Lucy Railton & Kit Downes
©Cristina Marx & Alex Bonney

今日の、オルガン音楽

 キット・ダウンズはロンドン在住の音楽家。子供の頃通った教会所属の合唱団を伴奏するオルガンに魅せられて、教会のオルガニストから楽器の演奏法を教わる。合唱団のレパートリーはパレストリーナからアルヴォ・ペルトに及ぶ膨大なもので、それもそのはず、教会の歴史は数百年を超えていた。しかしそれも束の間。ジャズが正教会のオルガニストへの道を阻む。悪魔の名はオスカー・ピーターソン。その時彼は14歳。あっという間にジャズの渦に飲み込まれて、ジャズ・アーティストになるべく邁進する。2009年リリースの、ピアノ・トリオでのアルバム『Golden』では、彼の音楽が聴こえる。2013年サックス奏者のトム・チャレンジャーとのデュオアルバムを計画した時、ふたたびオルガンを演奏することを思いついたという。このとき10年以上のブランクがあった。そしてこの時の経験が、オルガン・ソロによる即興演奏のアルバム『Obsidian』(ECM)に繋がった。

LUCY RAILTON, KIT DOWNES 『Subaerial』 SN Variations(2021)

 歴史的な建造物の一部である楽器であるオルガンは、その保存状態、制作年など、さまざまな環境、状況が作用し、今日の基準ピッチとの違いも含め、いろいろな個性を楽器にもたらす。ダウンズにとってオルガンでアルバムを制作することは、さまざまな個性を備えた楽器と出会う旅に出ることと同義のようだ。今回、チェリストのルーシー・レイルトンとのデュオを制作するために、2017年、二人はアイスランドに赴いている。

 モダンなアプローチを基本とするダウンズのオルガンには、メシアンの語法に加え、リゲティやシュトックハウゼンの電子音楽のような音響的アプローチが聴こえる。それは、半分しか戻ってこない鍵盤や、オルガンストップを半分開けておくといったアクシデンタルな工夫も含め、常にオルガニストと楽器の対話の結果だ。ルーシーの断片化されたチェロの響きとダウンズの即興を何度も編集して制作されたこのアイスランドの記録は、その旅の歴史的サウンドスケープを現在にコラージュしてできた、まさにサブアエリアル(地表の)に表出した音の景色だ。