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ここに強烈な匂いを放つ音がある

君は匂いを嗅ぐことは好きか?

俺は大好きだ。ちょっとくらい、くさいくらいがちょうどいい。自分の体の嫌らしい部分の匂いを嗅ぎ始めると止まらないし、女の子の体から湧き立つ匂いを嗅いだら欲情するに決まってるし、10代のスピリットの匂いは何度嗅いでも胸が騒ぐ。ムラート・アルビーノ・モスキート・マイリビドー。〈匂わせ〉なんかどうでもいいから、おまえの匂いを嗅がせてくれよ。おまえの甘い場所。それだけ俺にくれよ。

ここに、臭気を宿した音がある。強烈な匂いを放つ音がある。自らを〈腫瘍〉と呼ぶ、フロリダ生まれで茶黒い肌の生き物が、〈拷問された心に続く天国〉と題された新作を解放した。この生き物、ショーン・ボウイ(Sean Bowie)の名と共に生を受け、今ではイヴ・トゥモアと名乗る生き物の、5枚目のアルバムが放つ匂いの成分分析を今から試みる。

匂いには良し悪しも好き嫌いもあるだろう。例えば俺は納豆やキムチのモワモワした臭みは好きだが、酢や乳製品のツンとした匂いは嫌いだ。自分の放屁の匂いは嫌いではないが、糞の匂いは全然好きじゃない。好みのうるさいあなたがたのために、ネット・ピープルの奴隷たるワタクシが、先陣を切って毒味をさせていただこうというわけだ。

 

キャッチーでいかがわしい、グラマラスなロック

まさかそんなものを〈作品〉に求めている人間はいないだろうが、念のため言っておくと、ここには実験精神もなければ、セールス戦略もないし、ましてや自由への意志もない。あるのはエレガンス。ただそれだけだ。

エレガンスとはなにか。低俗の中に高貴を、汚穢のなかに甘美を、異臭のなかに蠱惑を見いだすこと。境界侵犯の達人、ジェンダーとポップの枠組を破壊したインダストリアルの先駆者、ジェネシス・P・オリッジ(RIP!)から受け継いだエレガンスを、イヴ・トゥモアは『Heaven To A Tortured Mind』の中で思い切りぶちまけている。

『Heaven To A Tortured Mind』収録曲“Romanticist”“Dream Palette”

エレクトロニックとインダストリアルとヒップホップとチルウェイヴとノイズを行き来する〈名付け得ぬ音楽〉を作り続けてきたイヴ・トゥモアは、下世話なほどの〈ロック〉を纏って、我々の前に再度現れた。前作『Safe In The Hands Of Love』におけるマッシヴなビートと歌の強調も印象深い変化だったが、今作には4ビートのドラミングがあり、歪んだギターのソロがあり、爬虫類めいた歌声がある。紛う事なきロック・サウンドである。それもキャッチーでいかがわしい、グラマラスなロックだ。

記憶にこびりつくキャッチーさは、リズミカルな韻律の使用と、メロディアスなフレーズをリフレインさせるベース・プレイに由来する。ベースの音がクリアに聴こえるのは、本作の聴き逃しがたい特性だろう。