インタビュー

上間綾乃 『はじめての海』

これからの海へ

上間綾乃 『はじめての海』

 上間綾乃の脱・沖縄宣言。もちろんこれは極端な解釈である。しかし、メジャー3作目となるアルバム『はじめての海』は、思わずそんなことを考えてしまうくらいに、“沖縄出身の唄者”というレッテルをベロンとはがしても違和感のない作品に仕上がっている。裏を返せば、ひとりのシンガーとして、ポップ・シーンに正々堂々と立ち向かっているアルバムといえるだろう。

 もちろん、沖縄出身ならではの感性を持った希有な才能であることに異論はない。小学生から三線を始め、数々の民謡コンクールで受賞。多彩なジャンルにおいて沖縄らしさを武器にコラボレーションを重ね、2012年にアルバム『唄者』でメジャー・デビューを果たしてからも、常に本格的な民謡を歌える若手という評価で人気を得てきた。しかし、昨年発表した『ニライカナイ』で大胆なロック・サウンドを導入し、自らそのパブリック・イメージを壊し始めてしまったのだ。

上間綾乃 はじめての海 Columbia(2014)

  こういった一連の流れでは、新作『はじめての海』は比較的保守的にも見え、けっして沖縄から離れたようには感じられない。いくつかの楽曲では彼女の三線が響いているし、コブシを効かせた若々しくも本格的な歌い方は健在だ。また、夏や海をイメージした複数人の作家による書き下ろし楽曲に加えて、沖縄の有名曲も選曲されている。楽曲リストだけ見れば、「ああ、沖縄のシンガーね」と片付けられてしまうかもしれない。

 しかし、『ニライカナイ』で始めた冒険は、実のところ『はじめての海』にも引き継がれている。例えば、誰もが知る沖縄民謡の《てぃんさぐぬ花》が収録されているのだが、上間自身のコーラスを何層にも重ねることで、エンヤのようなアンビエント感を作り出したこれまでにないタイプのサウンドだ。また、古謝美佐子の至高の名曲《童神》のカヴァーは、ピアニスト倉田信雄によるアコースティックなアレンジでしっとりと仕上げ、スタンダード・ナンバーのような風格さえ感じられる。いずれも、沖縄のメロディを素材にしながらも、ジャンルを超越した視点で構築されており、彼女の今作における姿勢が明確に提示されているのだ。

 ポップなバランス感覚は、他の楽曲にも表れている。《夏いちりん》や《オキナワのともだち》では、ホーン・セクションを取り入れてアイランド・レゲエのようなアレンジを施すことによって極上のリゾート・ポップスに仕上げている。また、川江美奈子のナンバーを大人っぽいアレンジで聴かせる《波》や《あの角を曲がれば》のように、メロディを大切に歌い上げるバラード曲も印象に残る。そして、ピアノコーラスのみをバックに堂々たる歌唱を聴かせる井上陽水屈指の名曲《海へ来なさい》などは、“沖縄の唄者”というよりも“実力派シンガー”という方が自然だ。これらのアプローチは、けっして無理しているわけでなく、ごく自然な流れ。前作のリード・シングル『ソランジュ』で初めてタッグを組んだ康珍化都志見隆のコンビによる《あなたには守ったものがある》を聴けば納得できるだろう。作家は歌謡界における大御所だけに、楽曲自体はいわゆるポップスの王道だ。しかし、澤近泰輔によるスケール感のあるアレンジも相まって、しっかり彼女らしい楽曲として成立しており、こういった楽曲自体が、シンガーとしての上間綾乃の個性になりつつあるのだ。

 アルバム・タイトルの『はじめての海』とは、撮影で訪れた神奈川県の葉山で見た海に感動したことから名付けたそうだ。“海=沖縄”という自らの固定観念を変えたことは、そのまま彼女の音楽に対する柔軟な姿勢にも繋がる。敢えて自作曲を入れず、カヴァー以外は沖縄の作家もアレンジャーも起用せずに作り上げたポップス・アルバム。実は、そこに上間綾乃の“唄者”としての真の魅力が凝縮されているのではないだろうか。

 

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