この奇妙な世界で不動の3人は音を鳴らす――メロウかつ反復的なヨ・ラ流サウンドに磨きをかけた新作『This Stupid World』。そこでは曲は絶えず変わり続けて……
結成から早39年。USインディー・ロックの至宝、ヨ・ラ・テンゴもまたコロナ禍においてはツアー活動を制限せざるを得なかったわけだが、この間には、ドローン/アンビエント色の強いインスト作『We Have Amnesia Sometimes』やカヴァーEP『Sleepless Night』(共に2020年)のリリース、Netflix映画「サイケな世界 ~スターが語る幻覚体験~」のサントラ制作からチャリティー・ライヴの開催まで、それまで以上に多くの挑戦を行ってきた。そしてこのたび、オリジナル・フル・アルバムとしては2018年の『There’s A Riot Going On』から5年ぶりとなる待望の新作『This Stupid World』を発表。〈フジロック〉への出演も決定するなど、2023年は日本のヨ・ラ・テンゴ・ファンにとって特別な年となりそうだ。ベース担当のジェイムズ・マクニューに話を訊いた。
「僕たち3人が同時演奏した録音を、アルバムの全曲で中心的な素材として使っている。3人で演奏するのがとにかく大好きなんだ。そのときに咄嗟に思い浮かんだアイデアや、何かを発見した感覚を捉えておくことができるのが好きなんだと思う」。
今作は、これまでもヨ・ラ・テンゴのサウンドを特徴づけていたメロウでいて反復的な構造にさらなる磨きがかかっているように聴こえる。
「〈繰り返し〉が好きなんだ。少なくとも僕個人としてはね。シカゴ・ハウスやデトロイト・テクノなどのエレクトロニック・ミュージックも大好きだよ! そういった音楽はシンプルで喜びを感じさせてくれるし、刺激的であると同時にリラックス効果もある。サイケデリックに感じられる部分もある」。
その関心は時代を遡りYMOにも及ぶ。先日の高橋幸宏の逝去に悲しみを滲ませた。
「YMOの活動も彼のソロ作品も大好きだった。大ファンだったから、彼が亡くなったと聞いてとても悲しかった。YMOのライヴを実際に観る機会はなかったけれど、映像ではたくさん観ていたよ。YMOはとてもユニークなバンドで、いろいろな人たちにインスピレーションを与えてくれた」。
ここ最近、あらゆることに短時間で劇的な成果を求める〈タイム・パフォーマンス〉なる概念が話題となっているが、本作に流れる反復的かつ静かな時間感覚は、そういったものへのアンチテーゼになっているようにも感じる。今回はどういったタイム・スケジュールのなかで制作されたのだろうか。
「従来の方法とは違う形で録音したんだ。月曜から金曜まで毎日リハーサル・スペースに集まった。ただの広い部屋にガラクタ――楽器やらアンプや空箱、古いポスターなどが置いてあるだけの場所なんだ。部屋の区切りもないし、コントロール室もない。今回は僕たち3人だけしかいなかったから、その点も以前と違っていた。第4のメンバーもいなかったし、プロのエンジニアやプロデューサーもいない。一緒に作業して、創造して、コミュニケーションを取ることでたくさんのアイデアが生まれた。一日が終わると帰宅し、夕食を取った。そして自分の普段の生活をする。翌日も同じように、会社に毎日行く感じで、何時間かリハーサル・スペースに作業しに行く。それを半年ほど続けた」。
まさしく、制作方法自体がある種の反復を実践していたわけだ。そうやって作られた楽曲は、〈閉じられた時間〉に固定されるのではなく、変化の可能性にも開かれているという。
「僕たちの録音した曲はパッケージングされ、『This Stupid World』というアルバムになった。だから、ある意味ではこの作品は〈完成〉したわけだ。でも、これから僕たちはツアーに出て、ライヴでアルバムの曲を演奏する。その途端、曲は再解釈され、少しずつ変化していく。その変化は、僕たちが演奏を続けていく限りずっと続く。その変化は些細なときもあるし、楽器を編成し直したりしてまったく違う曲になるときもある。僕たちは〈曲が完成することはない〉という考え方に非常にオープンなんだ。曲にも命があって、僕たちの命が続く限り、曲も生き続け、変化していくものだと思う。僕たちと同じようにね」。
ヨ・ラ・テンゴの近作。
2021年のEP『Sleepless Night』、2018年作『There’s A Riot Going On』(すべてMatador)
ヨ・ラ・テンゴのメンバーが参加した近作を一部紹介。
カームの2021年作『Carm』(37d03d)、オネイダの2022年作『Success』(Joyful Noise)、ジュニパーの2023年作『She Steals Candy』(Confidential)