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自分たちでルールを変えればいい

 なお、アルバムのコンセプトが先に決まっていたことの強みは、アートワークからMVまでをスコット・キアナンというアーティストがすべて手掛けたヴィジュアル表現の統一感にも表れている。ローレンいわくアルバムのジャケが物語るのはこんなストーリーだ。

 「狩るか狩られるか。私にとってこのジャケットは、〈あなたは誰かを見てるけど、あなたも誰かに見られている〉ということを表現したもので、それは、〈スクリーン・ヴァイオレンス〉というコンセプトが持つコンテンポラリーな意味。いまの時代、みんな常に誰かを観察して批判しているわよね。どこかで誰かに見られ、どこでも誰かを見ている。ホラー映画の絶叫クイーンやファイナル・ガール(物語中で最後まで生き残る女性)のアイデアを参考にしつつ、それにひねりを加えて自分たちの世界に落とし込んでいる」。

 そうしたホラー映画のようなコンセプトも相まって、これまでパーソナルな主題を曲にしてきた彼女の詞作にもフィクションの要素が大きく混ぜ込まれている。

 「〈I〉〈me〉〈you〉のみで曲を書かなくていいというのはすごくエキサイティングだった。その制限がなかったことで可能性がもっと広がったから。私は常に根底ではパーソナルなことを書いているし、今回の歌詞も、内容が個人的なことであるのに変わりはない。でも、曲が持つ世界を拡大できたのはすごく良かったと思う。ジェニー・ルイスやレナード・コーエンといったアーティストのソングライティングを参考にしていて、例えばジェニー・ルイスはパーソナルな曲を書くけど、彼女はそれを鮮明で美しい物語で囲んでいる。そういうのをまったくやったことがないわけではなかったけど、特に去年は、これからどうなるかわからないし、もしかしたら思うようにレコードが作れなくなるかもしれないし、とにかく自分たちにとってエキサイティングなことをしようって思った。この前ブリット・ポップのドキュメンタリーを観ていて、ブラーがどのようにして『Parklife』のコンセプトに辿り着いたかを語っていたんだけど、〈作り上げたんだよ〉って言ってた。よく考えると、多くの素晴らしいコンセプト・アルバムがその方法で出来ていると思う。キャラクターは自分自身や実体験に基づいているけれど、そのキャラクターたちの存在する世界は作り上げるという方法。それはすごくエキサイティングだし、私たちも今回『Screen Violence』でそれをやってみた」。

 そんなアプローチが却ってパーソナルな感情を作品世界に持ち込みやすくしたのか、バンドの復帰を告げた今年4月の先行シングル“He Said She Said”は、どのヴァースもローレンが「いままでうやむやにしてきたことや心の奥にしまい込んできた体験」、さらには「実際に男性から言われたことを皮肉にしたり別の言葉に置き換えたり」して書かれ、女性蔑視や女性が突き付けられるダブルスタンダードを直接的に糾弾している。かねてからフェミニズム目線の問題提起を発信してきた彼女だが、それを明快な楽曲の題材にするのは初めてだ。

 「曲にするのにたった10年しかかからなかった(笑)。私がそのことを語るから、チャーチズをフェミニスト・バンドだと思っている人々は多い。音楽のことに触れず、そこにばかり焦点を当てるメディアにがっかりしたこともあった。私たちの曲はパーソナルなことを内容にしてきたからいままで書いてこなかったけど、それだって自分の生活の一部だと思ったし、32、33歳になって、そんなこと気にしなくなって、爆発しちゃったのかもしれない(笑)。だからこそ、私にはホラー映画がエキサイティングに感じられるんだと思う。女性なら誰もが、 見られている、追われている、支配されている、という感覚にある程度は繋がりを感じると思う。逃げようとして、あらゆる困難に立ち向かいながら、自分の安全のために切り抜けようとするホラー映画のファイナル・ガールのアイデアに引き込まれる理由の一つだと思うのよね。映画だけじゃなく、それは現実の生活にも当てはまると思うから。フェミニストなチャーチズの曲はこれまでに何度も書こうと試みた。でも、なぜかしっくりこなくて、いつもボツにしていた。でも書いてどうなるかなんて誰にもわからないし、そろそろ書いてもいいかなと思ったのね。すべてはタイミング。今回は書いてもいいと思えた」。

 そんな意識の変化と同じく、自分たちに自分たちで制約をかけないという視点の変化はサウンド面にも大きな変化をもたらした。なかでも特徴的なのは従来のバンド像からはイメージできなかったポスト・パンク的なギター・サウンドの導入だろう。

 「それは自然な流れと進化だった。3人ともチャーチズの前にギター・バンドにいたことがあるし、スタートした頃はそういった音楽をやりたくてバンドを始めたんだと思うのよね。イアンは特に素晴らしいギター・プレイヤーなんだけど、せっかくそんなスキルを持ったギタリストがいるのに、私たちはそれを披露させずに封印してしまっていた(笑)。あと、マーティンがロックダウン中にギター・ペダルをいろいろ使いはじめたのもあって、イアンもマーティンもこれまで以上にギターを弾くようになったから、それが自然とアルバムに入ってきたんだと思う。もう4枚目だし、自分たちがルールに縛られないバンドだということを証明したい気持ちもあったんじゃないかな。これまでもルールがあったけど、それを作ったのは自分たちだから、自分たちでルールを変えればいい(笑)」。

 また、制作過程でのインスピレーションから直接繋がるものでは、メンバー3人が崇拝するキュアーからロバート・スミスが“How Not To Drown”にゲスト・ヴォーカルで参加(日本盤にはロバートによる同曲のリミックスも収録!)。ルールや枷から解放されてより自由に、より率直に自分たちの表現を追求しはじめたチャーチズは、結成10年という区切りの先へ、いよいよタフに歩みを進めていくことだろう。

左から、チャーチズの2013年作『The Bones Of What You Believe』、2015年作『Every Open Eye』、2018年作『Love Is Dead』(すべてGoodbye)

 

左から、キュアーのベスト盤『Greatest Hits』(Fiction)、ジョン・カーペンターのシングル“Turning The Bones(Chvrches Remix)”(Sacred Bones)