田中亮太「Mikiki編集部の田中と天野が、海外シーンで発表された楽曲から必聴の楽曲を紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。この一週間は、国内外の音楽シーンでいろいろなことが起こりすぎていて、気持ちが整理できません。まず、何よりお伝えしなければいけないのは、2人の偉大な音楽家の訃報でしょう」

天野龍太郎「ローリング・ストーンズのドラマー、チャーリー・ワッツが8月24日に逝去。80歳でした。年齢を考えると自然なこととはいえ、ツアーもやっていましたし、現役感がものすごくあったので、やっぱりショックです。飄々とした人柄も最高でしたが、僕はなによりチャーリーのドラムが好きでした。彼のビートがあるからこそのストーンズの音楽ですし、多くのファンも同じ気持ちだと思います。本当に残念です。RIP」

田中「チャーリーが亡くなった悲しみが癒えないなか、レゲエ/ダブのレジェンド、リー・“スクラッチ”・ペリーが昨日逝去しました。本当にショックですね……。ご冥福をお祈りいたします」

天野「音楽シーンから偉大な才能、イノヴェイターが2人も亡くなったことに、言葉を失いました。今日は一日、リー・ペリーの魔法のようなダブの音に全身浸かっていようと思います」

田中「気持ちを切り替えて別の話題に移ると、カニエ・ウェストの新作『Donda』が昨晩ついにリリースされて、世界中が大騒ぎしています。僕はまだ聴いてないんですけど、どうでしたか?」

天野「亮太さんはそもそも興味がないんじゃないですか(笑)!? 素晴らしいアルバムだと思いましたよ。リリースされるまでに紆余曲折がありすぎたので、アルバムがリリースされただけで腰を抜かしそうになる、という人生で初めての経験をしました。それでは、今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から」

 

Baby Keem & Kendrick Lamar “family ties”
Song Of The Week

天野「〈SOTW〉は、ベイビー・キームとケンドリック・ラマーの共演曲“family ties”です。これは今週、かなり話題になっている曲ですね」

田中「ベイビー・キームはケンドリック・ラマーの従兄弟で、2020年の〈XXL Freshman Class〉に選ばれたラッパー。ケンドリックが映像作家のデイヴ・フリー(Dave Free)が2020年に設立した企業〈pgLang〉にも参加していますね。今年4月にトラヴィス・スコットをフィーチャーした“durag activity”をリリースしていて、それ以来の新曲がこの“family ties”です」

天野「なんといっても、ケンドリックの参加が話題ですよね。一時期はめちゃくちゃ客演しまくっていたケンドリックですが、最近はめっきり表舞台に立たなくなって、新曲も発表していません。先日ひさしぶりに〈新たな考え〉と題したメッセージを発信して、そこには〈TDEでの最後のアルバムを作っている〉と書いてあったことが衝撃でしたね。そんななか、ケンドリックのラップをひさしぶりに聴けるということで、この“family ties”は注目されています。この曲はフィーチャリングではなく連名になっているので、客演を除けば、ケンドリックにとって実質的に3年ぶりの新曲です」

田中「ホーンのサンプルが印象的な前半は、キームのパーカッシヴなラップがかっこいいですね。ビート・スイッチが何度かあって、どんどん展開していく構成がおもしろい。ケンドリックのヴァースには、〈俺はパンデミックの間潜伏していた/ソーシャルのギミックを避けて/にわかアクティヴィストとはちがう/俺はトレンドのトピックじゃない〉と、去年雲隠れしていたことへの言及がありますね」

天野「ケンドリックはブラック・ライヴズ・マターの再燃について表立って発信をしなかったので、それについて言っているのでしょうね。この“family ties”は、キームのデビュー・アルバム『the melodic blue』からのシングルだと考えられています。ケンドリックの動向もかなり気になりますが、キームのアルバムについての続報にも期待したいです」

 

Kacey Musgraves “star-crossed”

天野「2曲目も、この一週間かなり注目されていた曲ですね。カントリー・ポップのクイーン、ケイシー・マスグレイヴスが8月23日にリリースしたニュー・シングル“star-crossed”。そろそろケイシーの新曲が出ないかなと思っていたので、新曲が届けられてうれしいです」

田中「ケイシーは、第61回グラミー賞で最多4部門を受賞するなど高い評価を得た前作『Golden Hour』(2018年)以来、3年半ぶりの新作『star-crossed』を9月10日(金)に発表するとアナウンス。それと同時に、この表題曲がリリースされたんですよね。共同プロデューサーは前作同様イアン・フィチャック(Ian Fitchuk)とダニエル・タシアン(Daniel Tashian)で、ますます現代的なサウンド・プロダクションに磨きがかかっています」

天野「ヴォーカルの処理もサブ・ベースやキックの低音の出方も強烈ですね。音像が立体的で、すごく幻想的です。ハープやアコースティック・ギターの響きを強調したアレンジも素晴らしくて、それだけに過去の恋愛関係や離婚が反映されたリリックが一層痛ましく聞こえます。アルバムは3部構成の悲劇になっているそうで、けっして明るい作品とは言えなさそうですが、聴くのがとても楽しみです」

田中「8月27日には、セカンド・シングル“justified”が立て続けに発表。こちらも同じくサッド・バンガーで、いい曲でした。また、ケイシーはアルバムにあわせて短編映画『star-crossed: the film』を配信するそうです。予告編を観て、楽しみに待ちましょう」

 

Kedr Livanskiy “Boy”

天野「ロシア、モスクワ出身のケダル・リヴァンスキが新曲“Boy”をリリース。リヴァンスキはMikikiに初登場なので、簡単にバイオグラフィーを紹介しておくと、2008年頃から活動を始めて、これまでに2作のアルバムなどをリリース。トラブルマン・アンリミテッド/イタリアンズ・ドゥ・イット・ベターのマイク・シモネッティとキャプチャード・トラックスのマイク・スナイパーが共同設立したレーベル、2MRから主に作品を発表しています」

田中「これまでの作品はジェニー・ヴァルやケイト・NVなどのアーティストと並べられるエクスペリメンタルなエレクトロニック・ポップという印象が強かったですが、この“Boy”はかなりポップですね。甘いギターのアルペジオと軽やかなブレイクビーツを合わせたサウンドに、リヴァンスキの感傷的な歌声が乗っています。どこか冷ややかな音の質感も含めて、すごくキャプチャード・トラックスっぽいなと。ネオアコ・リスナーにも刺さる一曲ではないでしょうか。この曲を含むサード・アルバム『Liminal Soul』は、10月1日(金)にリリースされます」