スタンダードジャズの脱構築、異世界のアメリカーナ。
ローライダーのごとく〈カスタマイズ〉せよ、伝統を。
LA出身のサックス奏者サム・ゲンデルが、〈Nonesuch Records〉から、新譜『Satin Doll』をリリースした。多くの人に知られたジャズ・スタンダードのカヴァー・アルバムだが、ソロの応酬やアンサンブルといった旧来のジャズ的要素は希薄で、聴こえるのは、音響的に加工されたサックス、ピッチベンドされたハーモニー、エレクトリックなパーカッション、サンプリングされた声など、ヒップホップ世代以降の感性で作られたフューチャリスティックでサイケデリックな音風景が広がる。
サムにはジャンルを超えて、多彩なアーティストとの共演歴がある。例えば、ルイス・コールとは大学時代に知り合い、Vampire Weekendのエズラ・クーニグ、Grizzly Bearのクリス・テイラー、サム・アミドン、ライ&ヨアキム・クーダー親子、カルロス・ニーニョらといった具合に多くのアーティストの信頼も厚い。
日本とも関係が深く、〈FESTIVAL de FRUE 2018〉参加で注目を集めると、日本でMV撮影も監修したようだ。直近では別名義のプロジェクトFresh Bread『Voice Memos』をネット上で発表したばかりの彼にメールインタヴューを行った。
――サックスを始めたきっかけについて、独学やレッスンを受けたことがあれば教えてください。
「特に理由はなかったけれども、11歳のとき、サックスをやりたいと思い、始めたんだ。地元で何人かの先生についたけれど、独学で多くのことを学んだね。ただただ、演奏するのが好きだったんだ」
――同時に、ヒップホップやロックなど、多様な音楽に耳を傾け、影響を受けていると感じます。
「ジャンルという人工的なアイディアに縛られる理由がわからない。ジャンルなんてものは存在せず、サウンドがあるだけだと思う。サウンドに注意を払って、気がついたこと、それをサウンドを通して表現したんだ」
――LAのジャズシーンはどんな感じでしょう?
「自分は特にそのシーンに関わっているとは思わないので、よくわからないかな」
――最新アルバム 『Satin Doll』は老舗レーベルの〈Nonesuch Records〉から出ましたね。独特なカヴァーアルバムですが、そのコンセプト、あるいはレコーディングの過程について教えてください。
「〈Nonesuch Records〉から、アルバムのアイデアが何かあるかどうか聞かれ、すぐさまイエスと答えた。その日のうちに、アイデアを思いついたのでね。メンバーには、フィル・メランソン(エレクトリック・パーカッション)と、ゲイブ・ノエル(エレクトリック・ベース)がすぐにひらめいた。そして、ためらうことなく、この作品を完成させたね」
――〈Nonesuch Records〉とも関係の深い、ライ・クーダーとの話を聞かせてください。
「ある日の午後に彼から誘われ、その夜のハウスパーティーで演奏したんだ。ライの息子のヨアヒムともその夜知り合った。それからすぐにライと演奏をし始め、数ヶ月後には一緒にツアーをしていた。それは偶然であると同時に、全くもって自然なことだった」
――スタンダードジャズ中心となった新作の選曲プロセスを教えてください。“In A Sentimental Mood”は〈FESTIVAL de FRUE 2018〉での演奏が印象に強く残りましたが今回収録されてます。また、ブラジル音楽のエルメート・パスコアルの“O Ovo”を選んだのは興味深いです。
「事前に決めていた曲は“In A Sentimental Mood”と“Satin Doll”だけで、3日間のレコーディング中にその場で選曲をした。エルメートの曲は大好きな曲で、その場で思いつくや否や、すぐに録音したね」
――“Goodbye Pork Pie Hat”では、電子エフェクトをかけた人間の声らしきものが聞こますが、歌手名の記載はありません。一方で、2017年作品の『4444』では歌っていましたが。
「あれは人間の声じゃなくて、コンピュータで作った声なんだ。 ゲイブがジョニ・ミッチェルの歌詞をソフトウェア・プログラムに打ち込んで、MIDIキーボードを使ってライヴで演奏したんだけど、そのオーディオ入力は僕がその場でペダルボードで操作し、それをチューブ・レコーディング・コンソールへ送ったんだ。それは美しくて最高に笑える瞬間だったね。
自分は優れた歌手だと思ってないので、最近は歌ってない。自分の声を使用することもあるけど、歌とは違った手法を用いてるんだ」
――YouTubeに上がっている“Satin Doll”のMVは日本で撮影されたものですね。“Afro Blue”のMVにも登場していますが、アンティークの車にはどのような意味があるのでしょう?
「映像の視覚的要素は、東京であるべきだと思っていた。それは自分の中では理にかなっていたね。車は、千葉県のBEAST CAR CLUBに貸してもらったけれど、とてもクールな人達だった。ローライダーは、カスタマイズされた車のこと。そこには個性的でクリエイティヴな表現がある。一方、『Satin Doll』は、昔の曲をカスタマイズしている。共通点があるんだ」
――日本のオーディエンスにメッセージをお願いします。
「聴いてくれてありがとう!」
サム・ゲンデル (Sam Gendel)
ロサンゼルスを拠点に活躍する、新進気鋭のマルチ・インストゥルメンタリスト/プロデューサー/シンガーソングライター。先進的ジャズ・トリオ、Ingaのリーダーとして注目を集める。ジャズという範疇を超え、ヒップホップやサイケデリックなど幅広い音楽性を取り込みながら自由にサウンドスケープを創り上げている。