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小西遼

ハイエイタス・カイヨーテの音楽は〈お祈り〉に近い

――彼らはネオ・ソウルの範疇でも語られることが多いですけど、今回『Mood Valiant』を聴いたときに、単にネオ・ソウルというより、〈クラシック・ソウルの純度を持ったネオ・ソウル〉みたいに感じたんです。アレサ・フランクリンがかつて出していたアルバムの系譜にあるような、純度の高い歌と演奏がたまたまソウルの型で表現されている感じの崇高さというか。

「ネオ・ソウルってそもそも、定義が非常に難しいと思うんですよ。それに、ハイエイタスの音楽がネオ・ソウルのくくりに入っているというのが、自分の中でストンとは来ない。もうちょっと彼らにはパンクとかロックに近い雰囲気があって、そういう感覚に基づいてジャズ・ルーツの人たちが演奏しているからすごい変なことになってる、という気がしてます。

個人的にはネオ・ソウルって、ドラムとベースがしっかりバック・ビートを鳴らしてグルーヴさせた上に、ゴスペル由来のコード進行を現代ジャズの解釈で乗っけたり、ほかの要素を加えたりしたものというイメージだったんですよ。ジャズのテイストの入れ方がおしゃれというか。

でもハイエイタスはおしゃれっていう感じの音楽ではないなと思うんです。もっといかつくてゴリゴリしてる。あとドラムの音が圧倒的に〈ジャズ〉だなと思うんですよね。ビートがサンプリングっぽくならず、ベースが完全にローを支配していて、ドラムがそのちょっと上(の帯域)でかなりパーカッション的な感じで暴れてて、ソウルとかゴスペルにおけるローのキックではないビートの感じがある。そのあたりが、僕がハイエイタス・カイヨーテをネオ・ソウルと認識していなかった根拠だと思います」

――なるほど。ハイエイタス・カイヨーテはダンス・ミュージックとしても、いわゆるイーヴン・キックみたいなところからも遠いですしね。ただ、体を揺らして気持ちよくなる音楽ではある。

「そうなんですよね! やっぱり踊らせてるのは〈歌〉なんだろうな。〈お祈り〉に近いっていうか。すごく儀式性の強い音楽だなと思います。ある意味でトランスだと思うんですよ。いわゆるパーティー・ミュージックっていうよりは、基本的にグルーヴの中でたゆたっている感じのサウンド。たぶんそれはネイ・パーム自身が歌ってるときに考えていることだろうし、そういう音像の方が伝えたいメッセージも上手く乗っかるから、バンドもそこにどんどん寄っていってるんだろうなと思います。根源的な感じというか、プリミティヴな音楽の衝動によって作られてるような印象を受けます」

――〈お祈り〉という喩えは極めて秀逸だと思います。

「それはネイ・パームのソロを聴いたときにも強く感じましたね。彼女って結構大変な幼少期を送ってるじゃないですか。早くに親を亡くして孤児として引き取られたり、森の中でかなりワイルドな生活をしていたり。それで街に戻ってきてホームレス生活をしながら歌をやっていて、ハイエイタス・カイヨーテでの活動に至った。そういう経歴を知ったとき、音楽の根っこに根源的なパワーがあると感じられることに関して納得がいくなと思ったんです。

ネイ・パームの2017年作『Needle Paw』収録曲“Homebody”
 

新作には彼女の死生観みたいなものが反映されたのかなという風にも思えますね。頭の方って結構激しいじゃないですか。それが後ろに行くにつれてチルになっていく。その感じとかにも、それが表れているような気がします」

――実際、前作から新作までの間に、彼女が母親を早くに失くした原因であるガンに自分も罹ったりした経験は否応なく反映されているでしょうね。

「だけど、この『Mood Valiant』を彼女のソロで出さなかったっていうのも、いいなと思うんですよね。こういうすごくプライベートなテーマって、ソロで出しても良さそうじゃないですか。でもこの4人で作った背景には、ハイエイタス・カイヨーテというバンドを通しての意思表明じゃなきゃいけなかった理由が絶対あるはず。バンドじゃないと成しえないうねりみたいなものがあるというか。4人が4人、バンドとしてずっとお互いのことを見ながら、リスペクトし合いながらやってきた証を感じました」

 

Photo by Tré Koch

ハイエイタス・カイヨーテに通ずる個性を持ったアーティスト

――ネイ・パームというヴォーカリストの特異さに通じるような歌い手はほかに思い浮かびますか?

「初期ビョークとかは少し近いと思います。あとは、ネイ・パームの歌を聴いたときに連想で出てくるのって、どちらかと言うとアイヌの民謡や、内モンゴルとかの民族音楽なんです。声質だけで言えば〈この人と似てる〉というのは挙げられると思うんですけど、歌の中身とか歌い方とかまで考えると……。本当に変な混ざり方をしてますよね。ゴスペルの影響はめちゃめちゃ感じるんですけど、〈hmm〉とか言いながら歌ってる感じはシンガー・ソングライター的だなとも思う。ギターをつま弾きながら歌って曲を作ってる様子が想像できるし。

あとヴォーカルの処理が現代ポップスっぽくないですよね、ネイ・パームは。ジャズ的な発想というか、ヴォーカルが〈オートチューンバリバリ〉とかではなく、ニュアンスを活かす考え方に基づいた処理になってる感じがすごくある。ビョークもピッチのずれとかを気にしてない感じじゃないですか(笑)。そんなことより言いたいことに基づいた歌の迫力や説得力の方が大切、っていうか」

――古今東西問わずで構いませんが、小西さんから見てハイエイタス・カイヨーテ的な精神性を持っていると感じるミュージシャンは誰かいますか?

「パッと思い浮かんだのは韓国の空中泥棒っていうアーティストです。空中泥棒を最初に聴いたときには、いい意味で〈意味が分からん!〉っていう印象があって、それがとても良かったです。最初の頃のジェイコブ・コリアーにもそれに近い感覚と、本当に音楽が好きでしょうがないんだろうなという印象を抱きましたね。そういう人にとって音楽って一種の宗教みたいなものじゃないですか。

空中泥棒の2018年作『Crumbling』収録曲“왜? (Why?)” 
 

サンダーキャットフライング・ロータスも最初に聴いたとき相当〈意味がわからん!〉と思いましたけどね。こう考えていくと、どうしてもブレインフィーダーに寄って行っちゃいますね。ドラマーのルイス・コールなんかも彼らしい独特な音楽性ですし。シュールさというか〈真面目にふざけている感じ〉。そんな〈真面目にふざけている感じ〉が空中泥棒にもちょっとあると思います。

キンタロー(Kintaro)もハイエイタスと通ずるものを持ってる存在ですね。彼もブレインフィーダーで、サンダーキャットの弟ですよね。彼の意味がわからない気持ち悪さは、かなり近いんじゃないかと思います。あ、長谷川白紙も近いんじゃないですか? ……って、これもブレインフィーダー関係だ(笑)。やっぱりブレインフィーダーの目配りが見事なんですよね。ちゃんと全部見てる」

長谷川白紙がブレインフィーダーの配信ライブ〈THE HIT〉で行ったパフォーマンス。曲は“わたしをみて”