置き去りにできない経験
リリースと同時にいわゆる〈トラディショナルなU2サウンドへの原点回帰〉という高い評価をもって歓迎された『All That You Can't Leave Behind』であったが、彼らがそのまま90年代の実験サウンドから伝統的なバンド演奏に立ち返ったとかいう単純な話ではない。80年代のメロディックかつストレートな作風も、90年代の実験を経たからこその技法もニュアンスもここには内包されている。先行シングルでアルバムの幕開けを飾る“Beautiful Day”からしてドラムマシーンとシーケンサーのパートとダイナミックな演奏の緩急で聴かせる出来だし、“Elevation”もエフェクティヴなループで牽引するダンス・ロック。ソウルフルな“In A Little While”やどことなくデヴィッド・ボウイ風な“New York”もドラム・ループをアクセントにしていて、当然これまでやってきたことを否定したわけでもない。
フランスのシャルル・ド・ゴール国際空港で撮影されたアートワークは彼らが次の旅に出たことを示唆するものだが、アルバムの成り立ちに準えて言えば、スーツケースの中には置き去りにできない経験が詰まっていたということだろう。つまり彼らは、20年に渡る経験をすべて調和したシンプルな大人のロック・サウンドによってU2の本質を改めて世に示したというわけである。
全英1位を記録した“Beautiful Day”に続いて本作からシングル・カットされたのは、そのままアルバム2曲目に収まる“Stuck In A Moment You Can't Get Out Of”(全英2位)。これは97年に37歳の若さで死を選んだマイケル・ハッチェンス(インエクセス)に親友のボノが捧げた楽曲で、ゴスペル風味のスワンピーな仕上がりが何とも温かい。3枚目のシングル“Elevation”は、映画「トゥームレイダー」の主題歌にもなって全英3位のヒットを記録。そのタイトルを冠した北米~欧州ツアー〈Elevation Tour〉は2001年3月にスタートし、前ツアーよりも小規模のアリーナなどを中心に113公演が行われた。
そんなツアーの最中に起こったのが〈9.11〉だ。ボノがエイズ治療/研究基金を募るべく10月に発表した豪華アーティストのチャリティー曲“What's Going On”(ワイクリフ・ジョンが共同プロデュース)も急遽テロ犠牲者の家族支援に収益の半分を贈るほどの事態となったが、11月にU2がアルバムから発表した最後のシングルこそ“Walk On”である。そもそもは当時ミャンマーの軍事政権下で自宅軟禁中だったアウンサンスーチーを支援する意図でアルバムに収められていた曲ながら、〈Stay Safe Tonight〉を願う内容はテロ後の不安に苦しむ人々にポジティヴな前進を促す歌となった(チャリティー盤の『America: A Tribute To Heroes』にも収録)。その後のミャンマー状勢を巡る諸々はまた別の話として……こうした楽曲に顕著なU2のメッセージは昨今の世界的な状況においても機能する普遍的なものではないだろうか。
今回の〈20th Anniversary Edition〉では当時のボーナス・トラック“The Ground Beneath Her Feet”も含む全12曲が新たにリマスター。アントン・コービンのフォトブックなども付いた51曲入り5CDの〈スーパー・デラックス〉版はさらに豪華すぎる仕様で、まず〈B-Sides/Out-takes/Alternatives〉と題されたDisc-2には、各シングルのB面曲やサントラ『The Million Dollar Hotel』収録曲、そして限定的な形で配信されたこともある3つの蔵出し曲がまとめられている。ライヴ音源のDisc-3~4は〈Elevation Tour〉から2001年6月6日に行われたボストン公演の模様を収めたもの。そして〈Remixes〉のDisc-5は本編から生まれた11のリミックスを集めたもので、ダブリンのジョニー・モイ&レオ・ピアソンを筆頭に、ポール・ヴァン・ダイクやオークンフォルド、ナイトメアズ・オン・ワックス、ジョン・カーターらが手腕を発揮しているが、ワイクリフの仕事を含む4ヴァージョンが完全未発表というのも貴重だろう。ともかく、20年前から親しんできたリスナーもこれで初めて知るという人もこの機会に堪能しておきたい名盤である。
ブライアン・イーノ&ダニエル・ラノワが揃ってプロデュース参加したU2のアルバム。
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