ベン・ワットを聴いてた
――このアルバムを作った時、ベン・ワットは19歳。思春期のナイーヴさが伝わってくるような作品ですよね。そういえば、サニーデイ・サービスに“ベン・ワットを聴いてた”(2016年作『DANCE TO YOU』収録曲)という曲があります。あれはやはり『North Marine Drive』を聴いていたんですか?
「そう、どこか海の方に行ってね。そこで車を停めて、カーステであのアルバムを聴きながら曲を書いた。当時、車にはいつもCDが置いてあったんです」
――その時、自分が置かれていた状況と『North Marine Drive』の世界との間に通じるものがあった?
「うん。海の寂しさと、この先に何かとてつもないものが開けている可能性。でも、冷たい波が来るその厳しさも感じながら、そこに佇んでた気持ちを歌にした」
――いつ聴いても今の気持ちにフィットする歌。まさに人生のサウンドトラックですね。
「ほんと不思議なアルバムですよね。この不思議さは言葉にできない」
――サウンド的にはどんなところが特徴ですか?
「結構リズミックなアルバムなんですよね。リズム・ボックスとかパーカッションも軽く入っている。エレキの指弾きなんですけど、ジャジーでディレイがかかってて、それがリズムになっていく」
――お父さんがジャズ・ミュージシャンということもあって、ジャズの影響は感じますね。ボサノヴァっぽい雰囲気もある。
「そういった要素は『Eden』(エヴリシング・バット・ザ・ガールが84年に発表したファースト・アルバム)のほうがたくさんありますよね。
『North Marine Drive』はニック・ドレイク『Pink Moon』(72年)みたいに個人的な作品だと思います。トレイシー・ソーンの『A Distant Shore』(82年に発表したファースト・ソロ・アルバム)にも、そういうところがあって好きですね」
エヴリシング・バット・ザ・ガールの音楽に宿るポスト・パンクの魂
――2人ともそういった内省的な作品を作りつつ、一緒にやると空気が変わるんですよね。
「ポップスになるからね。〈売っていこう〉っていう気持ちがあるバンドだから。アメリカに進出もしていくわけだし」
――アメリカン・ポップスへの憧れも抱いてましたよね。中期の頃はオーケストラ・サウンドを取り入れたりして。
「その頃、エヴリシング・バット・ザ・ガールの来日公演を観に行ったら、おしゃれなカップルがいっぱい来ていた。
売れてる頃も聴いてはいたけど、個人的には久し振りに出した〈哀しみ色の街(Walking Wounded)〉(96年)がとても良いと思った。『North Marine Drive』と〈哀しみ色の街〉はベン・ワットの作品のなかで群を抜いますね」
――〈哀しみ色の街〉はドラムンベースのビートを取り入れて話題になったアルバムですね。
「ドラムンベースを取り入れたことで、すごく無機質になって『North Marine Drive』に戻った感じがありますね。で、トレイシー・ソーンの歌もすごい良い。ほんと名盤」
――ドラムンベースを取り入れたのは正解だった?
「エイフェックス(・ツイン)とかスクエアプッシャーとかも良かったけど、エヴリシング・バット・ザ・ガールがポップスに取り入れるのは新しいし面白いと思いました。
その前まではビッグバンドとかオーセンティックなことをやってたから、ポスト・パンクの魂が戻ってきたなって思った」