©ANTON CORBIJN

U2020年に効く『All That You Can't Leave Behind』

 U2の名盤は? と問われて多くの人が真っ先に思い浮かべるのは、アイコニックなジャケで知られる『War』(83年)だろうか、あるいは最大のセールスを記録した『The Joshua Tree』(87年)だろうか。オルタナやダンスに傾く時代の空気に呼応した『Achtung Baby』(91年)や、グラミーで2度目の〈年間最優秀アルバム〉に輝いた『How To Dismantle An Atomic Bomb』(2004年)などを挙げる人もいるだろう。もちろん、80年に世界デビューを果たしてからキャリアを通じて長い成功を収め続けている稀有なバンドだけに、受け手の世代や接したタイミングによって捉え方が多面的なのは当然だとして、その忘れられないひとつに2000年代の幕開けを飾った『All That You Can't Leave Behind』があるのは間違いない。

U2 『All That You Can't Leave Behind: 20th Anniversary Edition』 Island/ユニバーサル(2020)

 2000年10月30日にリリースされたその『All That You Can't Leave Behind』は、ダニエル・ラノワとブライアン・イーノをプロデュースに迎えて展開したストレートなバンド・サウンドが支持され、世界32か国でNo.1を獲得したモンスター・ヒット作である。U2の新たなアンセムとなった先行シングルの“Beautiful Day”は翌2001年のグラミーで〈年間最優秀レコード〉〈年間最優秀ソング〉の主要2部門を獲得し、さらに2002年の同賞でも“Walk On”が〈年間最優秀レコード〉を連続受賞。アルバム自体も〈最優秀ロック・アルバム〉部門に輝いているが、同一アルバムが〈年間最優秀レコード〉が2つ生んだ例は後にも先にもなく、まさに記録的な一枚というわけだ。そんな金字塔がこのたび〈20th Anniversary Edition〉としてリマスターされ、最大5枚組のボックス仕様でリイシューされた。そんな大仰さからもバンド史における本作の位置付けは伝わろうが、そうした記録上の重みだけじゃない部分に『All That You Can't Leave Behind』の魅力はある。

 

バンドへの回帰

 アルバムがもともと『U2000』と題されていたことを思えば、新しいミレニアムに向かうバンドが心機一転する役割をこの作品にあらかじめ与えていたのは明らかだろう。90年代式U2は、時代の混沌やトレンドの変化を落とし込んだ『Achtung Baby』に始まり、ジ・エッジ(ギター)のソロ作が発展する形でフラッドと作り上げた『Zooropa』(93年)、フラッドやハウイ・Bとさらなるバンドの脱構築を推進した『Pop』(97年)と意欲的なアルバムを連発し、ポスト・パンク時代の硬派なロック・バンドというイメージから完全に脱却した。

 サウンド的には、ブライアン・イーノと組んだパッセンジャーズ名義の『Original Soundtracks 1』(95年)も含め、同時代のブレイクビーツやテクノ、トリップホップに刺激を受けたエレクトロニックな作風に傾倒していた時期ということになる。スタジアム単位に肥大化した大がかりなセットを伴うツアーや、そこでトリックスターを演じるようなボノ(ヴォーカル)の振る舞いが印象に残っているという人も多いはずだ。ボノとエッジは映画「007 ゴールデンアイ」(95年)の主題歌をティナ・ターナーに提供、アダム・クレイトン(ベース)とラリー・マレンJr(ドラムス)も映画「ミッション:インポッシブル」(96年)のテーマを手掛けるなど、各人の多方面での活躍もU2というバンドの世界を振り幅の広いものにした。

 ただ、90年代を通じての拡大志向と脱バンド・フォーマットの試みは、『Pop』とそれに付随する〈PopMart Tour〉でピークに達してしまった。東京~大阪のドーム公演も含むツアーの過程でメンバーたちは反動的にシンプルなバンド演奏に志向を定め、ツアー終了後には次のアルバムに向けて動きはじめている。新展開にあたって彼らが選んだのはブライアン・イーノ、そしてダニエル・ラノワとのリユニオンだ。この両名が揃ってプロデュースしたU2のアルバムは、『The Unforgettable Fire』(84年)と先述の『The Joshua Tree』『Achtung Baby』以来となる4枚目。98年後半にバンドはイーノとラノワを交えて地元ダブリンのハノーバーキーにスタジオ入りし、曲作りをスタートした。

 そうやってバンドで一緒にやることの根本に立ち返ったアプローチは、アルバムの方向性そのものに直結するものだが、途中にはボノ製作の映画「ミリオンダラー・ホテル」のサントラのためにボノとイーノ&ラノワが不在になるという時期もあり、もともと99年内の完成をめざしていたアルバム制作は大きくズレ込んでいくことになる。

 ただ、先に組んだツアーに間に合わせるために駆け足で完成させてしまったという『Pop』への反省から、彼らは期限を優先することはしなかった。99年の夏には南フランスでボノとエッジが住まう家の近くにアダムとラリーも家を購入し、現地でレコーディングを継続。一部のプロダクション/ミックスには長年U2をプロデュースしてきた名匠スティーヴ・リリーホワイトも関与し、最終的にアルバムが完成したのは2000年に入ってからだった。

 

置き去りにできない経験

 リリースと同時にいわゆる〈トラディショナルなU2サウンドへの原点回帰〉という高い評価をもって歓迎された『All That You Can't Leave Behind』であったが、彼らがそのまま90年代の実験サウンドから伝統的なバンド演奏に立ち返ったとかいう単純な話ではない。80年代のメロディックかつストレートな作風も、90年代の実験を経たからこその技法もニュアンスもここには内包されている。先行シングルでアルバムの幕開けを飾る“Beautiful Day”からしてドラムマシーンとシーケンサーのパートとダイナミックな演奏の緩急で聴かせる出来だし、“Elevation”もエフェクティヴなループで牽引するダンス・ロック。ソウルフルな“In A Little While”やどことなくデヴィッド・ボウイ風な“New York”もドラム・ループをアクセントにしていて、当然これまでやってきたことを否定したわけでもない。

 フランスのシャルル・ド・ゴール国際空港で撮影されたアートワークは彼らが次の旅に出たことを示唆するものだが、アルバムの成り立ちに準えて言えば、スーツケースの中には置き去りにできない経験が詰まっていたということだろう。つまり彼らは、20年に渡る経験をすべて調和したシンプルな大人のロック・サウンドによってU2の本質を改めて世に示したというわけである。

 全英1位を記録した“Beautiful Day”に続いて本作からシングル・カットされたのは、そのままアルバム2曲目に収まる“Stuck In A Moment You Can't Get Out Of”(全英2位)。これは97年に37歳の若さで死を選んだマイケル・ハッチェンス(インエクセス)に親友のボノが捧げた楽曲で、ゴスペル風味のスワンピーな仕上がりが何とも温かい。3枚目のシングル“Elevation”は、映画「トゥームレイダー」の主題歌にもなって全英3位のヒットを記録。そのタイトルを冠した北米~欧州ツアー〈Elevation Tour〉は2001年3月にスタートし、前ツアーよりも小規模のアリーナなどを中心に113公演が行われた。

 そんなツアーの最中に起こったのが〈9.11〉だ。ボノがエイズ治療/研究基金を募るべく10月に発表した豪華アーティストのチャリティー曲“What's Going On”(ワイクリフ・ジョンが共同プロデュース)も急遽テロ犠牲者の家族支援に収益の半分を贈るほどの事態となったが、11月にU2がアルバムから発表した最後のシングルこそ“Walk On”である。そもそもは当時ミャンマーの軍事政権下で自宅軟禁中だったアウンサンスーチーを支援する意図でアルバムに収められていた曲ながら、〈Stay Safe Tonight〉を願う内容はテロ後の不安に苦しむ人々にポジティヴな前進を促す歌となった(チャリティー盤の『America: A Tribute To Heroes』にも収録)。その後のミャンマー状勢を巡る諸々はまた別の話として……こうした楽曲に顕著なU2のメッセージは昨今の世界的な状況においても機能する普遍的なものではないだろうか。

 今回の〈20th Anniversary Edition〉では当時のボーナス・トラック“The Ground Beneath Her Feet”も含む全12曲が新たにリマスター。アントン・コービンのフォトブックなども付いた51曲入り5CDの〈スーパー・デラックス〉版はさらに豪華すぎる仕様で、まず〈B-Sides/Out-takes/Alternatives〉と題されたDisc-2には、各シングルのB面曲やサントラ『The Million Dollar Hotel』収録曲、そして限定的な形で配信されたこともある3つの蔵出し曲がまとめられている。ライヴ音源のDisc-3~4は〈Elevation Tour〉から2001年6月6日に行われたボストン公演の模様を収めたもの。そして〈Remixes〉のDisc-5は本編から生まれた11のリミックスを集めたもので、ダブリンのジョニー・モイ&レオ・ピアソンを筆頭に、ポール・ヴァン・ダイクやオークンフォルド、ナイトメアズ・オン・ワックス、ジョン・カーターらが手腕を発揮しているが、ワイクリフの仕事を含む4ヴァージョンが完全未発表というのも貴重だろう。ともかく、20年前から親しんできたリスナーもこれで初めて知るという人もこの機会に堪能しておきたい名盤である。

ブライアン・イーノ&ダニエル・ラノワが揃ってプロデュース参加したU2のアルバム。

 

関連盤を紹介。

 

置き去りにできないものすべてにまつわる、合わせて聴いておきたいもののいくつか

VARIOUS ARTISTS 『The Million Dollar Hotel』 Island(2000)

ボノの原案をヴィム・ヴェンダースが監督した映画「ミリオンダラー・ホテル」のサントラ。ハル・ウィルナーが総合プロデュースを手掛け、U2曲のほか、ラノワ&イーノを含むMDHバンドの演奏で主演のミラ・ジョヴォヴィッチやボノらが歌う。『All That You Can't Leave Behind』の前哨戦のような趣だ。

 

MICHAEL HUTCHENCE 『Mystify -A Musical Journey With Michael Hutchence』 UMe(2019)

“Stuck In A Moment You Can't Get Out Of”は、97年に急逝した親友のマイケル・ハッチェンス(インエクセス)に捧げられたゴスペル風味のダウン・ホームな名曲。ボノが客演したマイケルのソロ作『Michael Hutchence』(99年)は廃盤だが、彼の生涯を追ったドキュメンタリーのサントラとなる本作をぜひ。

 

JOHNNY CASH 『The Fabulous Johnny Cash』 Columbia(1958)

80年代に共演を試みた後、『Zooropa』収録の“The Wanderer”でリード・ヴォーカルに招かれていたジョニー・キャッシュ。U2は“Elevation”のB面で彼の“Don't Take Your Guns To Town”をカヴァーしたが、御大もまさに同時期の『American III: Solitary Man』にてU2の“One”を取り上げていた。

 

PAUL OAKENFOLD 『Sunset At Stonehenge』 New State(2019)

ハッピー・マンデーズで成果を上げたロック×ダンス仕事の先駆け的なDJで、“Lemon”(92年)以降のリミックスでU2のフロア戦略を援護してきた重鎮。今回の5CDでトランス“Beautiful Day(The Perfecto Mix)”が聴けるほか、この近作でものっけからU2の“Love Is All We Have Left”をプレイしている。

 

DANIEL LANOIS 『Shine』 Anti-(2003)

『All That You Can't Leave Behind』ではカントリー調の“Wild Honey”などの味付けに自身の色を見せるラノワ。近い時期に出たこのソロ作では、エミルー・ハリスらを交えて簡素なフォーク/カントリーを聴かせた。サントラ『The Million Doller Hotel』からボノとのコラボ“Falling At Your Feet”も収録。

 

THE DETROIT EMERALDS 『I Think Of You:The Westbound Singles 1969-75』 Kent/Ace(2017)

意外にも“In A Little While”ではこのソウル・グループの“You're Gettin' A Little Too Smart”(73年)という超定番ネタを重ねている。誰のアイデアかは不明だが、その“In A Little While”にのみ関わったビフコは翌年アイリッシュ女性グループのベルファイアに“All I Want Is You”をカヴァーさせていた。

 

WYCLEF JEAN 『The Carnival』 Ruffhouse/Columbia(1997)

“Walk On”のリミックスが今回のリイシューで蔵出しされたワイクリフは、フージーズを経て当時イケイケだったエクレクティックな才人。99年にボノをフィーチャーしたシングル“New Day”を発表し、ボノ制作のチャリティー・ソング“What's Going On”にも助力するなど、この頃は何かと縁があった。

 

VARIOUS ARTISTS 『Angelheaded Hipster: The Songs Of Marc Bolan & T. Rex』 BMG(2020)

最近のU2音源といえば、このマーク・ボランのトリビュート盤でエルトン・ジョンと披露した“Get It On”。2001年にはサントラ『Moulin Rouge』でボノが“Children Of The Revolution”を歌っていたものだが、こちらは『The Million Dollar Hotel』などで組んだハル・ウィルナー最後の大仕事という重みもあり。

 

INHALER 『We Have To Move On/Ice Cream Sundae』 Polydor(2020)

直接は関係ないけど……ダブリンから登場した若手バンド、インヘイラーのフロントマンを担うのは、U2『Songs Of Experience』のジャケにも写っていたボノの愛息イライジャ・ヒューソン! こちらの7インチなどまだまだ音源は少ない段階ながら、今後の飛躍には大いに期待できそうだ。