周りとのズレがその人らしさ――25歳になった今だからこそのポジティヴさと、ゴスペル・マナーへのトライなど、変革の季節の到来を予感させる新作が到着!
明るく抜けた感じに
自分らしく、そして新しく。ラップを交えたヴォーカル、その心地良い低音の響きに強い意志を感じさせるシンガー・ソングライターのiriは、大沢伸一やtofubeatsら初顔合わせのコラボレーターを迎えたサード・アルバム『Shade』で新境地を切り拓き、2019年に大きな躍進を遂げた。
「2019年はサード・アルバムをリリースして、ツアーや各地のフェスに出演するなかで、リスナーが増えてきているのを実感しながら曲作りをしてきて。〈自分が追求するべき音楽って何なんだろう?〉とか、〈自分に一番合ったライヴのスタイルはどういうものだろう?〉とか、自分が音楽をより楽しむためにいろんなことを考えながら、今まで以上に自分と向き合った年でしたね」。
春と秋に開催した中国公演を含む2度のツアーと夏フェスでの精力的なライヴに加え、Sexy Zoneや私立恵比寿中学のアルバムへの楽曲提供や錚々たるアーティストが参加した『井上陽水トリビュート』で名曲“東へ西へ”のカヴァーを披露するなど、音楽制作もさらなる広がりを見せているが、そのマインドも刻々と変化を遂げつつあるようだ。
「『Shade』は、誰かに何かポジティヴなことを伝えなきゃいけない、力を与えなきゃいけないという思い込みから抜け出して、内面にあるやり場のない暗い部分や悲しみ、どうしたらいいのかわからない気持ちを形にすることで、自分の原点に立ち返った作品。ただ、私はずっと病んでる女子というわけではなく(笑)、楽しい曲も大好きだったりしますし、『Shade』のモードを経て、今はなるべく明るく抜けた感じの曲を作りたい気分なんです」。
ズレこそがその人らしさ
2019年によく聴いていたというNYハーレムを拠点とするラッパー、プリンセス・ノキアが放つエネルギーに触発されたのか、2020年を幕明けるニュー・シングル“24-25”は、25歳になった彼女が葛藤を抱えつつも、自分らしさを謳歌する明るくポジティヴな作品となった。
「25歳になった今、これまでを振り返ると、デビューからの3年はあっという間だったなという気持ちと、周りが結婚し出したりで、年を取る寂しさも感じているというか、24の年をどこか引きずっているところもあって。そうやって年を重ねていくなかで、人それぞれ、好みや趣味が違ったりという個性が出て、例えば、周りで流行っているモノでも、自分はそんなに惹かれないっていうことが起こったりする。以前の私はそのズレをネガティヴに感じたりもしていたんですけど、今はそのズレこそがその人らしさだとポジティヴに捉えられるようになったんです」。
iri作品の常連プロデューサーであるPistachio Studio所属のESME MORIと作り上げた楽曲は、軽快なクラップに誘われ、ピアノやオルガン、ホーンや昂揚感溢れるコーラスを散りばめたゴスペル・マナーのポップ・チューン。〈25歳〉という節目の年を迎えて心は揺れ動きつつも、そのサウンドは彼女の進化を加速させている。
「エモい云々ってことを意識せず走り切る、そんな曲を作りたかったということもあり、ゴスペルの要素を盛り込んだ曲にしたかったんです。ただ、私はジェニファー・ハドソンのようなゴスペルがルーツにあるシンガーが好きで、そういうシンガーの発声や声質に触れてきてはいたんですけど、ゴスペル・テイストの曲を作るのは初めての試みで。だから、どうすればそういう曲になるのか、楽しみながらコーラス・アレンジや使う楽器、その匙加減を考えていきました」。
イメージを壊したい
カップリングは、iriのライヴ・サポートを務め、YOSAと共にクラブ・イヴェント〈MODERN DISCO〉を主催するDJ/プロデューサーのTAARと作り上げた“SUMMER END”と『Shade』収録の新たな代表曲“Wonderland”のSeihoによるリミックス。アップリフティングな今作のタイトル曲に対して、こちらは彼女のエモーショナルな側面やクールな側面がフォーカスされている。
「Abema TVの恋愛リアリティショー(『恋愛ドラマな恋がしたい ~Kiss to survive~』)の主題歌に決まってから作りはじめた“SUMMER END”は若い男女の恋愛模様、夏の終わりの切ないラヴソングを構想していた時にリハスタでTARRくんのエモい恋バナを聞かされて、この曲を彼と作ることにしたんです(笑)。それから“Wonderland”のリミックスは、SoundCloudにアップされていた曲を私のデビュー前からよく聴かせてもらっていたSeihoくんに念願叶ってお願いできて。歌を切り刻むくらい好きにやってくれてよかったんですけど、楽曲への愛情を感じるクールなリミックスを仕上げてくれて。これを機に、彼とは一緒にオリジナルを作れたらいいですね」。
来たる4月から6月にかけて、自身最大規模の全国ツアーを控えているiri。ライヴにおいてはバンド形態から生み出されるダイナミクスや躍動感を楽曲に活かすべく試行錯誤を続けている彼女は、曲作りにおいても新たな試みを模索中だ。今回のシングル“24-25”は、ポジティヴに転じた心境の変化を瑞々しく伝える楽曲であると同時に、音楽面における変革の季節の到来を大いに予感させる作品でもある。
「これまでは、新しいことを形にする時にプロデューサーやアレンジャーに委ねる部分が大きかったんですが、そうやって生まれた曲は実際の私より真面目な、上品な印象を受けるんですよ。でも、レコーディング経験を積み重ねてきて、この先、自分がイメージする新しい方向性を自分主導で形にしていけたらいいなと考えていて。実際にやるかどうかは別として、極端に言えば、例えば、ボサノヴァとR&Bだったり、メタルとヒップホップであるとか(笑)、これまで培われたiriのキャラクター・イメージがいい意味で壊れるような新しい曲を作ろうと構想中なんです」。
関連版を紹介。
左から、プリンセス・ノキアの2018年作『A Girl Cried Red』(Rough Trade)、ESMEの2012年作『the butterscotch sessions』(POPGROUP)、ジェニファー・ハドソンの2014年作『JHud』(RCA)、Seihoの2016年作『Collapse』(Leaving)