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協奏曲に向かない? 可能性にあふれたコントラバス協奏曲

――協奏曲の歴史を振り返ると、コントラバスとホルン、それぞれの協奏曲を書いた作曲家というのはとても少ないのですよ。それが興味深いところでもあります。

久石「協奏曲というのは、歴史的には色々なスタイルがあったと思いますが、現在ではやはり、その楽器を演奏する人のパワーとオーケストラのパワーが、それぞれぶつかり合い、また支え合う、そんな魅力を持ったジャンルになっていると考えています。それが両方とも必要な要素ですね」

――それを受けて、石川さんはどう感じていらっしゃいますか?

石川「久石さんがコントラバスのための協奏曲を書いて下さったということは本当に有り難い話です。皆さんご存知のように、クラシック音楽の世界ではコントラバス協奏曲というのはとても数が少ないし、あらゆる楽器の中でコントラバスは最も協奏曲に向いてない楽器だと思うのです。まず、音が埋もれてしまうし、音をプロジェクトしにくい楽器です。絶対的な音量も小さいし、音域も低い。その中でソロを弾く訳ですから、協奏曲にとって一番難しい楽器を選んで下さったと感謝しました」

久石「一瞬、コントラバスって難しいなと思いましたが、例えばヴァイオリン協奏曲、ピアノ協奏曲を書けと言われると、やはりこれまで書かれた有名な曲を思い浮かべて、それを越えないと、と思ってしまいます。でも、コントラバスに関しては、これまであまり他の作曲家が開拓していない分野だから、アプローチさえ考えれば、逆に可能性はあるなと思っていましたね」

――録音を聴かせて頂きましたが、今回のコントラバス協奏曲はとても立体的に聴こえるというか、特にジャズの要素を入れた第2楽章は、コントラバスだけでなくオーケストラにもジャズのビッグバンド的な香りも感じられるなど、とても多彩な作品だと感じました。

石川「演奏する側から言うと、びっくりの連続でした。第2楽章にピッツィカートでのソロがある訳ですが、コントラバスでピッツィカートと言えば基本的には伴奏をする時のテクニックで、それが反対にオーケストラの前に出るという、そのアイデアからして斬新でびっくりしました」

 

改訂と推敲を重ねる久石譲の作曲法

――久石さんから送られて来た楽譜を最初に見た時の感想、というのは、なにか覚えていらっしゃいますか?

石川「久石さんから最初に送られて来た楽譜を見たのは、松本市のホテルにひと月近く滞在していた時でした。その時に、この譜面を見るのは世界で僕が初めてだということに感動して、じゃあ、弾いてみようと、ゆっくり弾いてみました。そして、この音を出すのは世界で僕が初めてだよなと思いながら、毎日が感動の連続でした。でも、難しい作品なので、ちっとも弾けるようにならない。それを毎日積み上げて行って、ちょうど松本から帰ろうという時期に、ゆっくりのテンポで、大体の指遣いも決まって、ボウイングのイメージも決まってきたのですよ。

そこに次の郵便が来て、見てみたら改訂版! ぜんぜん違うじゃないですか(爆笑)。それが初演の3ヶ月前ぐらいの出来事で、最終的に完全版が出来たのは初演のひと月前でした。だから最終的にはその1ヶ月が勝負でした。毎日、泣いていましたけど、あの時間は楽しかったな〜」

――初演当日じゃなくて良かったですね(笑)。

石川「そこで久石さんにずっと伺いたかったことがあって、そうやって何度も改訂版を作られる訳ですが、それを例えて言えば、彫刻家が彫刻を作って、次の段階でもうちょっと彫って、もっと次は彫り込んで行く、そんな風に感じたのですが、実際の作曲の過程もそんな感じなのですか?」

久石「実は、作家の村上春樹さんの本の書き方と同じやり方みたいですね。彼の場合は、毎日30ページなら30ページと決めて、それを連日書いて行く。その中で、登場人物が死んじゃったりしても、次の日には〈生かしちゃえ〉みたいな感じで、つじつまが合わなくても、どんどん展開させて行って、最後まで書いてしまう。その次の段階で、そのつじつまを合わせながら直して行って、何度も推敲して行く。

僕も同じで、始めたら最後まで行くのですよ。というのも、この8小節だけ考えても、1ヶ月かかっても正解なんか出ない訳です。日が変わったら違う考え方が出てくるから、そこはこうしたほうが良いと次の日には思う。クールに割り切っているのは、昨日と今日は同じ人間じゃない。同じ久石なのだけど、昨日の自分じゃない。昨日書いた分は取っておいて、今日の分は今日の分として書いて行く。で、1日8小節しか書けなくても、1週間経ったら56小節になっていて、1日2分しか書けなくても、7日間あったら14分になる。そうすると、だいたいこういう所までやってみないと分からない部分が多いから、やってみて、悪い所も分かっているから、そこを修正しながら次のポイントを考える。そして、どうやっても行き詰ってしまったら、そこまでのやり方を捨てる。

そして、ある程度出来たなと思ったら、石川さんにポンと送る訳です。それからオーケストレーションしているうちに、あ、ここはマズいなと思う点が出て来ると改訂する。嫌がるだろうな、と思いながら(笑)」

石川「必ず改訂版のほうが難しくなっているのです(笑)。でも、完成形を見ると、なるほど、こうなるのかと納得させられる。そんな経験は初めてでした」

――ひとつのストーリーですね。

石川「作曲の過程を共に歩んでいるという感動がありました」

――久石さんはこのコントラバス協奏曲のために、コントラバスを購入されたということですが。

久石「やはり実際にその楽器触れてみないと分からないことがたくさんあるし、コントラバスは大きな楽器なので、どういう振動が身体に伝わるかなども知りたかったのです。それから、この音とこの音の組み合わせだと、弓がこう引っかかってしまうなとか、そういう細かなことも実際にやってみないと分からないことが多いのです。そのために、石川さんを通して楽器を購入した訳です」