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©Luc Hossepied

東洋と西洋が対話する東京公演

 皮切りとなるのは、サントリーサマーフェスティバル。

 〈東洋-西洋のスパーク〉と名づけられた第1夜(2021年8月22日)は、マーラーの“大地の歌”と、細川俊夫のオペラ“二人静”(日本初演)という組み合わせ。李白らによる唐詩を用いたマーラー作品と、能の翻案である細川作品の共通点に着目したわけだが、ピンチャーに言わせれば、なによりも声と楽器が溶け合う点で両者は同じ美点を持つという。

 第2夜の〈EICアンサンブル〉(2021年8月23日)は、比較的編成の小さな作品が6つ。日本の武満徹、坂田直樹の小品に加えて(これも東洋と西洋の対話だ)、注目されるのが、ジェラール・グリゼイ“時の渦”。微分音調律されたピアノと5つの楽器が渦を成すようにして絡み合う音の様子は、〈スペクトル楽派〉と呼ばれる潮流のもっとも豊かな成果の一つだろう。

 そして最後の第3夜〈コンテンポラリー・クラシックス〉(2021年8月24日)では、EICの全奏者が稼働して華麗な音楽遺産が次々に音響化される。ピンチャー自身の作品はもちろん、〈父〉ブーレーズの“メモリアル”、そして20世紀後半の最大の名作のひとつリゲティ“ピアノ協奏曲”など、まさに現代の古典が目白押しだ。

 

カラフルな疾走感、そしてEICイチオシ
若手が炸裂する水戸、横浜公演

 水戸芸術館での演奏会(2021年8月27日)は、執拗な反復と破壊的な音響がトレードマークのヴァレーズ“オクタンドル”を筆頭に、ブーレーズ、ドナトーニ、カーター、リンドベルイ、マデルナに加えて、意外なことに三善晃作品が並ぶ。おそらくは来日全公演の中でももっともカラフルなプログラムだろう。疾走感にあふれた音楽ばかりだから、EICの鋭いスピード感を楽しみたい人は、この演奏会を外すわけにはいかない。水戸、というと遠く感じるけれども、東京駅から一時間ちょっと。なんということはない。

 そして、ツアーの掉尾を飾るのが、港町ヨコハマの公演(2021年8月29日)。舞台となる神奈川県立音楽堂は約千席の規模だから、EICという団体のサイズにぴったりフィットしている。ここではリゲティ、グリゼイ、ブーレーズ、一柳といった〈現代の古典〉(ただしサントリーホールとは全く曲目が異なる)が取り上げられるが、隠し玉として大注目なのが、新鋭アンナ・ソルヴァルズドッティル(1977-)の“霜”。なにしろEICがいま〈イチオシ〉だと公言する女性作曲家であり、現代音楽の未来を知りたいという人ならば、この日はマストだ。

 

©Ensemble intercontemporain

怒らないブーレーズ

 さて、最後にピンチャーから直接訊いたエピソードをひとつだけ。彼がまだ作曲家として駆け出しのころ、はじめてブーレーズとランチを同席した時の話である。当然ながら、若きピンチャーは、えらく緊張していた。〈どういう技法で作曲してるんだ?〉と詰問されたり、〈お前の曲はなっとらん!〉と説教されるのではないかと、ヒヤヒヤしていたという。

 ところが、一緒にオッソ・ブーコ(子牛のすね肉の煮込み)を食べながら彼が話すことといったら、フランスのギャング映画の話や、くだらないゴシップばかり。音楽の話は一切ナシ。嬉々としてさまざまな噂話を語り続けるブーレーズは、ちっとも〈怒れるブーレーズ〉ではなかったという。

 ピンチャーは筆者に、いまでもあの笑顔が忘れられないんだ、と懐かしそうに語っていた(I miss his smile)。彼にとって、ブーレーズはいつまでも優しい大先輩なのだろう。それを聴いた時に筆者は、いまのEICが演奏するブーレーズ作品が、なんとも親密で柔らかい響きを持っていることにあらためて気づいたのだった。

 そう、怒りから生まれた団体が、今や高らかに喜びを奏でる。そんな光景に我々が立ち会う瞬間が刻々と近づいている。

 


寄稿者プロフィール
沼野裕司  Yuji Numano

東京藝術大学博士課程修了。著書に「ファンダメンタルな楽曲分析入門」(音楽之友社)、「エドガー・ヴァレーズ 孤独な射手の肖像」(春秋社、第29回吉田秀和賞)、「現代音楽史 闘争し続ける芸術のゆくえ」(中公新書)など。昨年はハーヴァード大学客員研究員としてボストンに滞在するも、コロナ禍のために現地でのゼミほかは全てオンラインだった。日本にいるのと全然変わらなかったという噂も。

 


LIVE INFORMATION
アンサンブル・アンテルコンランポランの主な公演スケジュール

サントリーホール サマーフェスティバル2021
■ザ・プロデューサー・シリーズ

アンサンブル・アンテルコンタンポランがひらく~パリ発―「新しい」音楽の先駆者たちの世界~

東洋-西洋のスパーク
2021年8月22日(日)東京・赤坂 サントリーホール
開場/開演:17:20/18:00

EICアンサンブル
2021年8月23日(月)東京・赤坂 サントリーホール
開場/開演:18:20/19:00

コンテンポラリー・クラシックス
2021年8月24日(火)東京・赤坂 サントリーホール
開場/開演:18:20/19:00

■テーマ作曲家 マティアス・ピンチャー
サントリーホール国際作曲委嘱シリーズNo.43(監修:細川俊夫)

ブーレーズを少々
2021年8月25日(水)東京・赤坂 サントリーホール
開場/開演:17:20/18:00

室内ポートレート(室内楽作品集)
2021年8月25日(水)東京・赤坂 サントリーホール
開場/開演:18:50/19:30

作曲ワークショップ(日本語通訳付)
2021年8月26日(木)東京・赤坂 サントリーホール
開場/開始:18:20/19:00

オーケストラ・ポートレート(委嘱新作初演演奏会)
2021年8月27日(金)東京・赤坂 サントリーホール
開場/開演:18:20/19:00
https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/feature/summer2021/

■水戸芸術館公演
2021年8月27日(金)茨城 水戸芸術館 コンサートホールATM
開場/開演:18:15/19:00

曲目
エドガー・ヴァレーズ:〈オクタンドル〉8つの楽器のための
ピエール・ブーレーズ:〈デリーヴ 第1番〉6つの楽器のための
三善 晃:〈ノクチュルヌ〉5人の奏者のための
フランコ・ドナトーニ:〈ルーメン〉6つの楽器のための
エリオット・カーター:〈モザイク〉室内アンサンブルのための
マグヌス・リンドべルイ:〈コヨーテ・ブルース〉室内オーケストラのための
ヤン・マレシュ:〈アントルラ〉6つの楽器のための
ブルーノ・マデルナ:〈セレナータ 第2番〉11の楽器のための
https://www.arttowermito.or.jp/hall/lineup/article_4299.html

■音楽堂ヘリテージ・コンサート
2021年8月29日(日)神奈川県立音楽堂
開場/開演:14:30/15:00

曲目
ジェラール・グリゼイ:2つのバスドラムのための「石碑」
アンナ・ソルヴァルズドッティル:Hrím(霜)
ジェルジ・リゲティ:13人の器楽奏者のための室内協奏曲
ピエール・ブーレーズ:アンセム1(無伴奏ヴァイオリンのための)
一柳慧:室内交響曲「タイム・カレント」
ミケル・ウルキーザ:さえずる鳥たちとふりかえるフクロウ
https://ongakudo-classic.com/