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泣いちゃうよね

 アルバムは、曲ごしにキャロル・キングが望めるようなアコースティック・バラード“月がきれいですね”に始まり、細野晴臣のトロピカル路線と森高千里“ロックンロール県庁所在地”がイメージの元になっている楽しいナンバー“みちるの泰平洋航”、ノスタルジアを誘うメランコリックな秀曲“雨粒のワルツ”、サリー久保田と原“GEN”秀樹のリズム隊を加えたグルーヴィーなサウンドに乗って愛の言葉を囁く“私だけの人”、ビートルズ“Across The Universe”を彷彿とさせるスケール感の“ダブルアンコール”、他にもピチカート・ファイヴ“皆笑った”と南野陽子“話しかけたかった”のカヴァーが交わるなか、意表を突くのが伊秩弘将が詞曲を書き下ろした“サプライズ日和”。〈ちゃんとしっかり掴まえてなくちゃ婚活しちゃうよ〉なんてフレーズも飛び出すコミカルな曲調もアルバムに良いアクセントをもたらしているが、そもそもあのSPEEDなどを手掛けた名プロデューサーがどういうきっかけで曲を書くことになったのか!?

 「私が春までやっていたラジオ番組で“逆光”を流したとき、それをたまたま聴いてくださってたそうなんです。それで気に留めていただいたみたいで。その番組のあと、イックバルのライヴに1曲だけゲストで出たことがあったんですけど、歌い終えてステージを降りたら、袖にいた男性が話しかけてきたんです。失礼な話、そのときは伊秩さんだっていうことに気付かなかったんですけど、SPEEDのプロデューサーだった方って聞いてびっくりして。“サプライズ日和”は、アラサーの私にぴったりの曲だなって思います(笑)」。

 ラジオで耳にしてライヴを観に来た、曲だけで惹かれた、という伊秩弘将の衝動はとてもシンプルで純粋。いままでまったく接点のなかった作家との出会いは、星野みちるの活動の場をぐっと広げるきっかけになるかもしれないし、彼のような形で星野みちるの曲とたまたま出会って惹き付けられた、そんなエピソードもこれからもっと生まれそうな予感。1年前には厚い雲に覆われていた〈雨空〉に、いよいよ眩い星たちがみちる……か。

 「1年前はまさかアルバムが作れる日が来るとは思ってもみなかったですし、こんなに自分でたくさん曲を作る日が来るとも思っていなかったです。リリースできたら泣いちゃうよねって話をしてたぐらいなので、実際にいま、すごく感慨深いです。まだまだ新しい道を手探りでやっている状況ではあるので、みんなどう思ってくれるんだろう?っていうのは気になるところですけど、自信を持って突き進むしかないなと思ってやっています」。

 〈月がきれいですね〉は、夏目漱石が〈I love you〉をそう訳したという逸話があるロマンティックな言葉。いまの彼女にそう囁かれたら、〈君と見る月だからだろうね〉と答えたい。

関連盤を紹介。
上から、星野みちるの2019年のシングル“逆光”(よいレコード會社)、星野みちるが参加したブルー・ペパーズの2017年作『レトロアクティヴ』(HIGH CONTRAST/ヴィヴィド)、サリー久保田が在籍するSOLEILの2019年作『LOLLIPOP SIXTEEN』(ビクター)、飯泉裕子が在籍するmicrostarの2016年作『シー・ガット・ザ・ブルース』(HIGH CONTRAST/ヴィヴィド)、清浦夏実が在籍するTWEEDEESの2018年作『DELICIOUS.』(コロムビア)、辻林美穂の2019年作『ombre』(FLY HIGH)、細野晴臣の76年作『泰安洋行』(PANAM)、PIZZICATO FIVEの87年作『couples』、南野陽子の編集盤『ゴールデン★アイドル 南野陽子 30th Anniversary』(共にソニー)