ロックというテンプレートへの倦みを経た、新しいフォークロアの追求――。そうした野心的テーマを追求した前作『HEX』からわずか1年、ROTH BART BARONが放つニュー・アルバム『けものたちの名前』は、さらなる〈その先〉を見据えた充実作となった。

この間、各地ツアーを含む多数のライヴ演奏を通じて、サポート・メンバーを含めたバンドの紐帯とアンサンブルの強度はいや増し、演奏家としての圧倒的存在感を示し続けてきた彼らだが、昨今では、クラウドファンディングの積極的利用やFacebook上のファン・ページ〈PALACE〉などにおいて、新たなコミュニティー作りにも力を入れてきた。そんななかリリースされた本作は、(クラウドファンディング企画とふたたび連動する)めぐろパーシモンホールでのツアー・ファイナル公演を視野に入れ、これまでに増して雄大なスケール感を念頭に制作されたものだったという。

プレス資料に〈ROTH BART BARONの黄金比〉と記載される通り、『HEX』を経た彼らは、今一度自身のもっとも得意とする肉体性に溢れた壮大かつ幽玄なフォーク・ロックに照準を合わせたように見える。今も昔も、人間に引き継がれてきた〈けもの=獣性〉というものへの深い洞察によって達することになった地平は、ロックなどのポピュラー音楽における現在の閉塞的状況や、更には決して楽観的とは言えない社会的なイシューに対し、鮮烈な一撃を投げかけることとなった。バンドのフロントマン三船雅也にじっくりと話を訊いた。

ROTH BART BARON 『けものたちの名前』 felicity(2019)

 

10年代の最後に次を見据えるために

――前作『HEX』から1年ほどで今回の新作『けものたちの名前』の発表となりました。それまでのROTH BART BARONのリリース・ペースからするととても早いサイクルですね。

「前作リリース後にやりたいことがバッと出てきて、早く新作を作りたいなというモードになったというのがいちばん大きいです。それと、冷静に考えてみると、2010年代がもう終わるんだってことに気付いて。来年の2020年から大きく世界が変わっていくような予感があるなかで、10年代の最期に、次を見据えて新しいところに飛び込めるようなアルバムを作りたかったというのがありますね」

――前作のインタヴューで、自分の心を躍らせる曲がなかなか出来ない期間があった、とおっしゃっていましたが、そこから自身の意識もだいぶ変わってきたということでしょうか?

「そうですね。もっと自由に考えられるようになったと思います。前作では自分へのプレッシャーを強くかけていた感じなんですが、今回はリラックスして臨めました。

――創作面での充実に呼応するように、Facebookでのファン・ページ〈PALACE〉や、クラウドファンディング企画などを通じてのコミュニティー作りも上手く行っているように映ります。

「一般的にクラウドファンディングという仕組みもこなれてきて、ビジネス的選択肢のひとつとして実践するような流れもあると思うんです。でも自分たちは、予算的事情やレコード会社主導のタームへ依存しないペースで音楽を作る方法とか、リスナーと一緒にイヴェントを作り上げる体験とか、単純にバンドとファンのみんながやりたいことを実現するために使ってみよう、という発想ですね。

〈PALACE〉のメンバーたちがプラネタリウムでのライヴ・イヴェントを独自に企画立案して、セットリスト選定、グッズの作成、VJ映像の編集など美術面まですべて自前でチームとしてやってくれたんです。僕らとファン双方にとってお金に代えられない忘れがたい体験を、もっと豊かに作り出せる可能性が見えてきたなと思っています。そういう盛り上がりを感じとってくれたのか、チケットも数時間でソールド・アウトして……」

※2019年9月14日に開催した〈ROTH BART BARON’s Acoustic Live at 多摩六都科学館 プラネタリウムドーム〉
 

――通常のクラウドファンディング企画だと、お金を集めてリターンしたらそれ一回限りで終わってしまうけど、同時に〈PALACE〉という場があるおかげで、その後も双方向的にやりとりが生まれていく感じがとてもおもしろいな、と思います。

「まさにそうですね」

 

自分の深層へ潜り、他者と繋がる

――そういった風通しのよい環境が、今作に感じる開放的な空気とも繋がっているのかな、と思いました。

「そうかもしれないですね。『HEX』もがんばって自分的には風通しよく作ったつもりなんですけど、なんというか、分厚い壁に囲まれたシェルターで作っていた感じというか……。それに比べて今回は吹きさらしの大地(笑)」

――『HEX』はロックという固定的なテンプレートをどうやって超えていくかという音楽的テーマがあったと思いますが、今回はバンドがもっとも得意としてきたスケールの大きなフォーク・ロックのようなものを思い切りやった、という印象を受けました。

「初めはシンプルに作ろうと思ったんです。〈今の視点をもってニック・ドレイクの曲をやる〉みたいなイメージ……。『HEX』が外へ飛び出そうと藻掻きながら扉を開けていくようなアルバムだったとしたら、今回は自分の深層へいかに息継ぎなしに潜っていけるかを考えた作品だと思う。そしてその深度を突き詰めた結果、他人にも繋がっていく、というような」

――作曲は主にギターで?

「そう。以前はギターの快楽性みたいなところを遠ざけるような意識があったんですが、ふたたびギターで気持ちよく曲を作れるようになりました」

――ダーティ・プロジェクターズが2017年にセルフ・タイトルのアルバムを出して以降、ロック的な快楽を伴ったギター・サウンドから、エレクトロニックでノン・フィジカルなものへと世界的なトレンドが推移していった印象だったんですが、ここへ来てふたたび演奏の肉体性みたいなものへ回帰しつつあると思っていて。

「そうですね。テクノロジーが取り巻く環境という部分で明確な地域差が無くなっているし、結局肉体の歓びに勝るものはないんじゃないか、という感じになっている気がしますね」