ブレインフィーダーに移籍して4人が帰ってきた。多様なインスピレーションから自由なマインドで創造された『Mood Valiant』に宿る美しさの意味とは……?
むしろリラックスできた
オーストラリアのメルボルンから飛び立ち、アメリカを中心に世界的な成功を収めたハイエイタス・カイヨーテ。今年で結成10年となる彼らは過去に(自主リリースを経て)サラーム・レミ主宰のフライング・ブッダから2枚のアルバムを出していたが、この度、6年ぶりのニュー・アルバム『Mood Valiant』発表にあたってフライング・ロータス主宰のブレインフィーダーと契約した。ハイブリッドな音楽性に加えて熱心なアニメ・ファンであることでも知られる彼らだけに必然だったとも思える同レーベルへの移籍について、キーボード担当のメンバー、サイモン・メイヴィンはこう話す(以下特記したもの以外はサイモンの発言)。
「ここ数年どことも契約を結ばず宙ぶらりんだったんだけど、新作が出来上がっていくにつれ、メジャーがいいのか、それともインディーなのかと考えはじめた。1年半ほど脳みそがグチャグチャになるくらい悩んでいたけど、そんな時、突然ブレインフィーダーとのミーティングが決まったんだ。もともとネイ(・パーム)がフライング・ロータスと仲が良くてね。サンダーキャットも含めてブレインフィーダーのアーティストとは同じフェスやショウによく出演していたし、僕らと感覚も似ている。海外へ音楽を広げることにも積極的だし、リスペクトするレーベルと一緒に仕事がしたいという夢が叶った」。

新作『Mood Valiant』のタイトルは、ネイ・パームの母親が愛車のプリムス・ヴァリアントをその時の気分(mood)で乗っていたことに由来するが、〈valiant〉には〈勇敢〉という本来の意味も持たせ、「泥の中を突っ走ってきた自分たちが試練を経て平穏を手に入れた」ことを謳っているようだ。『Choose Your Weapon』(2015年)から6年、乳ガンを患っていたネイが復帰し、試行錯誤の末に完成した新作をパンデミックの最中に無事発表した現在の心境のようにも思える。
「気がついたら6年が経っていた。アルバムは曲を書いては休み、書いては休みを何年も繰り返していたけど、サウンドの方向性はいつも通り曲を作るにつれて自然と変化しただけで、以前と違う大きな変化はない。パンデミック(に伴う外出規制)も、もともと僕たちは社交的ではないから、むしろリラックスできたし、メンバーはお互い近くに住んでいるから、その期間でミックスしたり、集中してアルバムを仕上げることができた。ロックダウンがなかったら、もっとダラダラしていたかもしれない」。
インスピレーションの種類が多い
この6年間には、ネイ・パームがソロ作を出し、サイモンとポール・ベンダー(ベース)、ペリン・モス(ドラムス/パーカッション)の3人はスウーピング・ダックとして活動したり、個々のプロジェクトやプロデュース活動も行うなど動きは活発だった。
「サウンドを大きく変えたというほどではないけど、メンバーそれぞれが充電期間に得たものを今回の新作に反映できたと思う。全員が常に新しいインスピレーションを探し求めているからね。僕たちは皆同じ音楽を聴くこともあるけど、それぞれまったく違う音楽を聴いている時もある。だからインスピレーションの種類が多いんだ。それを混ぜ合わせるからユニークなものが出来やすい」。
先行曲の“Get Sun”も〈新しいインスピレーション〉に導かれた一曲だ。ほぼ完成していたトラックにストリングスとホーンを被せようと、ブラジル音楽界の巨匠であるアルトゥール・ヴェロカイにアレンジを依頼し、2019年末にリオデジャネイロのスタジオで行った話題のコラボ。ポールも「これまでで最高のスタジオ体験かも」とコメントするヴェロカイ主導の管弦セッションによって、一度は完成していた曲がドラマティックな名曲に生まれ変わったのだという。
「ネイがソロのライヴで何度も歌っていた曲だけど、彼女のアルバムに入らなかったので今回の新作に入れたんだ。ブラジル行きもネイのアイデアで、ヴェロカイのサウンドが曲のコンセプトに合うと思った。僕たち全員、彼が72年に発表したアルバム『Arthur Verocai』が大好きなんだ。あのレコードの何が特別かというと、クラシックなシンガー/ソングライター作品の中にブラジルの文化が垣間見えるところ。ハーモニーも含めて彼のユニークなテクニックが反映されている。その質感を自分たちのサウンドに落とし込みたいと思った。以前トロンボーンを少し使ったことはあったけど、自分たちの音楽で本格的に管楽器を使ったのは今回が初めてで、彼は曲に新たな命を吹き込んでくれた。ただただ素晴らしい演奏だった」。
全員が通じ合っていい流れができる
ブラジルではアマゾンにも10日間滞在。そこでの体験はアルバム全体に反映されているようで、アマゾンに住むコミュニティーの長老から動物の呼び名を教わった時の様子や現地女性の歌声をボイスメモで録音し、それらを序曲や間奏曲などで活用したという。ヴェロカイのセッションに関連した曲では、ネイのヘヴィーな体験を反映させながら人々を鼓舞するピアノ・バラード“Stone Or Lavender”、ネイが昔住んでいた家の赤いステンドグラスが日没になると太陽の光で照らされて部屋全体が赤に染まったことに由来するサイケなソウル・バラード“Red Room”といった滋味深い曲も誕生している。
「“Stone Or Lavender”は数年前に僕が書きはじめて、それをネイが気に入って音を加えていくことでハイエイタスの曲になった。普段の僕らの曲とは少し違う感じがするけどね。このレコーディングをネイと僕でしていた時に、別の部屋でポールがリフを書きはじめたのが“Red Room”。そのリフに後から皆で音を乗せて、ネイの赤い部屋のアイデアが加わって一気に曲が出来上がった。僕はスタジオにあったグランド・ピアノとローランドのJX-3Pを使って、いい匙加減の音を作り、ペリンは自分の脚をハイハットとして叩いたりして、それが曲に親密な雰囲気をもたらしたと思う。全員が通じ合っていい流れができる……それがハイエイタスのいいところだね」。
サイモンとポールの音遊びから発展して全員でアイデアを重ねていくうちに複雑になったという“All The Words We Don't Say”。ポールが作ったリフに、ネイがパートナーに電話で歌っていた子守唄のアイデアを持ち込んで完成させたラヴソング“Rose Water”。これらの曲に対しては、〈エクスペリメンタル〉とか〈フューチャー〉といった言葉も用いたくなるが、変拍子を用いたり、ストレンジなヴォーカルやサウンドを組み込むのは彼らにとっては普通のこと。ネイの友人がコウモリのイヤーモールドを人間用に作って洞窟に入り、コウモリの音世界を体験したことにヒントを得た“Blood And Marrow”も軽やかなリズムボックスや飛び交うシンセが秘境感を演出し、神秘的な音空間を作り出す。この曲にネイは、「何事も細部に近づいてみれば、それが持つ形を超えた何かが見えてくる。音楽も同じで、聴き返すたびに新しい発見がある。それが音楽をタイムレスにする要素だと思う」というメッセージを込めているという。
アンダーソン・パークの誕生日にネイが録って送った音源だという“Sip Into Something Soft”でラヴリーに迫る一方、“Chivalry Is Not Dead”では、音楽業界が〈ヒットの法則〉として妄信している〈3分30秒のセックス・ソング〉というバカげたジンクスに中指を立て、それならと、両性具有のマダラコウラナメクジのセックスについて同タイムで歌い、型からハミ出してみせる。何しろ彼らは〈multi-dimensional, polyrhythmic gangster shit〉を標榜するバンド。「最高の表現だよね。ハイエイタスの音楽はこれからもずっとそれ」とサイモンは言い放った。
左から、バンドで参加したマイルス・デイヴィス&ロバート・グラスパーの2016年作『Everything's Beautiful』(Legacy)、バンドのリワークを収録したCorneliusの2018年作『Ripple Waves』(ワーナー)、ネイ・パームが参加したドレイクの2018年作『Scorpion』(Republic)
アルトゥール・ヴェロカイの72年作『Arthur Verocai』
ハイエイタス・カイヨーテの濃厚な歩みと、ここ数年のメンバー各人の活躍を紹介!

HIATUS KAIYOTE 『Tawk Tomahawk』 Flying Buddha(2012)
ブラウンズウッドのコンピやエリカ・バドゥの推薦で脚光を浴びた“Nakamarra”をはじめ、ジャズでジャムなバンドのオーガニックな持ち味を表現した好曲揃いのファースト・アルバム。翌年のフィジカル化に際しては“Nakamarra”のQ・ティップ客演ヴァージョンも追加収録。

HIATUS KAIYOTE 『Choose Your Weapon』 Flying Buddha/Sony Masterworks(2015)
バンドの名声をより広く知らしめたセカンド・アルバム。今回のブレインフィーダー入りにも納得のコズミックな“By Fire”や“Atari”など野心的なリズムの冒険と、ラストの“Building A Ladder”に顕著な歌心がダイナミックに融和。70分近い大作をスムースに聴かせる構成も素晴らしい。

NAI PALM 『Needle Paw』 Masterworks/Sony Masterworks(2015)
ハイエイタスの楽曲も含むさまざまなカヴァー群と書き下ろしの新曲で構成された初のソロ・アルバム。自身のヴォーカルとギターを軸にしたシンプルかつプリミティヴな出来映えで、タミア“So Into You”をはじめ、ジミヘン、ボウイ、レディオヘッドなどの選曲も実に興味深い。

コシマ・ジャーラのソロ・プロジェクトから始まり、初作『Hard Hold』(2015年)をポール・ベンダーがプロデュースしていたメルボルンのロック・バンド。この2作目はスプーキーなオルタナ・ソウルといった風情で、ポールが引き続きミックスを担当してプロダクション面も援護している。

サイモン・メイヴィンがハイエイタス以前から在籍し、過去にネイ・パーム歌唱の“Spanish Harlem”(2014年)も残すディープ・ファンク系のバンド。この単独名義での初アルバムにはポール・ベンダーが共同制作/ミックスで助力している。“The Ways”にはビラルが客演。

LANEOUS 『Monstera Deliciosa』 Soul Has No Tempo(2019)
メルボルンを拠点に複数のプロジェクトで活動し、ヴィジュアル・アーティストとして『Choose Your Weapon』のジャケも手掛けたマルチな才人。この名義での初作はポール・ベンダーがプロデュースにあたり、サイモン・メイヴィンも鍵盤で未来的なサウンドをバックアップしている。

SHAFIQ HUSAYN 『The Loop』 Nature Sounds(2019)
未来的な折衷R&Bの先駆者たるLAの重鎮が放ったソロ作には、ハイエイタスで“Cycles”に参加。延期を重ねて世に出たため録音時期は遡りそうだが、ここでフライング・ロータスやエリカ・バドゥ、アンダーソン・パークら界隈のVIPと名を連ねたことはバンドの格を見せつけた。

ペリン・モスがビートメイカーとしての別名義で発表したソロ・アルバム。スペイシーでスピリチュアルなビート・アルバムといった趣で、ジョン・バップやジョージア・アン・マルドロウ、サイレントジェイ、レニアスらも交えた幻想的な音世界が煌めく。ポールとサイモンも演奏で参加。

メルボルンのシーンに焦点を当てたブラウンズウッドの企画盤。レニアスや30/70メンバーらがハイエイタスのホームでもあるスタジオ〈The Grove〉に集まって録音している。ポールとサイモン、ペリンはサイレントジェイによるボッサ楽園ソウル“Eternal / Internal Peace”で演奏。

90年代から活躍するオーストラリア先住民系のシンガー、エマ・ドノヴァンのバックを、サイモン・メイヴィンらプットバックスの面々が固めたタッグ作で、同布陣では2014年の『Dawn』に続く2枚目。アーシーなバンド・サウンドにはプロデュースを務めたサイモンらしさも光る。

スティーヴ・スペイセックらへの客演で知られるシドニー出身の女性シンガーによる初作を、サイモン・メイヴィンが丸ごとプロデュース。ブロークン・ビーツやドラムンベースにも越境するフューチャリスティックな意匠にはリリース元のイグロらしさもあり、ハイエイタスらしさもあり。