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かつてないほどリアルに意識する〈終わり〉のとき

『SOUNDTRACKS』収録曲“Documentary film”
 

そして50歳を迎えたいま、桜井は自分自身の〈終わり〉をかつてないほどリアルに意識している。たとえば本作『SOUNDTRACKS』に関するインタビューのなかで、“Documentary film”の〈あらゆるものには終わりがある。だからこそ日々は美しいんだ〉というテーマについて、このように発言している。

「若い人にはわからないでしょうね(笑)。毎日、仏壇に手を合わせるような人だと、とってもよくわかると思いますけどね。僕がそうなので。なんて言うのかな、『いずれは自分もそちら側に行くんだな』と意識することで、ちょっとした日常がとても大事だなと思うようになってきたというか」。

〈Mémento-Mori=死を想え〉というフレーズを意匠として用いていた若者としての桜井は、もうここにはいない。そして“Documentary film”の歌詞のなかには、〈終わり〉に対するいまの桜井の切実な意識がたしかに表れている。

〈君の笑顔にあと幾つ逢えるだろう/きっと隠しきれない僕の心を映すだろう/君が笑うと泣きそうな僕を〉――“Documentary film”

“Documentary film”における痛切なまでの表現を踏まえると、溌溂としているように感じられる他の収録曲においても、やはり〈終わり〉への意識が通底しているように思えてくる。

〈さようならを告げる詩/この世に捧げながら/絡みつく憂鬱にキスをしよう〉――“Brand new planet”

〈叫びたいくらいだダーリン/この人生で最大の出会いと悟ったんだ/我が人生で最愛の人はそうキミ一人〉――“turn over?”

『SOUNDTRACKS』収録曲“Brand new planet”
 

〈終わり〉への意識と言えば、アルバム・リリースに先駆けた映像のなかで、桜井はこんな発言を残している。「現時点で思うことは、このアルバムで最後にしたい」。引退を匂わせるようなこの言葉は、多くのファンに衝撃を与えた。その真意がどこにあるにせよ、少なくとも本作が〈終わり〉を見据えた上での並々ならぬ覚悟に貫かれているということは間違いないだろう。なお、桜井によるこの言葉には続きがある。気になる方はぜひ初回限定盤を入手し、映像特典をチェックしてみてほしい。

 

〈終わり〉への意識が導いた、新しい可能性と刺激

このように見ていくと、とてつもなく内省的で沈鬱な作品であるという印象を本作に対して抱くかもしれないが、決してそんなことはない。たしかに〈終わり〉への意識が全編に影を落としてはいるものの、新しい可能性と刺激を求めようとする姿勢もまた、いつになく鮮烈に感じられるのだ。

そうした挑戦的な姿勢は、何よりもレコーディングにおいて顕著に表れている。ギタリストの田原健一が先導する形でロンドンおよびLAでのレコーディングを敢行し、さらにはU2やサム・スミスの作品を手掛けてきたエンジニアのスティーヴ・フィッツモーリス、そしてジャミロクワイやビョークの作品に参加してきたアレンジャーのサイモン・ヘイルを制作に招いたのだ。彼らの参加によって、音の粒立ちの良い骨太なバンド・サウンドと、流麗かつ生々しいストリングスの響きの両立した、いままでのMr.Childrenにないフレッシュな音像が実現することとなった。

彼らとの海外での共同作業を通して生まれた曲たちは、すべてアナログ・レコーディングされたという点で、かの『深海』の収録曲と共通している。しかしその連なりから成るアルバムの聴き心地は『深海』とはまったく異なり、リスナーにそっと寄り添うような優しさに満ちている。それは「聴いてくれる人たちの人生のサウンドトラックであれたら」という、いまの桜井の想いが色濃く反映されているからかもしれない。

私、あなた、彼、彼女……それぞれの人生があり、それぞれに少しずつ老いていく。本作『SOUNDTRACKS』は、一人ひとりの人生のドキュメンタリー・フィルムに重ね合わせられることで、単に〈Mr.Childrenの新作〉であることを超えて、それぞれに固有の響きを持ったかけがえのないサウンドトラックとなっていくことだろう。