音楽生活70周年、その作品の背中から見える〈光〉

 渡辺貞夫著「ぼく自身のためのジャズ」(荒地出版社刊)、その巻頭を飾るグラビア写真群の一葉に「テレビ・スタジオにて」として右から本人/菊地雅章/弘田三枝子の貴重なスリーショットが載っている。プーさんが今から5年前、ミコさんが今年の、いずれも7月没。そして最年長で御年87歳、来年は音楽生活70周年を迎える貞夫さんが先行記念のコレクション・アルバムである本作をコロナ禍の師走にリリースするという報は様々な意味で感慨一入だ。6歳下のピアニストだった菊地は同書の扉でナベサダの音楽を評し、「単純なことをやっているけど、時間が密度にとみ、まるで空虚感がない。これは大変なことだと思う」、それが「音楽ではすごく大事なことなのだ」と賛辞を寄せている。その隣に並ぶ俳優・藤岡琢也のコトバも本質を突いていて秀逸だ。「ヨロイ、カブトに身を固めれば、まさに戦国武将という風貌、そしてきびしく温かそうな目――そこにナベサダさんのジャズの秘密があるにちがいない」。のちの徳間文庫版で再読した際も膝を叩き、現在も生き続ける二つの卓見だと思う。何よりも〈岩浪洋三・編〉による構成が素晴らしく、今回もつい最後まで読み通してしまった程。その渡航&凱旋秘話は未だ新鮮に響いてくる。

渡辺貞夫 『ルック・フォー・ザ・ライト-音楽生活70周年記念コレクション』 ユニバーサル(2020)

 全25曲を収めた今回の2枚組は1981年~2019年の期間に発表された数多の録音集の中から、渡辺自身が〈記憶に残る印象深いメロディーのオリジナル・ナンバー〉ばかりを選りすぐったコンピ盤だ。彼の作品に〈風の音〉を聴き取る評者は少なくない。が、同封の解説文が強調するとおり、本作が「音楽家・渡辺貞夫の旅の記録」でありながら、どの作品も〈ブラジル風〉でも〈アフリカ風〉でもない点が肝要だ。奇しくも月違いの生まれで同い歳、〈貞〉の字を共有し、共演歴も多い中牟礼貞則が先月末にリリースした新譜『Detour Ahead/ Solo Guitar Live at AIREGIN』の独自性とも共鳴する要素だろう。両作ともジャズ喫茶ベイシー店主、菅原正二の至言を借りるならば「〈正体〉のわかる音」「〈音〉の向こうにその人の〈人格〉が見える」作品集だ。大好きな“If I Could”“I Thought Of You”と続く流れや、歌入りの“Only In My Mind”や“緑の風景”を聴いていると――従来からの〈風〉の譬えに加えて――貞夫サウンドの行間からいつも垣間見える〈光〉についても触れたくもなるが、それはまた別の機会に譲ろう。何よりもタイトル曰く、Look For The Light. レコード会社の枠を超えたこの画期的な最新コンピ盤、コロナ禍の真打ち登場であり、〈20/21年の必聴作〉として推したい。その光を耳で感ぜよ。

 


LIVE INFORMATION

Sadao Watanabe Bop Night
○12/12(土)横浜館内ホール 大ホール
○12/13(日)Bunkamuraオーチャードホール
【出演】渡辺貞夫 (as)小野塚晃 (p)粟谷巧 (b)竹村一哲 (ds)村田陽一 (tb, horn arr.)西村浩二 (tp)奥村晶 (tp) 小池修 (ts)
www.sadao.com/