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岡村詩野の3枚

『Nuclear War』(2002年)
『Speeding Motorcycle』(1990年)
『Yo La Tengo Is Murdering The Classics』(2006年)

オリジナル曲がどれも素晴らしいことを前提にして、一方で極めて多いカヴァー曲の中でも特に好きなものを選びました(本来であれば3作品にジェイムズ・マクニューの〈Dump〉によるプリンスのカヴァー・カセットが入りますが)。というか、ヨ・ラ・テンゴにとってオリジナルもカヴァーもないんだと思います。元のアーティストへ敬意があるのは当然としても、一度自分たちに手繰り寄せたらそれはもう自分たちの音楽になる……その自由さが大衆音楽の醍醐味でありスリルであることを彼らはよくわかっている。だから、彼らのカヴァーは、例えボブ・ディランやレイ・デイヴィスのようなビッグ・ネームであっても最終的にヨ・ラ・テンゴでしかない、ヨ・ラ・テンゴ以外の何者でもないという仕上がりになるのだと思います。逆にヨ・ラ・テンゴの曲をカヴァーするアーティストが意外に少ないのは、それだけヨ・ラ節を切り崩すのが難しいからかもしれません。あんな調子でいつも飄々としてはいるものの、彼らの曲は結構頑固なんだと思います。

それにしても、渋谷の小さなライブハウスで観客が数えきれるほどしかいなかった初来日公演を観た時、あるいはホーボーケンという町の名前を彼らの存在で初めて知った時、よもや約30年後、ここまでの存在になるとは思っていませんでした。稀有な、本当に稀有なロック・バンドだと思います。

2002年作『Nuclear War』収録曲“Nuclear War (Version 1)”。『Nuclear War』はサン・ラーのカヴァーEP

 

柴崎祐二の3枚

『Ride The Tiger』(1986年)
『And Then Nothing Turned Itself Inside-Out』(2000年)
『Fade』(2013年)

ごく初期のみ参加していたギタリスト、デイヴ・シュラム(2015年の『Stuff Like That There』で一時復帰)が率いるオルタナ・カントリー風バンド、シュラムスをヨ・ラ・テンゴよりも先に聴くというかなり変わったリスニング遍歴をもっている私なので、しぜん、彼のプレイが聴けるファースト・アルバムに思い入れがあります。まだ〈普通の〉オルタナ・ロック・バンド然とした楽曲も初々しい(といいつつ、既にどこかに老成が漂っていますが)。2曲目でキンクスの渋曲“Big Sky”をカヴァーしていて、いっぺんに〈あ〜、このバンドは絶対に信頼に足る人たちだ〉と勝手ながら強いシンパシーを抱くことにもなりました。ロバート・クワインやリチャード・トンプソンを思わせるシュラムのトリッキーなギターがたまりません。

86年作『Ride The Tiger』収録曲“Big Sky”。キンクスのカヴァー・ソング

ソフト・サウンディングなアンサンブルの中に、変質したアメリカン・ウェイ・オブ・ライフの空虚と甘い腐敗臭(それは例えようもなく美しくもありますが)をリリックのみならずサウンド自体から漂わすという、私個人が最も尊いと思うヨ・ラ・テンゴならでは魅力は、『And Then Nothing Turned Itself Inside-Out』において完成したのではないかと思っています。本作を聴くたび、たとえば「マルホランド・ドライブ」とか「ドニー・ダーコ」とか「ストーリーテリング」とか、同時期のアメリカ映画にあった特有の空気感を思い出してしまったりも。今回の再発で光栄にもライナーノーツを担当させていただいたので、是非そちらも参照いただければ嬉しいです。

『Fade』がリリースされた年、2013年の〈FUJI ROCK〉での彼らのステージは今でも鮮烈に焼き付いています。めちゃくちゃに広いGREEN STAGEの真ん中に三人で寄り合うようにちょこんと陣取って、粛々と(だが静かに内燃するように)演奏を続けていく彼らの姿に、〈あ〜、このバンドを信頼してきてよかった〉とまたしても勝手ながらの感慨に浸ってしまったのでした。アルバムの内容も、円熟期の幕開けという感じで実に素晴らしいですね。

 

澤田裕介(ディスクユニオン新宿インディ・オルタナティヴロック館)の3枚

『I Can Hear The Heart Beating As One』(1997年)
『And Then Nothing Turned Itself Inside-Out』(2000年)
『The Sounds Of The Sounds Of Science』(2002年)

結成から35年以上にわたりインターバルを殆ど空けずにクォリティーの高い作品をリリースし続けてきている彼らの膨大なディスコグラフィーのなかからお気に入り作品を3枚に絞るのはなかなか難しい。

初期の歪なガレージ・サウンドの曲のなかにも好きな曲は多くあるし、同時代のオルタナ系のギター・バンドのサウンドと共振する90年代中盤の2枚(『Painful』と『Electr-O-Pura』)も捨てがたいし、2000年代以降のヴァラエティーに富んだ音楽スタイルを取り入れたアルバムもどれも思い入れがあるし、透明度がさらに増してスッと染み渡る『Fade』以降の近作も好きだし、彼らならではの選曲センスとアレンジ・センスがグッとくるカヴァー集もどれも好きだ。

でも、断腸の思いで絞るとするならばリアルタイムで聴き始めた90年代終盤から2000年代のあたまにリリースされた『I Can Hear The Heart Beating As One』と『And Then Nothing Turned Itself Inside-Out』の2枚は外すことができない。

 

自分にとっては〈That Summer Feeling〉ならぬ〈That Autumn Feeling〉な思い入れのある曲“Autumn Sweater”が収録されている『I Can Hear The Heart Beating As One』はリリースから20年以上経った今でも夏の終わりから秋が深まってくる季節に聴くことが多いし、『And Then Nothing Turned Itself Inside-Out』は内省的なサウンドのアルバムだけど夏の夜の時間帯に聴くことが多いアルバムで、最終トラックの“Night Falls On Hoboken”は18分近くある長尺曲で寝る前に再生すると後半のサウンドスケープのパートで心地良過ぎて最後まで辿り着かず寝落ちしてしまったことも多い。

97年作『I Can Hear The Heart Beating As One』収録曲“Autumn Sweater”

 

もう1枚選ぶとしたらヨ・ラ・テンゴのなかでも異色の海洋生物のドキュメンタリー映画のサントラでオフィシャルサイト限定販売のインスト・アルバム、『The Sounds Of The Sounds Of Science』だろうか。音響やポスト・ロック、フリー・ジャズの影響が強い作品だけれど、仄暗い海の底でぼんやりとした光が揺れているようなサイケデリックで繊細なサウンドで、タコの産卵やタツノオトシゴが泳ぎ回る無声映画の映像を大きなスクリーンに映しながら演奏した一夜限りの来日公演は自分がこれまで観てきたライブ体験の中でも1、2を争うくらいの素晴らしさでした。 

 

今回のリイシュー4タイトルはサブスクでは聴けないレアな7インチ音源やコンピ収録曲、リミックス曲など大量のボーナス・トラックを収録した決定版ともいえる内容なので、長年のヨ・ラ・テンゴ好きもこれから聴いてみようとしている若い人にもじっくりと味わってもらいたいと思います。また普段はアナログを買っている人にもCDを手に取ってもらえたらと思います。

個人的にはこれまで曲名すら聞いたことがなかった未発表曲“Last Train To Oviedo”と、自宅のどこかにあったはずだけど見つからない「The Wire Magazine」のコンピに収録されていた“Let’s Save Tony Orlando’s House”のソニック・ブームによるリミックスと、ヨ・ラ・テンゴのなかでも一番好きな曲“Deeper Into Movies”(ギターの不協和音とドタバタしたドラムに浮遊感溢れるメロディーのコントラストが最高!)のライブ音源を聴けるのが楽しみです。