢いがあるとはあまり思えない。

そして、インターネットの普及に伴い、ECサイトやアプリなど、販売チャネルも多様化している中で、選択肢としてのレコード屋の存在感が薄らいでいるのも課題だ。検索―試聴―購入という一連のステップがすべてオンライン上で完結されている現代において、〈あえて〉レコード屋に足を向けさせるにはそれなりの工夫を要するはずだ。だからこそ、こんな時代でも客足が絶えないレコード屋は素直にすごいと思うし、そこにはビジネス・センスはもちろんのこと、おそらく〈レコードが買える〉という用途以上の、何か、人の〈心〉を惹きつけてやまない独自の魅力があるに違いない。

で、台湾の音楽市場はどうかというと、御多分に洩れずストリーミングが急速にシェアを拡大しているようで、レコード屋への風当たりは日本以上に厳しいようだ。それでもレコードを嗜む人間は一定数いるようで、台北であればかの有名な誠品書店が展開しているレコード専門店〈the eslite music〉が現時点で3店舗あるし、レーベルや個人が経営するレコード屋も結構な数である。そこはさすが、人と物が集まる台湾の経済的中心地、TAPEI CITYだと言えよう。

台北の老舗インディーズ・レーベル、white wabbit recordsの実店舗。欧米のインディーズ系アーティストの品揃えが充実しており、台湾の〈ヒップな〉リスナーたちから熱烈に支持されている。また、台湾インディーズ・シーンの振興にも意欲的で、店頭にはいまもっともホットな台湾産インディーズ・アーティストの作品が数多く並び、フェスやライヴの企画運営も行っている
 

しかし、台南に関していうと、訪れた当初は〈レコード屋に行こう〉という発想すらなかった……。街へ繰り出せば、どこぞの道教系の寺院が主催するパレードに出くわし、けたたましい爆竹音で耳がおかしくなりかけたり、上半身裸のおっさんが白昼堂々と目の前を自転車で横切ったり、5分に一度は檳榔屋を見かけたり、このような圧倒的エキゾチズムに驚嘆しっぱなしで、〈レコード屋〉などというレペゼン日常な事柄が頭からすっかり抜けていたのだと思う。遊園地にまで来て、漫画喫茶を探すような人はまずそういないだろう。

道教の仮装パレード。こんな巨神兵みたいなやつに何体も出くわしたらレコード屋に行くことなど忘れてしまう
 

 しかし、このようなスタンスでいるうちはまだ〈観光客の視点〉に留まったままであり、台南を深く知ったとは言えないのだ。旅行をするのと実際に生活をするのとでは、温度差があるものだ。台南に住まう音楽好きであれば、地元にレコード屋の一つや二つくらいあってほしいに決まっている。そんなわけで、台南のアトラクション(?)も一通り楽しみ尽くし、3か月という短期間ながらも語学留学という名目で台南に住む機会が巡ってきたところで、僕はふと、我に返った。

〈そう言えば、台南にレコード屋ってあるのかな?〉
台南の友人たちにこの問いを投げかけると、十中八九同じ答えが返ってくる。      
〈惟因唱碟(Wien disk Shop)に行け〉

Wien disk Shopは30年以上もの歴史を誇る老舗で、台南最古のレコード屋と言われている。名物店主の許(シュウ)さんは台南の音楽好きの間では一目置かれている存在で、その音楽へのただならぬ愛情と造詣の深さから、彼の金言を求めて老若男女問わずの来客がひっきりなしにあるようだ。

しかし、Wien disk Shop最大の難点はその営業時間の短さだと言えよう。なんせ、金曜日から日曜日までの三日間しか営業していない(現在、金曜日と土曜日は16時から21時半、日曜日は13時から18時まで)。働き方〈改革〉どころか、〈革命〉級の超ホワイトな勤務時間である。しかも店主の都合によって随時変更があり、場合によってはやってなかったりもするので、客からしてみればたまったもんじゃない。僕がよく利用しているホステルの女性マネージャーが大変な音楽好きなので、Wien disk Shopについて訊いてみたところ、名店なのは知ってはいるものの、何度行っても休業日なので〈もうええわ!〉と匙を投げてしまったようだ。そしてそんなこんなで行けずじまいになっているのはおそらく彼女一人ではないはず……。

営業時間は入り口にしっかりと明示されていた。それにしても〈休息〉が長すぎる……
 

さらに、Wien disk Shopの場所がこれまた非常にわかりづらい。中正路と國華街二段の交差点手前の路地裏にあるのだが、この一帯の路地裏はラビリンスのごとく入り組んでおり、正確な場所を把握しておかないとすぐに迷ってしまう。

僕も初めはこの〈悪名高い〉と言えるほどの行きづらさを見くびっており、〈まあ、その辺を歩き回ってれば見つかるっしょ〉くらいの気持ちだったのだが、結局、わからずじまいだった。二度目のチャレンジで、場所はわかったものの営業していなかった(おそらく僕の握っていた営業時間が古いものだった……)。僕も気が短い方なので、ここで匙を投げそうになったが、なんだか、自分の音楽への情熱を試されているような、妙な使命感が湧いてきたので三度目の正直に賭けてみることにした。結果、三度目でついに入店を果たしたのだ!

店主の許さんはすでに別のお客さんの対応をしていたので、まずは店内を一巡してみることにした。CDやレコード、本、ポスター、そして数々のエキゾチックなオブジェが所狭しと陳列された、その特異な空間は、一大コラージュ・アートのような様相すら呈しており、薄暗さも相まって、あたかも魔術師の隠れ家でも探り当てたかのような不思議な高揚感を与えてくれる。

能面やガスマスクなど、幾分、奇怪なオブジェも目に付く。店主の奇矯な趣味ぶりが伺える
 

取り扱っているジャンルはポップス、クラシック、ジャズ、フォーク、ブルース、ワールドなどなど、とにかく多彩で、台湾音楽もポピュラーから演歌、民謡まで幅広く取り揃えていた。パタパタとCDやレコードをめくっていくと、思いがけない発見がありおもしろい。何故かAkarma(60s、70sのサイケデリック・ロックやプログレのリイシューに特化したイタリアのレーベル)のレコードが大量にあったり、ESP(アルバート・アイラーやパティ・ウォーターズ、パールズ・ビフォア・スワインなどのリリースで知られるNYの老舗ジャズ・レーベル)の作品もあった。こんなマニアックなものがどこから入ってきたのかは謎だ。

これ全部Akarma
 

店主の許さんに挨拶くらいはしておこうと思ったのだが、どうやらお客さんとの会話が弾んでいたようで、割って入るのもなんだか申し訳ない気がして、グズグズしているうちにタイミングを見失ってしまった。ひとまず、無事入店も果たしたことだし、その雰囲気を味わえただけでも良しとしよう、とその日は店を後にした。

店長の許さんとようやく腰を据えて話ができたのはその次の訪問の時だった。その時はインタヴューを予定していたので、あらかじめ現地の友達のビギー(Biggie)に電話でアポを取ってもらい、通訳として立ち会ってもらう事にした。ビギーは成功大学に通う大学院生で、英文学を専攻している。彼もまたLOLAの常連で、ジンジンとアービンとはもはや友達と言っても差し支えない間柄だ。

★LOLAについての回
http://mikiki.tokyo.jp/articles/-/20845
http://mikiki.tokyo.jp/articles/-/20857

ビギーは生まれも育ちも台南で、台湾内外の音楽や映画、文学に精通しており、顔もとても広いので、僕にとっては頼もしいローカル・ガイドのような存在だ。彼は台南のサブカル事情に明るく、情報感度が非常に高いので、〈どこぞにひたすらシティ・ポップを流し続けている日本式のバーがある〉だの〈現役のラッパーが経営する麺屋がある〉だの、つねにおもしろそうな情報をインプットしてくれる。そして、〈自分も行くついでだから〉とスクーターに乗せてもらう事もしばしばあるので、彼には世話になりっぱなしである。せめてビギーが日本に来た時は、全力でもてなしたいと思う。

その日、ビギーは一足先に店に着いていたようで、許さんとレジスター越しに何やらお喋りをしていた。すでに僕の話をしていたのか、僕が着くなり、〈ほら、この人だよ〉といった調子で引き合わせてくれた。許さんは体はそれほど大きくないものの威厳のある人で、眼光も鋭く、初対面時は少し身構えたが、お土産に持ってきた日本のCDを何枚か手渡すと顔が少しほころんだ。やっぱり音楽、それも盤が好きなのだ。

許さん
 

許さんは〈インタヴューはここでしよう〉と僕たちを奥の〈Listening Room〉へと通した。

このListening Romはその名の通り、来訪者が自由に音楽をかけていい空間で、音響機器も見たところ立派な物が備わっている。壁を覆い尽くさんばかりの棚には試聴用のCDやレコード、さらには本(洋書や辞典が多い)までもがぎっしりと詰め込まれており、そこはかとなくアカデミックな雰囲気も漂っている。窓から差し込む日の光と、時折聞こえてくる外の喧騒が静寂を一層引き立てているようで、じっくりと思索に耽るにはもってこいの空間だ。何故かブッダの頭像がいくつもあり、あたかもこの部屋が〈神聖にして侵すべからず〉のサンクチュアリであるかのような、大仰さを醸し出していた。

 

僕らは座り心地のいいラタンチェアに腰掛け、許さんへのインタヴューを開始した。

――店を開いたのはいつですか?

「うーん、87年か88年くらいだったかな。もう30年経つよ」

――店名の由来は?

「オーストリアの首都ウィーン(Wien)から名付けたんだよ」

――場所は当初からずっとここですか? また、ここにした理由はあるのでしょうか?

「場所はずっとここだよ。特に理由はない。誰しも音楽が好きであれば、おのずとレコード屋へと足が向くからね」

――開店当初はどのようなレコードを売っていたのでしょうか?

「当時はほとんどが欧米からの輸入品だった。けど、いまは台湾の音楽もたくさん扱ってるよ」

――音楽業で生計を立てるのは、いまの時代、とても難しく、何かしら別の収入源を確保している人も多いかと思います。他のお仕事とかもされていたりするのでしょうか?

「してないよ。私はレコードを売る事に専念したいんだ」

――どのような基準で商品を仕入れているのでしょうか?

「個人的な趣味に走らず、できる限りさまざまな音楽を取り扱うようにしている。広い視野を持つことが大切だと思う。輸入盤も多いよ」

――扱っていない音楽はありますか?

「CCM(コンテンポラリー・クリスチャン・ミュージック)やクラブ・ミュージック、テクノ、ヒップホップは置いてないね」

――Listening Roomのような環境を無償で提供しているのはとても良心的だと思いました。若い世代にとっても、アナログ・レコードに触れるいいきっかけになりますよね。そういった啓蒙活動も意識されているのでしょうか?

「そこはあまり意識していない。もちろん、ここでアナログ・レコードに触れて、その良さに気づくような若者もいるだろうけど、まだ少数なんじゃないかなぁ」

 

最後に僕は、これからの時代、レコード屋が生き残っていくためにはどのような取り組みが必要なのか、許さんの考えを訊いてみる事にしたのだが、彼の返答は「人に音楽を愛する気持ちがある限り、レコード盤は売れ続けるはずだ」という、意外にもシンプルなものだった。

正直、この意見には賛同しかねた。CDやレコードといった音盤は、人が音楽を聴くための手段の一つに過ぎず、アートワークの美しさであるとか、付属のブックレットが豪華であるとか、いくら物として魅力があったとしてもそれは本質ではないからだ。それに、盤など存在しない太古の昔から、人間は音楽を愛でてきたではないか。YouTubeで音楽を再生し、Bluetoothスピーカーから聴いたとしても感動することは十分可能だ。個人的には何か、もっと、〈古きを温ね新しきを知る〉的な長老の叡智のようなものを期待していたのだが、さすがに求めすぎなのかもしれない。

台南最古のレコード屋を一代で創業し、しっかり維持し、地元の音楽ファンたちにとってはレコード屋以上の、一種の憩いの場として親しまれるまでに店を育て上げた許さんはやっぱり偉大だし、彼の人としての魅力があってこそのWien disk Shopなのだ。それに、許さんは「私のような年寄りはいまさら何か新しい事ができる訳でもないので、このレコード屋を続けていく以外に道はないのさ」とも言っていたので、レコード屋という業態の行く末を案じ、老体にムチ打ってあれこれと対策を講じるよりも、粛々といままで通りの生活を続けて行きたいという事なのかもしれない。未来の事は、僕たち若い世代が主体となって考えていくべきなのだろう。

その他にもCCMについてもう少し訊きたかったのと、レコードを売る事に専念しているならもう少し営業日を増やした方がいいんじゃないか?など、釈然としない点はいくつかあったのだが、あまり追求はしない事にした。

インタヴューを終え、許さんが日本やインドネシア、イタリアなど世界各地で買い集めてきたという自慢の骨董品について話していたところに、ブラッキー(Blacky)が現れた。ブラッキーは台南在住の熱心なレコード・コレクターで、彼もまたLOLAの常連だ。その時々の掘り出し物を携えて、LOLAにやってきては、アービンやビギーなどその場に居合わせたレコード・マニアたちと音楽談義に花を咲かせている。

ブラッキーは自分のレコード屋を持つことが長年の夢だったようで、去年の夏、ついに念願叶って店をオープンさせた。Wien disk Shopには昔から客として足しげく通っていたようで、同業者にして大先輩でもある許さんからいろいろと意見をもらっているようだ。許さんも「こんな時代にレコード屋を始めた気骨のある若者」と、ブラッキーの事を気にかけている様子だった。許さん自身はあまり意識していないかもしれないが、Wien disk Shopの遺伝子はブラッキーのような次世代のレコード屋オーナーへと着実に受け継がれていると感じた。

台南のような、ただでさえレコードの需要が少ない地方都市で、CDの売り上げも落ちている中、Wien disk Shopやブラッキーの店がどうやってサヴァイブしていくのか興味深く見守っていきたいと思う。

(左から)許さん、ブラッキー、ビギー

 


~今回のオススメ台湾ミュージック~

LEO37 + SOSS “They Don't”

ブラジル出身・台北在住のプロデューサー、アドリアーノ・モレイラ(高飛)とトロント仕込みの台湾人ラッパー、LEO37によるコラボ曲(SOSS=アドリアーノ・モレイラの音楽ユニット)。エレピの効いた、アップテンポなサンバ・トラックとLEO37のアグレッシヴなラップが良くマッチしていて、これから夏にかけてお祭り気分を高めてくれる事間違いなしの祝祭感溢れる一曲だ。

 


SHOP INFORMATION

惟因唱碟(Wien disk Shop)
住所:台南市中西區中正路211號2樓
電話番号:+886 6 221 7106
営業時間:
金〜土 16:00-21:30
日:13:00-18:00
※月〜木は定休日
オフィシャルページ