カエルや鳥も〈参加ミュージシャン〉

――自然音を音楽と組み合わせる上で、どのような手法を用いていますか?

「ある時、スタジオでの作業に煮詰まって、気分転換に温泉に行ったんです。そこは広々とした入り江になっていて、誰でも無料で入れる自然の温泉でした。湯水に足を浸し、耳を澄ましてみると、カエルとコオロギの鳴き声が聞こえてきました。そして、そこには自然なインターバル(音程)が存在することに気づいたんです。そこからインスピレーションを得て、メロディーを思いつき、その場で書き留めました。それが99年にリリースしたデビューアルバム『森林狂想曲』のタイトルトラックとなります。

99年作『森林狂想曲』収録曲“森林狂想曲”
 

本アルバムでは、より多くの動物たちをモチーフにしており、純粋な自然音のみのトラックも含まれています。そして、マスタリングを終え、CDのクレジットリストに〈自然界のミュージシャン〉としてカエルや鳥の名前を書いている時に気づいたんです。このクレジットだけを見ても、ほとんどの人はそれが一体どんな動物なのか分からないだろうと。そこでこれらの動物たちをその鳴き声とともに紹介するCDも作ることにしたんです。それが思いがけず大きな反響を呼び、小学校等の教育現場で教材として導入されるようになります。さらに、2000年頃から“森林狂想曲”が学校のBGMとしても使われるようになり、多くの子どもたちがこの曲を聴きながら育っていったんです」

――最新作『萬籟的絮語(Nature’s Whispering)』ではエレクトロニックミュージックを取り入れ、楽曲も全体的によりリズミカルでダイナミックな作りになっていると感じました。作風としては大きな方向転換のようにも思えますが、その意図について教えてください。

「今作では、とても若いプロダクションマネージャーと仕事をすることになったんです。まだ20代で、まさに学校で“森林狂想曲”を聴いて育った世代です。彼はこの曲が〈昔の音楽になりつつある〉と指摘し、今の時代に合った音楽として蘇らせてみてはどうか、と提案したんです。私はそれを受け入れ、彼が推薦するŃ7äという弱冠26歳の電子音楽家とコラボレーションすることにしました。このことをきっかけに今作の方向性もより音楽的にチャレンジングなものとなり、結果的にはいい影響を及ぼしたと思います。それに、私の音楽を好んで聴いてくれるファンたちももちろんいますが、若い世代は違った音楽を聞いています。彼らに届けるには新しい試みが必要だったんです」

『萬籟的絮語(Nature’s Whispering)』収録曲“森林狂想曲2021 (Feat. Ń7ä) ”

 

自然音にフォーカスした活動は着実に実を結んできている

――テーマ性という意味で、キャリア初期からとても一貫性のある創作活動をされていると思います。吳さんのクリエイティビティーを突き動かす、その情熱の源について教えてください。

「それは自然音の美しさと、その大きな可能性に魅了されたからです。また、デビューアルバムが好評を得たことも背中を押してくれました。90年代の台湾は経済的発展を遂げていた一方で、数多くの環境問題を抱えていたんです。そこで作品を通して〈自然の声〉を少しでも多くの人々に届けることは意味のあることだったと思います」

金門翟山でフィールドレコーディングを行う吳金黛

――Wind Musicで自然音やフィールドレコーディングにフォーカスした作品をリリースし続けて20年以上経ちますが、台湾のオーディエンスからどのような変化を感じますか?

「ポジティブな変化を感じます。昔は〈自然の音を聞きに行きましょう〉と言うような人はごく少数でしたが、今では自然と繋がるためのアクティビティーの1つとして定着してきていると感じます」

――長年にわたる努力が報われた感覚でしょうか。

「そうですね。印象的なエピソードがあります。ある時、私はCamake Valaule(查馬克・法拉屋樂)というパイワン族出身の若者に出会いました。彼は高校生の頃、Wind Recordsからリリースされている『台灣原住民音樂紀實』というCDを買っていました。これは原住民の伝統歌を部族ごとに記録したドキュメンタリーコレクションで、先ほど話した吳榮順教授によってプロデュースされ、私も制作に関わっています。彼はこのCDに収録された曲を通して、自分(パイワン族)の伝統文化を学ぶようになり、自らフィールドワークも行うようになります。

そして大学卒業後、教師になった彼はパイワン族が多く住む屏東県泰武郷の泰武小学校に配属されます。そこで彼はこれまでに知った数々の伝統歌を小学校の生徒たちにも教え、それがかの有名な合唱団、泰武古謠傳唱(Taiwu Ancient Ballads Troupe)へと発展していきました。そういったことがたくさん起こるようになり、とても勇気づけられました。そして、原住民の若者たちの、自分達の伝統文化に対する見方も変わっていきました。

泰武古謠傳唱がダニエル・ホーと2015年に行ったライブの映像
 

しかし吳榮順教授が『台灣原住民音樂紀實』をリリースした90年代当時は、正直なところ、商業的な利益は生み出していませんでした。なんせ、原住民のお年寄りたちがただ歌っているだけの作品ですし、原住民固有の言語で歌われていましたから……。こういった作品は〈種〉のようなもので、後に大きな実を結ぶのだと思います。何年も経った後に、Camakeや泰武古謠傳唱が出てきたように。

Camakeが子供たちを指導している時に〈君たちは世界のさまざまな国で公演を行なってきた。けれど、それらは本当のステージではない。君たちのステージは今いるこの場所だ〉と言っていたのが忘れられません。泰武小学校の近くにある北大武山はパイワン族にとって神聖な場所ですからね」

吳氏(左から5人目)、Camake(右から7人目)と泰武古謠傳唱のメンバーたち

――泰武古謠傳唱の作品がWind Musicからリリースされていることを思うと、感慨深いエピソードですね。人と人を繋げたり、コミュニティーを強固にする力もまた〈音楽の力〉ですよね。

「私がキャリアを通して気づいたのは、〈音楽には力があり、優しくもある〉ということです。私たちが作ってきた音楽は、何かに対して強く抗議したり、人々を扇動するような類のものではありません。それでも、結果的に多くの人の耳に届きましたし、新たな価値観を提示できたと思います。うまく言えませんが、音楽にはそのような魔法があるんです」

 


RELEASE INFORMATION

吳金黛 Wu Judy Chin-tai 『萬籟的絮語(Nature’s Whispering)』 Wind Music(2021)

リリース日:2021年12月31日
配信リンク:https://lnk.to/TCD-5052

TRACKLIST
1. 萬籟奇遇 Somolo Solo
2. 飛躍馬賽馬拉 Crossing Maasai Mara
3. 蟬眠纏綿 Lingering Call Of The Cicada (Feat. Ń7ä)
4. 冰川‧木蘭 Glacier, Moulin
5. 鑽石海灘 Diamond Beach
6. 奧羅拉之舞  Dance Of The Aurora
7. 洋流裡的飛翔 Flying In the Current (Feat. Cicada)
8. 森林狂想曲2021 Forest Rhapsody 2021 (Feat. Ń7ä)
9. 時空中的吉光片羽 A Montage Of Treasured Past (Interlude)
10. 指尖裡的歌詠 Sounds Flowing Through My Fingers (Feat. Paudull)