心の中で鳴っている音を背伸びせずそのまま出そう
──サウンド面では、これまでの作品と比べるとバンドらしさが強調され、ギターの存在感も増していると感じました。
「もともと自分が好きだった音像が、割とデジタルなものというか。ギターアンサンブルというよりは、デジタルとアナログを掛け合わせるバランスに興味があったし、そういう部分をEASTOKLABでは突き詰めたいと思っていたのですが、そういう部分に関しては、『EASTOKLAB』(2019年)というアルバムで一つ確立できたのかなと思っていて。
それが前作を経てさらに、〈自分はこうありたい〉〈バンドはこうでなければ〉みたいなこだわりがなくなってきたんですよね。メンバー全員が自分のやりたいことを、自由に遠慮なく反映させていった方が唯一無二のサウンドになるのではないかと。
今までだったら〈こういうふうに弾いてほしい〉〈こういう感じで叩いてほしい〉と言っていたのを、今回はメンバーの中から最初に出てきたアイデアを大切にしようと思いました。それによって、これまで以上にアグレッシブかつシンプルなビートになっていたり、より前面に出てくるようなギターになっていったりしたのだと思いますね。たとえ大味のギターソロでも、シンセベースのスーパーローが出過ぎていても、カッコよければそのまま採用する。今まで〈こだわり〉でがんじがらめになっていたのを〈そういうのはもう要らないな〉と思えたのはかなり大きい変化だと思っています」
──確かにブラッシュアップを重ねていくと、洗練はされていくけど自分の中で〈予想の出来る範囲のもの〉に収まっていくデメリットもありますよね。多少粗が残っていても、最初の衝動で作ったものの方が自分自身も驚ける瞬間がたくさん残っているような気がします。そういうアプローチが取れるようになったのは、日置さんが自分の楽曲により自信を持つようになってきたのと、メンバーへの信頼がより強くなってきたということでもありますか?
「メンバーへの信頼はもちろんありますし、やっぱり自分がこうして何年も音楽をやってきた中で、〈すごいものを作ろう〉とか、〈もっと評価されるものを作ろう〉ということよりも、〈自分の心の中で鳴っている音を、背伸びせずそのまま出していこう〉と思えるようになったのかなと。その方が嘘のないものが作れるし、自分で後から振り返った時にその曲をちゃんと愛せるだろうし、聴いた人にとっても心に響くものになるんじゃないのかなと。自分の見栄やプライド、〈こう見られたい〉といった願望を少しずつ外していって、より自分らしく……というとちょっと陳腐ですが(笑)、自分と音楽がイコールになるものを作りたいという感覚が、今回は強かったのだと思います」
──日置さんはエンジニアとしても活動されていますが、やはりサウンドのテクスチャーなど早い段階からイメージしながら制作していたのですか?
「そこも自分たちの強みだと思いますね。〈このギターはもうちょっと下の方で鳴っていた方がカッコいいよね〉とか〈高域にももう少し音があった方がより曲の輪郭がくっきりするよね〉みたいな、そういうサウンドデザインに関してのセンスは、これまで培ってきたものが確実にあって。
それを全員で共有しながら制作しているので、だからこそさっきも言ったように、なるべく推敲せずに最初の衝動を大事にするという制作スタイルを取ることができたのだと思います」
ソロ作を作ってミュージシャンだと胸を張れるようになった
──ちなみに、本作を作る上でインスパイアされた音楽や出来事というと?
「コールドプレイの影響についてはMikikiのコラムにも書きましたが、同時期に自分のソロアルバムを制作していたのもあって、アルバム・リーフの手掛けたサントラ(2020年作『OST』)やヘリオスの『Veriditas』(2018年)など、アンビエント系の作品をよく聴いていました。
それからSTRFKRも、デジタルとアナログのバランスなど、参考にすべきところがたくさんありましたね。アップテンポでポジティブな曲調の中に、どこか哀愁があるみたいなところがSTRFKRの好きなところで、それは自然に自分の作風にも反映されているはずです」
──Hayato Hioki名義でリリースされたソロ作品『Swallowing Smoke』は、環境音のサンプリングが散りばめられたアンビエントかつパーソナルなサウンドがとても印象的でした。
「ありがとうございます。作り始めたきっかけとして、ライブハウスなどで思うように活動ができなくなったのは大きかったです。最初に話したように、ライブというのは様々な人が関わることで、ようやく自分に対して〈与えられていたもの〉だったことに気づいたのですが、そうなるとバンドでずっとやってきた自分には、一人でできることって何もないな、と。それがすごく嫌だったんですよね。
それでソロを作り始めたのですが、面白くてすぐにハマりました(笑)。コロナ禍で予定が全部止まってしまった時期は、一人で公園とかに行って外の音をサンプリングしたり、それを家でパソコン上でいじったりしているうちに〈曲らしきもの〉ができて。
そういうのを繰り返しながら作り上げたのが『Swallowing Smoke』です。これでようやく自分のことを、ミュージシャンであると胸を張って思えるようになりました」
──挑戦してよかったですね。
「〈作品にインスピレーションを与えた出来事〉ということでいえば、コロナ禍中に名古屋の〈stiff slack〉がライブスペースをオープンしたことも、自分にとってはかなり大きかったですね。新川(拓哉)店長をはじめ、stiff slackのスタッフやお店に集まる人たちとの〈つながり〉がなかったら、この状況ではバンドを辞めていたかもしれない。そういう意味ではstiff slackに本当に救われたし、その恩をちゃんと返せるような活動がしたいと思っています。それがモチベーションとしてはかなり大きかったですね」