Photo by 廣田達也

新連載〈New (Jazz) Players in Japan〉の第1回をお届けします。この連載は、音楽批評家の細田成嗣さんを聞き手に、ルーツ・人種・ジェンダーなどを問わず、日本を舞台に活躍する〈新しいジャズ・プレイヤーたち〉にインタビューしていく企画です。タイトルの〈 (Jazz) 〉には、私たちがイメージする〈ジャズ〉を一旦カッコで括って、ステレオタイプとは異なる〈ジャズ〉の多様さや新しい有り様、あるいは〈ジャズ〉の外側も包含したい、という意図を込めています。それでは、第1回の松丸契さんのインタビューをどうぞお楽しみください。 *Mikiki編集部


 

サックス奏者・松丸契の音楽には聴き手を当惑させる魅力がある――そうは言ってもペダンチックな難解さやミスティフィケーションを身に纏っているわけではない。率直に言って一体どこからやってきたのか不明な、従来のジャズや即興音楽のコンテクストにはそのまま当て嵌めることができない、語の本来の意味における〈未知の音楽〉としての魅力。

95年千葉県生まれ、3歳からパプアニューギニアで過ごし高校卒業後はバークリー音楽大学へと進学。テリ・リン・キャリントンやジョー・ロヴァーノ、ジョージ・ガゾーンらに師事して首席で卒業すると、2018年9月から東京へと拠点を移して音楽活動を本格的にスタートさせた。そうした特異なバックグラウンドが彼の音楽人生に少なくない影響を及ぼしているにせよ、特異な経歴をわかりやすいストーリーに仕立て上げてその音楽のコンテクストの不分明さとイコールで結んでしまっては正鵠を射ていないように思う。そうではなくおそらく、ひとえに身体と楽器と音の関係性をエクストリームに探求するプロセスが、彼の音楽を誰もが予期し得なかったものとして形づくってきたのではないだろうか。

2020年には現時点での代表作と言ってよいリーダー・アルバム『Nothing Unspoken Under the Sun』を発表。カルテット編成でジャズのフォーマットを踏襲しつつも、そのサックスの柔らかだが重く鋭い芯の通った響き、あるいはフリーなインプロヴィゼーションと緻密なコンポジションを高水準で組み合わせた楽曲は、もはやジャズの範疇に収まり切るところがない。他にもリーダー・プロジェクトのblank manifestoやサックス1本によるサイトスペシフィックな即興演奏を行う独奏シリーズ、あるいはアンビエントとノイズを行き来するエレクトロ・アコースティック・トリオm°fe、フリー・ジャズやロック、ハードコアからヒップホップまで呑み込んだカルテットSMTKなど、多数のプロジェクト/バンドに同時並行的に取り組む彼に、自身の活動におけるコンテクストやルーツ、また客層の捉え方などについて話を訊いた。


 

東京という場でしか生み出せない音楽を作りたい

――松丸さんはパプアニューギニアからアメリカを経て2018年に日本へと拠点を移して音楽活動を始めました。帰国当初は東京の音楽シーンにどのような印象を抱きましたか?

「アメリカにいた頃は大学以外にも友達の家の地下とか、みんなで集まってセッションしたり音楽について語れたりする場所がボストンのような都市でもありました。単純に住居も土地も広いから音を出せたり人が集まったりしやすいというのもありますけど、3年前に東京に来てみたら、そういう風に気軽に人が集まれるプライヴェートな場所がほとんどなかったんです。反対に言うと、ライブの現場以外の場所で音楽が発展する余地があまりない。しかも次から次へと別の現場をこなしていく。

ポジティヴに考えると、そういうサイクルを繰り返すことで発展していくものもあるような気はします。ジャズ・ミュージシャンと呼ばれる人たちが色々な現場を転々としているからこそ生まれる方向性。焦燥感や生き急いでいる感じが直接的に音楽に出ているとは限らないですけど、東京の音楽のベースになっているのは間違いないと思うんです」

2020年作『Nothing Unspoken Under the Sun』収録曲“it say, no sé”

――確かにそうですね。同時にだからこそ、かつての新宿ニュージャズホールや吉祥寺GRID605、または最近では不動前Permianのように、ミュージシャンが自分たちのスペースをインディペンデントに運営する動きが出てくるのも必然的だと言えるのかもしれません。

「場を共有することで生まれる音楽は確実にあると思います。周りにいる自分と同世代のミュージシャンではそういう場をアクセスの良い都心部で運営している人はまだいないと思いますが、例えばみんなが色々な現場でライブ活動をやりつつ、拠点となるような場で落ち着いてコミュニケーションを取ったり、一緒に音楽を作る時間をあえて設けたり、それを毎週続けていくとか、色々と可能性はありそうです。カフェやバーだといくつか大切な場所がありますが、やはり店として営業しているのでプライ ヴェートな空間ではないというか。

アメリカと日本では文脈が異なるので、輸入された音楽をそのままやるのではなくて、この土地でできる音楽をやりたいという思いが僕にはあります。東京というエリアで、そこにいるミュージシャンたちと一緒に、その場所でなければ生み出せない音楽を作りたい。そこに大きな意義があると思っています」

Kei Matsumaru Quartetの2021年のライブ映像。メンバーは松丸契(ソプラノ・サックス)、石井彰(ピアノ)、金澤英明(ベース)、石若駿(ドラムス)

――例えば新しい文脈を作り出すという考え方がある一方で、すでにある様々な文脈を組み合わせることで音楽を作るという考え方もあると思います。特に80年代以降はいわゆるポスト・モダンな試みも盛んになりましたが、そうした〈音楽のリサイクル〉についてはどう思いますか?

「僕としては、すでに存在する音楽を組み合わせて新しいものを作る方向性はもうやり尽くされているなと感じています。80年代当時は新鮮だったかもしれないですけど、今はコンセプトとしてはそれだけではあまり面白味がない。むしろ文脈の奥に潜むものがもっと前面に出てくるような音楽の方が面白いと思うんです。

そもそも僕たちがジャンルとして認識しているあらゆる音楽って、そうやって文脈の奥の方から自然発生的に生まれてきたものだと思うんですよね。それが結果的に一つのスタイルと呼ばれるようになる。今の東京のシーンにはスタイルとして〈これ〉と明確に言えるものはないですけど、ちょうど長いトランジションのフェーズにあるとは思っていて、もう少ししたら名前を付けられるぐらいスタイルとして濃い音楽が生まれてくるんじゃないかと勝手に感じています。それが出てくるのが来年なのか、10年以上先になるのかはわからないですけど、そういう時期なのかなと。

そういうものはすでに即興音楽と呼ばれているものの中にも存在しているとは思うんです。例えば大友良英さんや芳垣安洋さん、内橋和久さんたちと一緒に演奏すると、彼らの中で共有されている言語があるというか、ものすごく濃い色を感じるんですね。それを即興音楽と一言で呼んでしまうと見えにくくなってしまうわけですが、明らかに他とは異なるところがある。もちろん即興でやっているので、あえて名前を付けるのも変なのかもしれませんが、とはいえ、そういう独自の文脈には注目すべきだなと」