Borisは常に未完成であり、常に完成形
――じゃあシュガーさんの作業はポストプロダクションのみ?
シュガー「完全にそうですよ」
――全部出来上がっていて、シュガーさんがこれ以上手を加える必要がないんじゃないかって思うぐらいの完成度だったのに、なぜあらためて頼もうと思ったんですか?
Atsuo「いつも思っているのは、3人の視界だけで音楽に制限がかかるのはイヤなんですよね。自分たち自身が、生まれてくる音楽のリミッターや足枷になるのはイヤなんです。こういうコラボレーションは縁っていう部分もありますし、シュガーさんと一緒にもう少し作り込んだらどうなるのかな、っていう興味がありました」
――じゃあレコーディングしている段階で、このあと誰かにいじってもらおうとか、そういうことを考えながら作っていたわけですか?
Atsuo「う~ん、ふんわり、ですね。この人に頼んでダメだったらあの人とか、そういうことでは全然ない。ある程度作りながらぼんやりと、シュガーさんとできたらいいなっていう方向性は見えてくるんですけど、それが叶うかどうかはわからない。だから自分たちでやれることはまずやってみて」
――シュガーさんの手が加わることを前提として作っているんだったら、そういうふうに変わる余地みたいなものを残しておくとか、突き詰めて完成させるんじゃなくて、完成手前ぐらいまでに留めておいて、後はシュガーさんに委ねる、というような考えもあったんでしょうか?
Atsuo「Borisって常に未完成であり、常に完成している状態でもあるんですよね。多くのバンドは楽曲の録音の設計図にそって素材を録音して、最終的にミックスで仕上げると思うんですが、Borisはオーバーダビングを行なうたびに常にミックスしていく感じ。それがシュガーさんが加わったバージョンへと、さらにアップデートされる感じです」
――3人でやれることをやって、そこにシュガーさんの手が加わることでさらにブレイクスルーするんじゃないかという期待があったと。
Atsuo「そうですね。さらに面白い変化が起これば。あとはまあ、自分たちがやれることって自分たちでわかっちゃってる部分があるんです。自分たちの手法に飽きているところは常々あって、だからこそシュガーさんとできたら最高だなっていう」
――〈自分たちでやれることに飽きてる〉って、なかなか言えないですよね。
Atsuo「いや~30年もやっているとね〜」
シュガー「長くやってるとね、飽きる飽きる。なんか違う要素が欲しくなる」
Atsuo「ははははは(笑)」
――内心で思っていても普通の音楽家はなかなか口に出さないですよ(笑)。
シュガー「もうこの年になったら言ってもいいんです(笑)」
Atsuo「言えます言えます(笑)」
ギリギリ〈音楽に聴こえる感じ〉
――シュガーさんは〈今のままでいいじゃん〉って思ったぐらい完成度が高い音源を聴いて、自分は何ができるって思いましたか?
シュガー「今、Atsuoくんも言ってた通り、Borisって完成している部分と完成していない部分が常にあって。今まで発売しているものの中にもその要素って両方あると思うんだけど、今回は空間っぽいアルバムだなと思ったんで、その空間をより広げたほうが、より多くの人が楽しめるんじゃないかなと思ったし、そこが私のやることかなって思った。だから基本的には〈より広げる〉ってことを考えて、どの曲もやった感じですかね」
――シュガーさんが加わる前の音っていうのは、我々に聴く術はないわけですけど、やっぱりかなり変わったんですか?
Atsuo「変わったと思いますよ。もっと……なんて言えばいいのかな」
シュガー「あのね、元のバージョンは海賊版っぽい感じなんですよ。それを海賊版じゃなくて正規版にする作業をしたっていう感じ。そのまんまでもすごくいいんですよ」
――ちょっとアンダーグランドっぽい感じがあったってことですか。
シュガー「めっちゃくちゃアンダーグランドでしたし、〈このままでもいいじゃん〉って言ったよね。そういうのを私は好きだから。そしたら〈いやいや〜、このままでは〉とか言うから。あ、そういうことならもうちょっとこう聴きやすいものにしようかなと。聴きやすいって言い方はちょっと語弊があるけど」
Atsuo「さらにキャッチーになった感じがしますね」
シュガー「うん。それはありますね」
Atsuo「それぞれの曲の世界観をより重厚にしてもらえたり、重層的にしてもらったりして、キャラが強くなってキャッチーになったというか、作品の強度が上がることで、より届きやすいものになったというか。ブラッシュアップされた感じですね。ギリギリ〈音楽に聴こえる感じ〉というか」
――あ、それキーワードっぽいですね。
Atsuo「Buffalo Daughterも『We Are The Times』を聴くと音楽に聴こえるところにギリギリ留まっている感があって、その緊張感っていうかスリリングな感じがいい。実験的だけど音楽に聴こえる。僕、この前シュガーさんが出ていたラジオを聴きまして。『We Are The Times』の曲はラジオでも映えるわぁ、みたいな」
シュガー「なんだいそれ」
Atsuo「いわゆるJ-Rockとかに比べたらめちゃくちゃアーティスティックな楽曲なわけじゃないですか。でもBuffalo Daughterの曲はラジオっていう共通のメディアに乗っても音楽として届いてるって、すごく思ったんですよね」
――端っこの方、ギリギリの境界線みたいなものを広げている感じが、Borisの新作もBuffalo Daughterの新作もあって、そうすることでいろんな人に届いていく。
Atsuo「ああ、そうですね。そういう部分でシェアできるところがすごく沢山あって。でも僕らはやっちゃうんですよね。音楽に聴こえなくていいやってところまでやっちゃう」
――以前おっしゃってましたよね。普段は音楽に聴こえないものをやっているという。
シュガー「ははははははっ(笑)」
Atsuo「そこなんです。そこもやっていかないと踏み込めない領域があるというか」
――その〈音楽に聴こえるようにする〉ノウハウというかスキルが、ご自分にはまだ足りてない部分だったりするわけですか?
シュガー「いや、多分この人たちはできるんだよ。できるんだけど、やんないのよ」
Atsuo「あははははは(笑)!」
――できるけど、あえてやらない。
シュガー「私のところには、その状態でまとまったものがきたわけよ。海賊版っていうとちょっと語弊があるかもしんないけど、そのままでも好きな人は絶対いるんです。それをもうちょっと広げるっていう意味で、今回は海賊版を正規版にしてみた、っていうね」