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コロナ禍に発表された祈りとヒーリングの新作

さて、そんなエスペランサの2021年作は、また新しい視点に則ったアルバムである。そして、祈りやヒーリングの感覚を持っている(倍音の効用にもより留意しているか)のはコロナ禍に発表される作品であるのを、強く印象付けるだろう。

表題にある『Songwrights Apothecary Lab』とは、癒しの手段としての音楽とミュージシャンシップを探求するワークショップの名称であるのだとか。それは音楽、科学、哲学、宗教など様々な専門家がタッグするものであるようだが、本作はその過程で生まれた楽曲を収めている。

〈ソングライツ・アポセカリー・ラボ〉のドキュメンタリー動画

切れ目なく続いていく曲群のタイトルはどれも〈Formwela〉とされ、3分台から11分台までのそれらには12のナンバリングが振られた。つまり、全12曲(61分)の収録だ。それぞれにはちゃんと感覚的な言葉が載せられ、曲によっては言葉数が多い。

『Songwrights Apothecary Lab』収録曲“Formwela 10”

肉声の波と言いたくなるパートで始まる本作は、流れる歌声が中央にある、歌のパートが多い作品と指摘できるだろう。連なる感覚を持つ曲趣は豊か、またしっとり目の曲が多いとも言えるか。エスペランサ曲の常で、ライン取りの難しい、ようは一緒に歌うのがなかなか困難な曲が並ぶ。かつて彼女にインタビューした際にその所感を伝えたら、にこやかに一笑されたことがあったっけ。

 

過去と現在を横断する参加ミュージシャン

ボーカルが主役とは言え、随所に入る楽器音はやはり機微と技に富む。キューバ出身ドラマーのフランシスコ・メラやアルゼンチン人ピアニストのレオ・ジェノヴェス(今回はプロデュースや作曲にも関与)といったエスペランサの初期表現に関与していた人もいれば、かなりシンガーとして重要な役どころを与えられているコーリー・キング(秀でたトロンボーン奏者だが、個人だとロキシー・ミュージックを思い出させるアルバムを作る)やマシュー・スティーヴンスやジャスティン・タイソン(ドラムス)のような彼女の近年表現の立役者もいるし、ウェイン・ショーター(サックス)やほら貝を吹くスティーヴ・トゥーレといった大御所が入る曲もある。

『Songwrights Apothecary Lab』収録曲“Formwela 4 (Feat. Corey King)”。コーリー・キング(アコースティックギター/ボーカル)が参加

『Songwrights Apothecary Lab』収録曲“Formwela 3”。レオ・ジェノヴェス(ピアノ)、ウェイン・ショーター(サックス)、ジャスティン・タイソン(ドラムス)らが参加

と、書いていると、過去から現在までを横切った協調者の人選がなされたと理解するのがいいのか。そして、エスペランサはと言えば、ダブルベースだけでなくピアノを弾いているものもあるし、メラとのツインドラムとクレジットされる曲もある。プロデューサーは本人ほか、ネオソウル重鎮のラファエル・サディーク、次代のテラス・マーティンという声もある新進鍵盤奏者のフェリックスらがクレジットされた。

 

彼女はどこでもない場に立っている

そうした面々を擁しての『Songwrights Apothecary Lab』に横溢するのは、圧倒的な旋律力や歌唱力、展開力だ。しなやかにして、研ぎ澄まされた意思と閃きが天衣無縫に飛び回る。ゆえに、先に書いたように癒しや落ち着いた部分も抱えているが、やはりブっとんでいたり、過激な部分にも富み、ぼくはひたすら刺激され、鼓舞されてしまう。能書き抜きに、〈ボーカルが核となる、ジャズ衝動が活きたニューミュージック〉を彼女は思うまま作っている!

人間による、人間のためのクリエイティブな音楽。そこで、彼女は輝きまくる。やはり、エスペランサはどこでもない場に立っていると言うしかない。

 


RELEASE INFORMATION

ESPERANZA SPALDING 『Songwrights Apothecary Lab』 Concord/ユニバーサル(2021)

リリース日:2021年10月1日
品番:UCCO-1232
フォーマット:SHM-CD
価格:2,860円(税込) 
歌詞対訳・ライナーノーツ付

配信リンク:https://esperanzaspalding.lnk.to/SAL

TRACKLIST
1. Formwela 1 
2. Formwela 2 (Feat. Ganavya)
3. Formwela 3 
4. Formwela 4 (Feat. Corey King)
5. Formwela 5 (Feat. Corey King)
6. Formwela 6 (Feat. Corey King)
7. Formwela 7 
8. Formwela 8
9. Formwela 9
10. Formwela 10
11. Formwela 11
12. Formwela 13

 


PROFILE: エスペランサ・スポルディング(Esperanza Spalding)
84年、米オレゴン州ポートランド生まれのジャズ系ベーシスト、シンガー、作曲家。バークリー音楽大学卒業、同校の最年少講師になる。パティ・オースティン、パット・メセニーらのツアーやレコーディングに参加し、スタンリー・クラーク、リチャード・ボナらと共演。2008年にヘッズ・アップよりデビュー。同レーベルからのデビュー作『Esperanza』はビルボードのコンテンポラリージャズアルバムに70週以上ランクイン。音楽だけではなく、ファッションブランド〈バナナ・リパブリック〉の広告塔としても活躍。ホワイト・ハウスでのパフォーマンスや、バラク・オバマ大統領(当時)の直々の招待でノーベル賞授賞式とノーベル平和賞のコンサートでパフォーマンスも行う。明るく陽気なキャラクターとベースプレイヤー/シンガーソングライターとしての実力が未来のジャズを背負う逸材と言われている。これまでに『Junjo』(2006年)、『Esperanza』(2008年)、『Chamber Music Society』(2010年)、『Radio Music Society』(2012年)、『Emily’s D+Evolution』(2016年)、『Exposure』 (2017年)、『12 Little Spells』(2018年)と7作のアルバムをリリース、グラミー賞の最優秀新人賞を含む4部門を獲得。2021年、新作『Songwrights Apothecary Lab』をリリース。